有限の才能
もちろん、俺は死ななかったし転生もしなかった。
全部が全部、紙飛行機になって色んな意味で川を渡って行った訳ではないだろう。最初に野子に渡した原稿が12枚、それにその時は久しぶりの手書きだったので書き損じたのが3、4枚はあったと思う。それでも、やっぱり、250枚以上は飛んで行った計算になるが……。
俺は、ちっともサッパリした性格ではない。むしろ、ネットリしたキモオタだ、見た目も性格も。どうしようもない。引きずる引きずる、きっと俺は、この転生後の生涯を通じて、ずっと引きずり続けるんだろうな、この件は。何だか転生前の俺の人生のゴミっぷり象徴するみたいだ……。
ただ、それでも、とりあえずその日の夜までには、時間の感覚を失ったまま気持ちがフワフワ飛び回っているような状態は段々と収まっていった。大量の原稿用紙を無駄遣いしてしまったショックはどうしようもなかったが、それ以上に、才能の持つ能力の魅力が俺にとってものすごく強力だったせいだと思う。少しずつ、興奮が絶望を上書きしていったのだ。
まあ、いい、とは言わない。だが、俺にはまだそれなりの枚数の才能があるんだ。
俺は、夜になってからはその枚数でできることをあれこれ計算し始めた。
◇◇◇
「……普通の小説で、1冊15万から20万字くらい。ラノベなら、12万から14万、イラストいっぱい入れて薄めて薄めて10万字が限界くらいか?」
俺は、とりあえずカップラーメンをすすりながらあれこれ原稿が紙媒体の本になった時のことを頭の中でシミュレートしていた。
「原稿用紙250枚で10万字か。2冊20万字で500枚、3冊はちょっと無理か……」
細かく計算していくとまた紙飛行機の件が心の中で蒸し返されてくる。う〜。せめて750枚残ってれば何とかもう1冊行けたのにな……。まあ、どっちにしろ、3冊ともピッタリ250枚ずつで書ける訳でもないだろうからもうちょいないと無理だろうが。
1冊100万部売れたら印税は1億円くらいか?キャラクターグッズとかコミカライズとかアニメ化するといくらくらい入るんだろう?とりあえず全部で3億円くらいにはなるとして…、それが2冊分で6億円かぁ……。
ほとんど必ず当たる宝くじの権利持ってるみたいだ。残りの原稿用紙も無駄にしないでちょこちょこ短編出せばもう少し行くか?
そうなったらマスコミとか出るのか?バラエティは……、さすがにラノベ作家がバラエティとかないか。
いや、待てよ、何でラノベ限定で考えてんだ俺。毎年のように何度もノーヘル文芸賞候補に挙がってる『スウェーデンの湖』とか書いてる町下秋水だったか、あのボーッとした感じのおっさんみたいになればもう世界的作家だろ、バラエティ行けるんじゃね?ハーレム行けるか、リアルでハーレムってありなのか?あ、でも純文学だと一気に500枚くらい使うだろうから、ホントに一本勝負になるな……。
とにかく俺はその日、コタツの前で朝までそんな夢を、妄想を、ノーブレーキで無限大に膨らませていた。




