心の秘密その1
「医学的なテストですか?なんだろう?遺伝子検査みたいなもので天才遺伝子的なものを見つけたりするんですか?」
俺は、思いつくままに特に深い考えはなしに、思ったことをそのまま尋ねた。
(まあ、確かにこれほどのことができる超天才を幼少の頃に発見するには、よく分からないが何か医学的な検査のようなものも必要なのかもしれないな)
ただ、上実から返ってきた答えは、俺の想像の範囲を全く超えたものだった。
「遺伝子検査もございますが、補助的なものです。また、私たち情報提供サービス士は、天才として見いだされるのではありません。医学的に申しますと、ハイパーサイメシアとその程度を判定する医学的検査になります」
上実は、それまで通り、特に穏やかな表情と口調を少しも変えることなく、そう言った。
「えっ、何とおっしゃいました?」
俺は、上実の口から出てきた単語が想像の範囲に全く入っていなかったためだろう、本当に単語として認識できなかった。
「はい。私たち情報提供サービス士は、天才として見いだされるのではありません。医学的に申しますと、ハイパーサイメシアとその程度を判定する医学的検査になります」
以前にも確か同じようなことがあったな、上実は、一言一句違わずに同じトーンで先ほどの答えを繰り返した。俺は、今度は『ハイパーサイメシア』という単語は認識できたが、やはり意味を掴みかねていた。
「あの、ハイパーサイメシアってどういうものなんですか」
「日本語では『超記憶症候群』と訳されることがあるもので、目で見たものを細部まで瞬時に記憶して忘れない、という能力となります。ただ、『症候群』という言葉からお分かりの通り、その能力は通常の社会生活を送る上では過剰でかえって健康な生活を脅かしますので、何らかの病的な症状又は障がいの現れ、という側面がございます。現在では大きく分類を変えましたので含まれてはおりませんが、かつては、発達障がいの一種として分類されていたものです。医学上の分類は異なることとなりましたが、現在でも、ハイパーサイメシアと発達障がいは医学的には非常につながりが深いものとして理解されております」
「えっ、発達障がいって、アスペルガーとかそういうやつの発達障がいですか?」
「アスペルガー症候群は、発達障がいの中の一類型でしたので発達障がいそのものを表すものではありませんが、アスペルガー症候群をご存じであれば、情報提供サービス士の資質の基となる能力としての発達障がいについては、大まかなイメージは杉田様のお考えの通りかと思います」
全く分からない、余計意味がわからなくなった。
「発達障がいが情報提供サービス士の仕事と関係がある、ということでしょうか?」
「はい。仰るとおり、とても深い関係がございます。杉田様は、カメラアイ、という言葉をご存知でしょうか」
「よくは知りませんが、やはり、一度見たものをカメラで写したみたいに細部まで正確に記憶できる能力というようなものでしょうか」
「はい。おおむねそのようなものとしてご理解いただけているのであれば結構です。現在では、カメラアイはハイパーサイメシアの一種と分類されており、いずれもかつては広義の発達障がいに含まれていたもので、健常者の方にはない特殊で過剰な記憶能力を主症状としたものとなっております。ところで、ご承知の通り、情報提供サービス士の仕事は、大量の情報についての記憶力を基礎能力として、そこに抽出速度と精度が加わることで成り立っております」
そこのところは何となく分かる。そりゃそうだろう、常人離れした記憶力があることだけはいくら俺でも想像がつく。だが、だからといって……。
そこまで考えて、そこから俺は、その先の言葉を見つけられないでいた。
上実が説明を続ける。
「ハイパーサイメシアを含む発達障がいは、かつては単なる脳の何らかの機能障害の1つと考えられておりました。未だ原因は特定されておらず、疾病ではなく障がいの一種として分類されていることからお分かりの通り、やはり未だ治療法も確立されておりません。ですので、ハイパーサイメシアについても治療法は確立されていません」
「こんなに長い年月が経っても治療法が見つかっていないんですか!」
2万5000年前から転生して来た俺は、思わず『こんなに長い年月』などと口走ってしまう。それでも、上実は、これまで通りの安定した態度を崩さない。おそらく、発達障がい、という概念ができてからの長さのことだと受け取ってくれたんだろう。
「はい。しかし、ある時期までは治療法が見つからない、という表現が適切な状態でしたが、現在では、発達障がいのうちハイパーサイメシアに関しましては治療法が見つからないのではなく、見つける必要がなくなった、と表現する方がより適切な状況となっております」




