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【Episode 1】八歳


 雲一つない青空の下、金色に輝く髪が太陽の光を浴びて、さらにキラキラと揺らめく。普段は氷のように冷めている青い瞳にも、ほのかに熱が籠っているのがわかる。そして、いつも何か考え込んでいるその憂い顔には抑えきれない感情が表れていた。


あぁ、わたしはあなたのそういう顔が大好きなの……!



*****



「お嬢様、おはようございます」


 ちょうど空が明るくなる時刻、侍女であるマヤがわたしを起こしにやってきた。マヤは重いカーテンを開け、朝日を部屋へと呼び込む。


「ん、おはよう……」


 わたしはてきぱきと起床の準備をするマヤの背中に、ぼんやりと声をかける。

 そして、ズキズキと痛む頭に顔をしかめながらゆっくりと体を起こした。


 ……今日もだ。

 わたしは三年前の五歳の頃から奇妙な夢を繰り返し見ている。最初の一年は一ヶ月に一回くらいの頻度だったのに、その間隔はだんだんと短くなり、つい先日に八歳を迎えてからは毎日のように同じ夢を見続けている。

 その夢はどこか現実味を帯びていて、とても気持ちが悪い。と、確かにそう思うのに、起床すると細かい内容は全く思い出せなくて、それもまた気持ちが悪いのだ。

 そのせいか、最近では頭痛も酷く、朝が憂鬱だった。


「本日も夢見があまり良くなかったようですね」


 起床とともにため息を吐くわたしに、マヤはグラスに入った水を差し出す。


「うん、今日も頭が痛い……」


 差し出されたグラスに口をつけて、ちょうど常温の冷たくはない水をこくりと喉に通す。


 この夢は大量の情報を一気に頭にぶち込まれているようで、寝起きの気分はいつも最悪。しかも、繰り返し見ているはずの夢なのに、夢の中で起きている物事が多すぎて、起きて誰かに話そうと思うと、上手くいかない。

 それもまたストレスで、頭痛の一因になっている。


「あー、今日は大事な日なのに……」


 そう言って、わたしはまた一つため息を吐いた。


 今、この国は夏を迎えている。この国の夏は焼けるような強い陽射しと、湿度が高く不快な蒸し暑さが国のほとんどを占めている。しかし、わたしが暮らすキャンベル領は他の多くの土地に比べ、心地のいい陽射しと、さわやかな風がそよぐ、有名な避暑地なのだ。多くの人々が訪れ、毎年の夏はとても賑わっている。


 そしてこの夏、国王陛下とそのご家族がこのキャンベル領に休暇訪問されることになったのだ。


 もちろん、現国王陛下の訪問は初めて。

 そして、今日はその陛下たちが領地に到着する日。だから陛下たちを出迎えるための支度で今朝はバタバタと屋敷の中が騒がしかった。


「とりあえず、朝食の準備が整っておりますので、よろしければお持ちいたします」

「ん、お願い」


 普段は家族揃って食堂で朝食を食べるのだが、今日は気合を入れて支度をする必要があるため、自室に軽い朝食のみが用意される。

 そして、わたしは部屋に運び込まれたスープと果物だけを口にすると、ドレス選びを始めた。

 本当はもう少し食べたかったけれど、このあとコルセットを締めてドレスを着ることを考えたらいつもの量は食べられない。着飾るのは好きだけれど、十分に食事ができないのは難点だ。


 わたしが白い生地に水色のフリルやリボンが上品に飾られたAラインドレスを選ぶと、マヤによって緩くウェーブがかかった金髪がハーフアップにされ、瞳と同じ色のサファイアがあしらわれた髪飾りで留められる。

 本当はお母さまみたいにピンクのチークやリップを使ったお化粧もしたいのに、マヤは「お嬢様はまだ天然の可愛らしさで十分です!」ってさせてくれない。八歳だって立派なレディなのにね。




「おはようございます、お姉さま」


 支度を終えてロビーに到着すると、すでに二歳下の弟のウィリアムがいた。

 

 あぁ!どうしよう!ウィリアムが今日も可愛い……!!


 ウィリアムが視界に入った瞬間に、わたしの頭痛が和らぐ。

 サラサラとした金髪に大きな青い瞳。少しシャイで、控えめに笑っている姿は我が弟ながら本当に可愛い。余所行きのカッチリした服装が少し窮屈なのか、このあと初めて王族に会うというので緊張しているのか、ちょっとだけ眉間に皺が寄っているのも可愛いと思う。


「おはよう、ウィル」


 つい必要以上に緩んでしまう頬を必死に制御しながら、わたしは笑顔でウィリアムに挨拶を返した。


 そして、それから一分もせずにお父さまとお母さまが一緒に現れる。


 わたしの両親は政略結婚とは思えない程に仲がいい。基本的に無愛想でいつも眉間に皺を寄せているお父さまだけど、お母さまと一緒のときはその皺も薄く、雰囲気も柔らかい。

 ……しかし、今日の雰囲気はいつもより少し堅く見える。まあ、国王陛下の訪問のせいだと思うけれど。


 今日はこれから国王陛下とそのご家族が滞在するホテルへと向かい、歓迎会の最終確認をする。

 お父さまが言うには、国王陛下たちはそんなに気難しい方々ではないらしいのだが、とはいえ王族。失礼のないようにしなくてはならないのは変わりない。

 そんな緊張感に包まれながら、わたしたちは馬車に乗り込み、領地一と有名なホテルへと向かった。



*****



 ホテルに着いて、滞りなく国王陛下方を迎える準備が整う。

 出迎えの時間が迫り、わたしの心臓がドキドキしてきた。

 ただ、これがワクワクと楽しみなものなか、緊張から来る不安なのか、どこからくる気持ちかは正直わからないのだけれど。

 そんなふわふわとした気分の中、ついに王族が到着したと歓迎の鐘が鳴り響いた。


 わたしとウィリアムはお父さまとお母さまの後ろに続いてエントランスへと行く。

 鐘が響いてから約五分、ついに国王陛下が現れた。その横には王妃殿下が、そして続いて息子である王子が二人、エドワード殿下とルイス殿下がいる。


 お父さまが頭を下げ、お母さまが膝を折って挨拶をしたのに習い、わたしとウィリアムも礼をする。

 先ほどちらりと見えた国王陛下と王妃殿下はとても優しそうで、王子たちはわたしとウィリアムと同じくらいの年齢に思えた。


 国王陛下から顔を上げるよう指示があり、お父さまが「ようこそいらっしゃいました」と迎える。応える国王陛下も和やかな表情で「久しいな」と楽しそうであり、その様子に少しわたしの緊張が和らいだ。


「エレナ、ウィリアム。こちらへ来なさい」


 一歩下がったところで陛下とお父さまの様子を見守っていれば、すぐにお父さまから声をかけられ、一呼吸して一度自分を落ち着かせてからお父さまの隣まで足を進めた。


「陛下。私の娘のエレナと息子のウィリアムです」

「初めまして、国王陛下。エレナ・キャンベルです」

「……ウィリアム・キャンベルです」


 わたしはいつもよりも少しだけ硬い声色で名乗る。どれだけ優しそうでもやはり王族のオーラというものはすごい。ウィリアムも自分の名前を言うのがやっと、という様子だった。

 しかし、そんなわたしたちの態度もよくあるものなのか、特に気にされることなく、国王陛下は暖かさを持つ低い声で「初めまして。エレナ、ウィリアム」とにこやかに言葉を返してくれた。


「私の息子たちも紹介しよう。エドワードとルイスだ」


 国王陛下がそう言うと、陛下の後ろから二人の男の子が顔を出し、恐らく兄であろうエドワード殿下と目が合った瞬間に、わたしの心臓が今までで一番大きく跳ね上がった。


「初めまして、エレナ嬢」


 エドワード殿下はとびきり素敵な笑顔とともに、わたしの右手に手を添えるとそっと指先に唇を落とす。その流れるような仕草に、わたしはどう反応していいのか分からず、一瞬固まった。


 エドワード殿下は綺麗なプラチナブロンドの髪を後ろに流すように撫でつけ、意志の強そうなエメラルドグリーンの瞳をしている。しかし、纏う雰囲気はとても柔らかく、何かに例えるならば太陽のような人。どこか中性的で可愛いウィリアムとはまた違った魅力があった。


「……初めまして、エドワード殿下」

「お会いできて嬉しいよ」


 ようやく言葉を返せたわたしとは違い、エドワード殿下は本当に嬉しそうな顔で会話を続ける。いつも一緒にいるウィリアムが控えめなタイプだからか、積極的なエドワード殿下にわたしはたじたじになるしかなかった。


「キャンベル領はとても素敵な場所と聞いているんだ。一週間しかいられないが、エレナ嬢が好きな場所があれば教えてくれ。時間が合えばぜひ一緒にも行きたい」


 太陽のような眩しい笑顔でそう提案されれば、わたしは「えっと……そうですね」と曖昧に同意することしか出来なかった。そして、同意を得られたことでさらにエドワード殿下はわたしとの距離を詰めてくる。


「王都には海はないからビーチとかも行ってみたいんだ。一緒に行ってくれる?」

「わたしと、ですか……?」


 あまりにも旧来の友人に話しかけているかのような親しみのこもったエドワード殿下の対応に、わたしはどう答えるべきか分からず、言葉を詰まらせた。

 わたしの性格だって別にシャイでもおしとやかでもない。どちらかと言えば、強気だし可愛げはない方だと思う。けれど、どうもこの、初めて会う王族で太陽のようなイケメンにストレートな誘いをされる、という状況に対応するには頭の回転が足りなかったようだ。


 わたしは半分勢いに押されて、首をただ縦に振った。

 まあ、初対面の王子の誘いを断れる令嬢なんていないのだからそもそも拒否権はないのだけれど。


 そんな状況から抜け出したくて、わたしはウィリアムを求めるように視線を向ける。


 わたしがエドワード殿下と話していたから、きっとウィリアムはルイス殿下とお話しているはず。

 そう思って横を見ると、二人がちょうど握手を交わそうとしていたところだった。


 ルイス殿下はエドワード殿下と同じプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳をしている。しかし、ルイス殿下の髪は長く、眼光はとても優しく落ち着いている。エドワード殿下が太陽ならルイス殿下は月のように穏やかな印象だった。

 ルイス殿下の性格は知らないが、外見はとても大人びていてウィリアムとは気が合いそうだ。


 そんなことを考えながら二人を見ていたら、二人の手が触れた。


「……っ!」


 その瞬間、わたしは思わず息を飲み、反射で口元を両手で覆った。

 

 ルイス殿下とウィリアムが握手をした瞬間、なぜか既視感を覚えたのだ。そして、それが夢の中で見たことがある光景にとても似ていたことに気が付く。今まで、目が覚めた途端に夢の記憶があやふやになったのに、今ははっきりと思出せた。

 夢の中でもルイス殿下とウィリアムが握手を交わしていた。しかし、現実の今と違うのは夢の中のルイス殿下とウィリアムは今よりもずっと成長した姿で学校のような場所にいたこと。


「エレナ嬢? 大丈夫か?」


 わたしの様子を見ていたエドワード殿下が心配そうにわたしの顔を覗き込んで、声をかけてきた。


「……っ、ええ。ごめんなさい、大丈夫です」


 正直言えば、大丈夫ではなかったけれど、今の状況を説明することも出来ずにとりあえずにこりと微笑んで返す。しかし、頭の中はパニック同然だった。次々と色んな光景が頭の中に流れ込んできて、わたしの本能がこれらは全て夢で見ていたものだと教えてくる。

 でも何よりも、夢の中のほぼすべての光景に現れるとてつもないイケメンが成長した可愛い弟であることにわたしは驚きと歓喜で舞い上がっていた。


読んでくださりありがとうございます。

不定期、マイペース更新なので期待せず、これから先も目に留まったときにでも読んで頂けたら幸いです。


ほとんど一からのスタートですが、一年ぶりの更新となり、もともと考えていた設定やキャラクターの性格がすでに若干ブレ気味です。安定するまでは修正、訂正以上の改変もします。ご了承ください。

ある程度方向が決まったあとはこちらの後書きは削除させてもらい、必要以上の改変は控えるよう心掛けますので、よろしくお願いいたします。

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