新都心その2
八王子に買い物に行ったのは、とりあえずCDプレイヤーを買いたかったからだ。
(とにかく、文字をある程度ちゃんと読み書きできるようにならんと、どう考えても色々問題ありそうだ)
そりゃそうだろうな、いくら俺には文字関係なしの原稿用紙があるといっても、小説家として文字の読み書きができなきゃあっという間にボロが出そうだ。いや、それ以前に普通に社会生活が送れそうにない。つなぎでバイトするにも履歴書1つ書けんのでは話にならない。とりあえず今は、ひらがなカタカナだけは何とかうろ覚え程度にはしたので外出くらいはできるが。
俺は、卸問屋っぽい電気店で小さな液晶のついたCD兼DVDプレイヤーを買ってみた。名称こそCDとかDVDとか言ってるが、さすがに原理は俺の生きていた頃とは別の物なんだろう。
買い物のついでに、もちろんメイドカフェにも行ってみた。
1周回って元に戻る、という言い方があるが、移り変わりの激しいこの業界、たぶん1万周くらいは回って元に戻ったんだろうな、普通にメイドカフェだった。メイドさんには猫耳もついている。もしもし人類、何か進歩してるところとしてないところの差が激し過ぎやしませんか?いや、猫耳メイドには人類共通の魂の深い部分を鷲づかみにする何かがあるのかも。もう完全な伝統芸能の一種か。
俺は、ようやくホームグラウンドに戻ることができた喜びに十分浸ってから、家路についた。
◇◇◇
……それから俺は、1週間程度はだいたい自分の部屋かせいぜい駅前に行くくらいで、後はひたすらオーディオブックを使って文字を覚えることに集中した。あまり漢字の書き取りなど得意だった覚えはないが、意外と、というか、結構漢字を覚えるのは順調に行った。変化しているとはいえ、文字のベースは2万5000年前の時代のものだし、変化の方向性も基本的には複雑な形を省略化する方向に向かっているものが大半なので、一旦傾向をつかめるようになると後は読むだけなら知らない文字でも想像しながらで何とかなる感じだ。書く方についても、自分の名前や住所、近辺の地名など、俺自身がよく使いそうな文字から覚えて行けば、そう時間はかからずに不自由はなくなりそうだった。
少し文字が何とかなりだしてからは、練習がてら、時々駅前の本屋に立ち読みに行ったり、図書館の雑誌コーナーなどで文芸雑誌などを探してみた。ただ、丸山文庫独占の影響か、あまり種類はなく、活発に文芸雑誌が利用されている気配は感じなかった。
まだ小説をスラスラ読めるところまでは行っていなかったが、それでも図書館でタイトルや出版社名を眺める程度のことはできるようになってきたので小説コーナーも覗いてみると、確かにほぼ丸山文庫が独占しているようだ。装丁は色々な本があるので一見すると転生前の時代とさほど変わらないが、よく見てみると9割以上は確かに丸山が出している本だ。
「こうなると、やはり売り込み先は丸山一択に間違いないな」
出版業界が1社に独占されていることについては俺も快しとは言わないが、とにかくプロとしては売れなくてはしょうがない。好き嫌いで選ぶほど俺は子どもじゃない。寄らば大樹の陰は大人の男にとってのベーシックな人生訓だ。
俺は、持ち込み先についてさらに気持ちを固めていった。
「さて、どこから手をつけていくか……」