出版業界の情報その2
「あの、出版業界の現状を教えて欲しいんですが」
上実は、一呼吸間があってから、
「ご質問の内容を特定しかねております。もう一度、ご質問を変えてより具体的な内容をお聞かせください」
と穏やかな表情で淡々と答える。
そうだった。上実は、たいていのことは何でも答えられるが、その代わり、抽象的な尋ね方だと答えられないことがあるのだ。
「すみません。日本で、無名の小説家向けの文学賞のようなものはありますか。あればどんなものがあるか教えてください」
「はい、ございます。出版社主催のもので、現在、年間15の新人作家向けの文学賞、コンテストがございます」
今度は通じたようだ。上実は、ロボットのように、何でも機械的に答えるわけでもないし、完全に誤解の余地無く質問の言葉を選ばなくてはならないわけでもない。多少の曖昧さであれば質問の意味を推察してかなり的確な回答を選んで答えてくれる。ただ、できる範囲で誤解の少ない尋ね方を工夫する必要はあるのだ。
(15、意外と少ないな)
俺は、率直に尋ねてみる。
「意外と少ない気がするのですが、15という数になった理由が何かあれば教えてください」
「はい。新人向けの文学賞の数について文献での記録についてはここ300年ほどのものしかございませんし、そのうち、私が今把握しているのはここ80年分の記録についてです。その範囲で申し上げてよろしいでしょうか」
ほとんどのことを瞬時に答えてくれる上実だが、ごくまれに、この世界のどこかには情報が存在するが、上実の知らないこともある。そういうことに関しては、1週間程度の時間があれば、後日調べて答えてくれることもできるそうだ。ただ、その時はそこまでは必要なかったので、
「はい、かまいません」
と返事をして先に進んでもらった。
「新人向けの文学賞の数は、35年前の年間186という数をピークに減少に転じております。その理由ですが、1つには、業界最大手である丸山文庫の寡占が進み、賞の数がそれに伴って整理されていったことが挙げられます。また別の理由としては、35年前に当時もっとも権威があるとされていた文学賞で不正が発覚し、社会問題化したことがございました。いわゆる出来レースと呼ばれるもので、コンテストの形式をとっていても内実はすでに受賞作が決まっている、というものです。その事件を機に、文学賞に対する世間の評価が急落し、さらに、他の文学賞でも出来レースではないものの、選考の方法がずさんな賞が次々にマスコミで取り上げられたことが評価の急落に拍車をかけました。それまでは、出版業界では、めぼしい新人作家についてはどこかの文学賞を取らせたうえで名前に箔をつけてデビューさせることが一般的でしたが、それらの一連の事件を契機として、新人作家の文学賞受賞歴が市場であまり評価されなくなった、ということが挙げられます」
上実の説明は長かったが、要領を得ているので俺には分かり易かった。原理は分からないが、段々質問してる回数が増えると回答がカスタマイズされて精度が上がっていくようだ。
「要するに、賞を取っても必ずしも新人作家は売れるとは限らなくなったので、新人を売り出すための賞が減った、ということですね」
「はい、そうです。丸山文庫の寡占の影響を除きますと、おおむね、そういうことになります」
「現在、15ある新人向けの賞は、どんな出版社が主催しているのですか」
「丸山文庫が、春と秋に年2回、その他13の賞は丸山文庫以外の社員20名未満の小さな出版社がそれぞれ1つずつ主催しております」
なるほど。よく分からんが、寄らば大樹の陰、応募を考えるなら丸山文庫だな。
「新人賞経由があまり多くないとすると、無名の小説家は、どうやって自分を売り込むのが一般的なのでしょうか」
上実は10秒くらい考えている。少し、質問が抽象的過ぎたか?
しかし、少しの間の後、上実は回答をくれた。
「出版社への直接の持ち込みが最も一般的といえます。丸山文庫では、毎月15日締めで、翌月分の持ち込みのための予約を受け付けています。その他の小規模出版社については方法や頻度はまちまちですが、やはり、何らかの方法で持ち込んで売り込むのが一般的です」
「持ち込み? ずいぶん原始的な方法なんですね……」




