転生前その3
転生は呆気なかった。
投稿を始めた最初の頃は、PVがつくだけで嬉しかった。
「あ、読んでくれてる人がいる」
俺は、たとえ蝶として羽ばたけなかったとしても、一人でも俺の書いた文章を、作品を読んでくれる奴がいるなら、その一人のために書き続けよう、と思っていた。
投稿を始めて11日目に、1時間ごとのPV数が初めて50というそれまで見たこともない数字になった時には、
(やばい、このままバズる、次の1時間にはいきなり100、いや、1000越えとかして、そのまま超新星になって作家デビュー? 印税1億から始める作家生活……)
などと、光よりも速く膨らむ妄想を主症状とする精神の病にも似た半覚醒状態に陥ったり、その1時間後に、
(え、PV4? 集計ミス? あっそうか、タイムラグか)
と自分を保ったものの、そのままいつもの数字に戻るのを認めざるを得なくなってから、
(死ね、死ね、死ね、自分死ね! ゴミのくせにホント死ね! いや俺のせいじゃないだろ、こんな食虫植物野郎、ゴミクズサイトが勝手に死ね! いややっぱ俺死ね……)
と今度は一過性だが激しい鬱症状に襲われたりしていた。
それでも、何か惹かれるものはあったのだろう、いや、俺自身が自分の才能を発見していたからという方が正確だろうが、完全に筆を折ることはなく、PVの数字をちょっとずつ膨らませつつ、その度に、上下する妄想と一過性激鬱を繰り返しながら、ぼちぼち1年になっていただろうか、投稿を続けていたのだ。
ただ、その日は、ちょっとばかり疲れていた。夜勤が続いて明らかに寝不足だった。
寝不足なのは、仕事のせいばかりでなく、PV厨を卒業して、さらにはブックマークが100越えした作品が初めて生まれて勢いが出てきたところだったので、かなり無理をして連載を連続投稿していたのが重なっていたのだ。疲れてはいるが、今が上げ潮のはずだった。
なのに、なのに……。
何が起きたのか全く想像もつかないが、いきなり、8人も立て続けにブックマークを外したのだ!
しかも、これだけ連続投稿していたのに、明らかにPVまで減っている。
……忍耐強い人間には忍耐強い人間としての弱点がある。そう、ちょっとした何かがその時切れてしまったのだ。
「いいかげんにしろおおおおおお、ふさげんけんじゃねえよおおおおおお!」
壁のそれほど厚くはないアパートで出す音量ではなかったが、抑えきれなかった。
使っていたノートパソコンを両手で床(でも畳)に叩きつけると、少し何かが折れる音がして、小さい火花が散った。
それを見て、なぜかさらにまた怒りが爆発した。
「ふざけんなああああああ!」
もう一度叫んで、コンセントに繋いだままだったパソコンを手にして持ち上げ、ACアダプターを力まかせに引っこ抜こうとしたその瞬間、バッテリーか何かが破損していたのかもしれない、感電した。
それまで考えたこともなかったが、たかがノートパソコンからの感電でも、人は死ぬのだ。本当のことだ。
一瞬の手の痺れと同時に、胸に、全身に激痛が走り、呼吸ができないまま、短い苦しみの後に、俺は死んだ。
……そして、しつこいようだが、転生した。