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アパートに戻る【執筆】

 俺は、部屋に戻ると、そう言われてみればずっと抱えっぱなしだった図書館から借りてきた本をまとめて畳に放り出し、それから買ってきた原稿用紙と新しいボールペンをコタツの上に並べて、そのまま『異世界部活シリーズ〜ネコ耳卓球娘の地区予選大会〜』の続きをもう一度思い出しながら書き始めた。


 何かモヤモヤしっぱなしだが、とにかくこれ書いて野子に渡してみよう。今度はちゃんと野子から聞きたいこと先に用意しといてから隣の部屋に行けばさすがにもっとマシな会話になるはずだ。


 ……でも、これ書いてモヤモヤをはっきりさせたい、とかいう気持ちに駆られただけでもなかった。俺は、新しい原稿用紙のマス目に文字を書き入れながら、何か自分の心が弾んでいることに気がついてる。


(何か気持ちが入るな。楽しい)


 慣れない手書きでの原稿作成に段々馴染んできたことだけが理由ではないだろう。

 そうだ、俺は楽しくなってきている。楽しい。本当に楽しいから書いている。


 あそこまで野子が思ってくれた理由は全く分からないが、あんな風に、目の前の生身の人間から俺の小説について目を潤ませながら『感動しました』『ワクワクしました』などと面と向かって言ってもらえた経験はもちろん今までにはない。とろうサイトに投稿している時にも、ブックマークがついたり、評価が上がったりしたら嬉しかったし、時には感想で褒められることもあった。でも、そういうのとは全然違う。そう、全然違う、生身で直接褒められるのって。

 目の前の野子から褒めちぎられている光景は、頭のどこかで理性が働いて勝手に謙遜しようとしても、そういう半ば反射的に生じる謙遜の壁を易々と突き抜けてくるインパクトがあった。


 なぜ、野子は俺の書いた文字が読めたのか、それを確かめたい気持ちはもちろん消えていなかったが、書き続けるうちに、どんどん『あの顔をもう一度みたい、あの声でもう一度褒められたい』という素朴な欲求がペンを進める俺の手を動かしている主要なエネルギーになっているのを感じていた。


◇◇◇


 ……翌朝、1時間半くらい仮眠をとって目が覚めたら、午前8時ちょっと過ぎになっていた。ほとんど徹夜だ。18時間くらいはぶっ通しで書き続けていたか。ただ、そのおかげで俺は、続きの8話分、原稿用紙でちょうど50枚を書き上げていた。元々未完の作品ではあるが、その辺りで大きな山場を1つ越えた区切りになるので、最後だけ少し修正を加えて、一応の完成形に仕上げた。


 隣の野子達の部屋からは、微かに台所でパタパタしているような音が聞こえてくる。今から朝食か?今日は日曜日だ。時間はある。


 俺は、野子達の朝ご飯が終わりそうな9時くらいまでの間、書き上がった自分の原稿を読み返しながら待った。そして、隣の物音が落ち着いた頃を見計らって、その原稿の束を買っておいた封筒に入れてからそれを持って自分の部屋を出て、外廊下から隣の部屋のチャイムを鳴らした。




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