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丸山文庫に着いた

 その日は、昼前にはアパートを出た。

 とりあえずスーツは持っていないが、黒のジャケットと何かスラックスっぽいパンツを組み合わせてみる。


 俺のアパートから、丸山文庫のある檜原区ひのはらくまでは40分くらいかかる。


 檜原区は、丸山文庫本社を中心にその他の小規模出版社が集まり、さらには出版取次の会社がいくつかあり、さながら出版業界のメッカとなっている。八王子の中心部とは地下鉄で15分ちょっとという感じなので都心の中ではやや周辺部に位置するが、それでも十分過ぎるほど『都会』のようで、もちろん、出版関係以外の会社もたくさんあるらしい。


 檜原に着いて駅の外に出てみると、駅前には意外だが本屋は目に入ってこない。俺の知っている有楽町とか新橋といった普通のビジネス街的な感じでビルが建ち並んでいる。それでも、駅前を見渡していてあまり本にゆかりのない土地柄みたいな雰囲気を感じるかというと、かえってむしろ何となく本のプロたちが集まっているような、一見さんお断りの空気が街全体に漂っているような気がする。もちろん、俺が緊張しているせいだろうが。


 駅前の大通り沿いを1分も歩かないうちに、『丸山文庫』の文字が大きく書かれた看板が備え付けられているビルが見えてくる。駅を出てから2分くらいですぐにエントランス前だ。だが、まだ12時を少し回ったところだったので、2時の約束には明らかに早すぎる。


(遅刻するより早すぎるくらいでいい)


 駅前はかなり賑わっていて、すぐにチェーン店らしき喫茶店を見つけて入ることができた。昼休みなのだろう、かなり混んでいる。とりあえず、コーヒーとサンドイッチのセットを注文し、セルフで受け取って窓際の1人用の小さな席につく。もう緊張感で、味はよく分からなかった。


◇◇◇


 1時間以上時間を潰した後、約束の5分前に丸山本社ビルの入り口前に着いた。


 中に入ると、あまり人類は進歩がないのはここでも一緒らしい、分かりやすく立派で豪華な大理石の広いロビーが広がっている。

 意外と人は少ないが、それでも7、8人くらいはスーツ姿の男女が行き交う姿が目に入る。


「あっ、……社の……、いつもお世話……。……編集部の…………いらっしゃいますか。あっ、はい、……下のロビーにおります」


 取次ぎの営業か何かなのだろうか。やはりスーツ姿の若い女が、奥に見える受付で、内線電話らしいものを借りて誰かと話している姿が見えてくる。


(場違いなとこに来てしまった……)


 どうしても卑屈になる俺。とにかく、あの女がどっか行ったら別のやつが来ないうちに受付にさっさと行かねば。


 その女が電話を切って、ロビーの端の方に歩いて行ったのを見届けてから、俺は深呼吸を3回して受付に向かって歩いていった。


「あの、今日、2時に原稿を見ていただくことになりました杉田と申します」


 俺が何とかどもらずに受付に座っていた女に声をかけた瞬間だった。


「す~ぎた先生~!お待ちしておりました~!」


 受付の横に立っていた男が、いきなり大声を張り上げながら早足で俺に向かって近づいて来た。


わたくし、弊社文芸編集部次長の夜場よらばと申します。本日は、私どもの方でおうかがいさせてていただくべきところ、杉田先生にはわざわざ遠方よりお越しいただいてしまい、大変なご無礼を働いてしまいました。先生のお電話を受けました者が大変不勉強でして、私より厳しく叱責して本日は自宅で謹慎させているところでございます!」


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