専属契約はいかがでしょうか?
夜場の濃い押し売りが続く。
とにかく逃げのびねば。
「あ、今日はお話だけと思っておりましたので……」
「ありがとうございます。私どもも思いがけずお話を順調に進めることができて光栄でございます!」
「まだ書きためた作品が少なくて、大丈夫でしょうか……」
「素晴らしい! ご一緒に作品の企画段階からご助力差し上げることができますこと、誠に光栄でございます!」
「まだ、自分でも自信がなくて……」
「素晴らしい! 謙虚さは執筆家にとっての最も大切な才能の1つです!」
「あっ、いや……。その印鑑、すみません。俺、象牙アレルギーで」
「ご安心ください。こちらは、特別にナウマン象の化石から作らせました、アレルギーフリーの素材でできております!」
「あっ、俺、縁起を担ぐ方なので、吉日を……」
「まさか、本日が弊社創立記念日からちょうど6ヶ月後の吉日であることをご存じとは。本当に恐縮ででございます!」
(走って逃げていいか俺?)
その時だった。
「夜場、先生がお困りじゃあありませんか」
……突然、丸山が助け船を出してきた。助かった。
「いずれご契約いただくとしても、初対面の先生に無理強いのような形になっては失礼にもほどがありますよ」
「も、申し訳ございません!」
夜場が丸山に向かって深々と頭を下げる。
「あ、いえ、お気遣いなく。私もびっくりしてしまって」
何とか助け船に乗れそうだ。とにかく契約はいいとしても、状況をもう少し把握しないと。
「専属契約というのはとても光栄なお話で、最終的には私の方でも何か困る訳ではないと思うのですが、何といっても私も契約とかいうものには素人ですので、本日のところはお話だけ聞かせていただけると助かります」
「もちろんでございます。こちらこそ、夜場があまりに失礼なことを申しまして、お詫び申し上げます。先生とされましても、いずれ弊社とご契約いただけるお気持ちがおありのようですので、私どもとしましても、何も心配はしておりません。先生のお気持ちは私どもと全く同じかと思いますし」
微妙に引っかかるというか、強引さがこめられたセリフにも聞こえるが、業界ほぼ独占の丸山文庫のプライドみたいなものもあるんだろうな。とにかく、急に話が進むのさえ止められるならそれでいい。
その後は、30分くらいだったろうか、俺が聞きたかった今後の具体的な進め方とかの話は一切なく、ただひたすらに俺の送った作品を褒めまくりながら俺の才能がどれほどのものか、どんな革命を文学界に起こすかなど、これまでの人生の中では経験したことのない最上級の賛辞が送られ続けた。
最初のうちは、違和感がすごかったし、『もっと別の話がしたいんだよ、いいかげんにしろ!』という心の中で叫んでいたが、段々と、心地よくなっていくのを自分でも感じていた。




