出版業界の情報その1
翌朝起きてみると、体中がだるくて気持ちが悪い。
荷物の中には体温計はなかったが、たぶん、少し熱がありそうだ。昨日、夢中になって色々あちこち動きすぎたのかもしれない。寝る時間も相当不規則だったしな。
その日は、俺は、出かけるのを止めにしてそのまま寝てることにした。時間は十分にある。当座の金さえあればニートって素敵かも。不本意な理由でニートやってるやつには悪いが。
俺は、結局その日の朝のうちは、そんなことを眠気のとれないぼんやりした頭で考えながら、布団から出ずに過ごしていた。昼過ぎになると多少は目が覚めてきたのでようやく起き出した。ただ、飯を食べてからもまだ少し身体が重く外出する気にはならなかったので、図書館で借りてきた子ども用の文字を覚えるための教材を適当にめくりながら目を通してみた。
オーディオブックということでCDプレイヤーがないと音は聞けないが、幼児用のひらがなとカタカナのドリルはさすがに50音順に並んでおり、しかも、大半は文字の形が変わってはいたが面影は残ってるようなので、特に音声がなくても見当がついた。とにかく、ひらがなとカタカナ、それと自分の名前くらいは読み書きできるようにならないとな、バイトするにも履歴書も書けん。いやいや、小説応募したりするのにも郵便物も送れない、か。
結局、その日は、1日ごろごろしながら時々読み書きの練習をして過ごした。
……翌朝、外は小雨交じりの曇天だったが、熱は下がったようで体調も戻ってきたみたいだった。
俺は、朝食を食べてから、市役所に向かった。まだ、傘を買ってなかったことに気づいたので、途中のコンビニまで走って行き、ビニール傘を買ってそのまま市役所に歩いて行く。
(だいぶ慣れてきたとはいえ、こんなところまで一緒なんだな)
ビニール傘を差して歩きながら、改めて西暦2万7025年のこの世界と俺のいた世界にほとんど違いがないことに妙に感心していた。本当に時代の連続性はあるのだろうか……。
まあ、世界5分前創造説だったかな、名前はとにかく、世界が実は5分前に始まっていてそれ以前の記憶は全てその時に植え付けられたものだ、みたいな話だ。突飛な話ではあるが、その5分前創造説を誰も否定しきれないことからすると、元々人間には5分以上前の世界と今の世界が本当に連続性のあるものなのかどうかすら確かめる方法ないってことなのだろう。だとしたら、転生後の自称西暦2万7025年と俺のいた世界の歴史が本当につながっているのかなんて、考えても分かるはずもない。いや、むしろ、分からないというより問いの方が間違っているんだろう。
……市役所につくと、そのまま2階に上がり、情報提供サービス課で番号札を取ってベンチで待つ。1回目も2回目も5分くらいですぐに呼ばれたが、その日は10分以上待たされた。上実が俺の専任になったせいもあるのだろう、今日は前がちょっと詰まっているようだ。
(ああ、そうだ。今日は本題の出版関係の話を聞いたら、ちょっと上実のこと聞いてみるか。だいたい何で情報提供サービス士ってあんなに何でも知ってて即座に答えられるのか本当に謎だしな)
そんなことを考えながら待っていると、持っている番号札の番号が呼ばれた。
「2番提供室にお入りください」
部屋に入ると、これまでと変わらないセミロングの赤みがかった髪が美しい上実が、これもまた変わらず澄んだ声優のように聞き取りやすい話し声で、
「おはようございます。杉田様。これより、情報提供サービスを始めさせていただいてよろしいですか?」
と尋ね、俺の『はい、お願いします』という返事を待ってから、事務机の上のタイマーのボタンを押した。
(とにかく、出版業界のことを尋ねるんだ。どうやってデビューしたらいい?)




