アパートに戻る【疑問】
まだまだ上実から教えてもらいたいことは山のようにあった。
だいたい、何で上実はあんなにどんなことでも基になる情報源さえあれば即座に返答できるんだ?よく考えれば、いや、よく考えなくても異常だろ?すごく気になったが、とりあえずは仕方ない。そのこと1つとっても理由が分からないと気持ちは悪いが、急ぎでもないしな。月曜日になったらまた訊きに来よう。
手数料を払って市役所を後にした俺は、そのまま頭を切り替えて、上実が言っていた中央図書館に行ってみた。
「あの、すみません。オーディオブックコーナーはどちらになりますか?」
明るい図書館のフロアに入ると、入口のすぐ横にいた案内係らしい女に声をかける。
「向かいの視聴覚コーナーの奥にございます。お選びいただいたCDは、視聴覚コーナーでご自由にご視聴いただけます」
大学生のアルバイトだろうか、そのめがね女子が手で入口とは反対側にあるテーブルと何かの音声機器がそろっている一角を指し示す。
(嫁にしたい)
一応、その女にも心の中で習慣となっている口癖で俺なりの礼を述べながら、案内された場所に歩いて行く。
お目当てのオーディオブックはすぐに見つかり、俺は、その中から、幼児用、小学校低、中、高学年用、それから中学生用の教材を1冊ずつ選び、図書カードを作ってから全部まとめて借りて、それからアパートに戻ることにした。
(再生用のコンポか何か買わないとな)
そう気がつきはしたが、どうせ時間はある、それに色々いっぺんに情報を仕入れてしまって頭も心もいっぱいいっぱいだ、そのうち駅前かどっかで探してみよう。それにしても西暦2万7025年か……。あっ、そうか、それはそうとこの機会にアキバ的な所があるならついでに行ってみるのもいいかも。ぼんやりあれこれ考えながらアパートまでの短い道のりを歩いていた。
市役所に向かう時とは違い、今度は道を間違えたりしない。俺はまっすぐにアパートに向かっていた。まだ少し暑いが季節は秋、ということらしい。住宅地を歩くと両脇の民家の庭先から名前は知らないが割と綺麗な花があちこちで顔をのぞかせている。
(……何かおかしい)
もう、アパートまで100メートルくらいのところ、突き当たりの角を右に曲がればたぶんアパートがすぐ先に見えてくるはずのところまで戻ってきた時だった。何の前触れもなく、本当に不意に、俺の心の中に強烈な疑問が湧いてきた。
(何なんだ、このモヤモヤ感は?)
俺は、あまりに強い違和感に思わず立ち止まってしまった。
そして足を止めた直後、すぐに、何がおかしいのか気がついた。
「おかしいだろ……。何で野子は俺の書いた原稿を、俺の書いた文字を読めたんだ?」
俺はそうつぶやくと、いきなり全力で走り出した。おかしい、おかしいだろ。何で野子は朝原稿を渡した時、その場で文字が読めたんだ?いや、読めたんじゃなくて、読めたフリをしてたのか?
午前中に部屋のドアの前で原稿を野子に渡した時の様子を走りながら必死に思い出そうとする。でも、よく分からない、確かに野子は俺の原稿を読んでその内容が分かっていたようにも見えた。
ようやくアパートに着いた俺は、全力で外階段を2階に駆け上がる。
野子たち親子の部屋の前について、息を切らしながらチャイムを押す。いるのか?
10秒くらいすると、中で物音がして、それからすぐに玄関が開いた。野子だった。
「ハア、ハア……。の、野子ちゃん」
息がまだ切れている。
言葉が出ない俺が用件を口にする前に、野子が先に喋り出した。
「あ、杉田さん。さっきはありがとうございます。私、私、杉田さんの作品を読ませていただいて、本当に感動して、それからワクワクしてます!こんなに、こんなに……」
野子の目が少し潤んでいる。
その様子で俺は確信した。野子は俺の原稿を読んでいる。