転生直後【野子その3】
「スマホもパソコンもネットもなくて、情報の検索……、いや、何か分からないことがあった時には野子さんは何を使ってどうやって調べているのですか?」
野子も、最初『検索』と言われた時は質問の意味がピンとこなかったようで、一瞬、首をかしげていたが、『何か分からないものをどうやって調べているのか』と訊かれたとたん、
「ああ、図書館とかで本で調べる方法以外では、やっぱりJTSさんですね。中学に入るまではお小遣いもあんまりなかったですし、知りたいことはお母さんに訊くだけで十分でしたけど、中学生になってからは、私も時々JTSさんに教えてもらうようになりました」
何だ?JTSさん?人の名前なのか、それとも会社名みたいなものなのか……?
パソコンやネットがないことと並んで、こっちの世界に来てもっとも驚いたのがこのJTSの件だ。
パソコンやネットは、当たり前のようにあるはずのものが存在しない驚きだったわけだが、JTSは、俺の住んでいた世界には全く存在していなかった仕組みというか、職業というか、概念みたいなものがあったのを発見した、という意味での衝撃だった。しかも、話を聞いただけでは俺でなくてもたぶんよくイメージできない気がする。転生後ニッポン、ユニーク過ぎるにもほどがあるぜ……。まあいい、そのうち使ってみよう、一度使ってみれば異世界人の俺にも分かるだろう、中学生に分かるんだし。
「色々教えてくれてありがとうございます。田舎から出てきて、よく分からないことが多くって。これからお買い物に行くところだったのに、ごめんなさい」
俺は、かなり苦しい、まあ普通の大人が見れば変質者の言い訳のようにしか聞こえないよく分からない説明とお礼などなどを野子に言った。
野子は野子で、
「いえ、これからお隣になりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
とこれまた丁寧で親切心あふれるセリフを吐いて、ペコンとお辞儀をしてそのまま買い物に向かって行った。
(ありがとうよ。そのうち、あの子相手に何か書いて俺のラノベ読んでもらうか。本好きそうだし、俺の作品がこの世界でどう思われるのか分かるかも知れんし。まあ、世界の造りがほとんど同じなんだから、結果は何となく想像つくが……)
俺も1年の間、とろう作家として経験を積んでいる。夢は見ない。ただ、試してみたいだけだ。
野子と別れた後、俺も近くにコンビニを見つけ、お弁当と、朝ご飯用のおにぎり、菓子パン、カップ麺などと一緒に、プロットを書くためのメモ用紙を買い足してアパートに戻った。
その晩は、コンビニ弁当を食べてから、なぜかちゃんと押入れに用意されていた布団を敷いて横になった。荷物の確認や整理は明日でもういいだろう、とりあえず時間は十分にありそうだ。
単3のマンガン電池が1本ついていた小さなアナログ型の目覚まし時計を枕元に置いてから床に入ると、秒針の音と共に、それまで耳に入って来なかった鈴虫的な何かが鳴いているのが聞こえてくる。
「静けさや、あれ、静かさや、だったかな? 岩に滲み入る蝉の声ってやつか」
何かの虫の音を聴きながら、
(そういえば、転生前は警備の仕事と執筆に追われ続けていて、案外こんな風に静かに落ち着いて虫の声を聴いたり、考え事することなかったな)
そんなことを思っているうちに、段々と眠りに入って行った。