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統括編集局長

 扉の外は、真っ赤だった。

 いや、実際には廊下に赤い絨毯が敷いてあっただけだったが、大企業とはいえ普通の会社の事務的な感じのする内装を想像していた俺には、真っ赤な絨毯が目に入った瞬間、意外性も加わってクラクラしてしまった。


 廊下には、もう1人スーツに身を包んだ若い男がこちらに向かって90°に頭を下げている。その道の向こう側に女が1人立っている。


「杉田先生、本日はわざわざ弊社までお運びいただき、ありがとうございます。わたくしは、弊社統括編集局長、丸山夏希まるやまなつきと申します」


 背筋の伸びた姿勢の良いその女が自己紹介をした。


「どうぞこちらへ」


 丸山夏希と名乗ったその女の言葉に促され、案内された廊下の奥の部屋に入っていく。


 部屋に入ると、ドラマに出てくるようないわゆる編集部の部屋、という感じではなく、何か応接室的な個室だった。奥の方には、全面ガラス張りの壁という感じになっていて、明るい光が入ってくる。

 丸山は、腰まで伸びた長い黒髪がスーツに似合う、いかにも切れ者的な美人だ。歳は40代のどこかくらいだろうか?


「さあどうぞ、おかけください」


 名刺を差し出してから、丸山夏希は俺をテーブルを囲んだソファーに座らせ、自分は窓を背に向かい合わせにソファーに座った。少し離れて、夜場も丸山の並びに座る。丸山の姿は、文字通り後光が差しているように逆光の中でシルエットが浮かび上がっている。

 秘書らしい女性が紅茶を運んできてから、話が始まった。


「先生は、すでにどこか別の出版社で執筆活動をなさっているということではない、というようにうかがっておりますが、これほど貴重な才能をお持ちの先生がこれまでデビューなさっておられなかったのには何かご事情がおありだったのですか?」


「いえ、あくまで素人作家としてやっていただけですので……」


「本当でございますか! とても周りの方々が放ってはおかないと思いますので、先生ご自身がとても謙虚でいらしたからだとは思いますが」


「いえ、本当にそんなことは……」


 持ち上げられて悪い気はしないが、とにかく曖昧に答えるに限る。大人の知恵だ。しばらくは、丸山も俺も何となくお世辞と謙遜のやり取りを続けていた。


「……ところで、やはり、先生のデビューについては、弊社としましても重要なプロジェクトになっていくことになると見込んでおります。第1作の出版に向けた実務的な準備も色々とございますが、まずは、弊社との専属のご契約をいただきまして、そのうえで全ての準備を進めてまいりたいと考えております。その方が、先生にとってもお話が進めやすくなって良いと思います。もしよろしければ、ご契約書をお持ちいたしますので、そちらからお願いさせていただいてよろしいでしょうか」


「え、はい?」


 何言い出すんだこの女。『よろしいでしょうか』とかいきなり言われてもいいわけないだろ。頭おかしいのか?

 いや、何がまずいのか俺自身も分からないが、いきなり何の中身の話もなく、専属契約だけはして話しましょう、って、とにかくついて行けん……。


 だが、丸山たちは俺が戸惑っているのを一切気にかけずに秘書に契約書を持ってこさせ、


「本当に恐縮でございます。同じものを2通作成いたしますのでそれぞれに数カ所ずつご署名とご捺印をいただくことになってしまいお手数をおかけいたしますが、順番にわたくしがご案内いたしますので、ご安心ください」


 と、それまで黙って横に座っていた夜場が立ち上がって一気にまくし立てる。


「あ、いや、印鑑持ってきてないので……」


「もちろんでございます! 僭越ながら、こちらでご契約用の先生のご印鑑を作成させていただいておりますので、こちらをご使用ください!」


 何か、象牙っぽいやたら高級そうな杉田性の印鑑を差し出す夜場。


 ふざけんな、勝手に人の印鑑作んじゃねえよ。いや、それよりも、よく分からないうちにどんどん話が進むのは阻止せねば。とにかく俺の才能ギフトには限りがある。間違えたら、今度こそ本当に取り返しがつかないんだよ!


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