市役所へ行く【心その4】
「え、どうしたら……、何とかなりませんか……?」
役所嫌いの俺は、ほんのりと怒りが沸き起こって来るのを感じつつあった。だが、俺は豊富な就労経験を持つまともな社会人だ、しかもとろう作家……、元、なのかもしれんが、とにかく慎重な言葉の選び方は知っている。
上実は、俺の質問に即答しないで、10秒くらい考えてからきれいな滑舌、明瞭な発声で礼儀正しく答えた。
「検討いたしましたが、お尋ねの内容を十分に特定しかねております。別の表現で、もう一度お尋ねください」
本格的に進退極まりそうだ。だが、何か言わなくては……。
「利用申込書の書き方が間違っていたんでしょうか?」
「いえ、ご記入の方式については、何も問題はございません」
「結局、どうしたら利用を開始出来るのでしょうか?」
「利用申込書に必要事項をご記入いただき、ご提示いただきました身分証と照合が済みましたら、ご利用を開始していただけます」
「そうしたら、利用申込書の記入の仕方をもう少し詳しく教えていただけますか?」
「はい、承知いたしました。先ほどお渡しいたしました利用申込書の中にございます『氏名』と印字されている箇所の右横の空欄にあなた様のお名前をフルネームで、『ご住所』と印字されている箇所の右横の空欄に同じくあなた様が現在お住まいになっているご自宅のご住所を、それぞれご記入ください」
……一体、どうやったら話が先に展開するんだ?ここはバグりまくったクソAVGの中か?いや、ただの市役所の中だろうな。こんなもんだ、市役所って。
俺は、とにかく必死に、ない知恵を絞っ……、作家としての語彙力を駆使して、この永久ループしそうな状況からの出口を探した。
(あっ、そうか)
30秒くらい黙り込んで、ふと気が付く。
「それじゃ、とりあえず、現在常用されているという文字に変換して先ほど提出した申込書を処理していただけますか?」
「承知いたしました」
……今度は、拍子抜けするほど呆気なく上実は了解してくれた。
ようやく出口に辿り着いたようだ。
達成感半端ねえ、クソゲーじゃないかも。
上実は、何か手元でメモを取ってから、申込書に受付印のようなスタンプを捺して、それからようやく話は本題に進んだ。
「それでは、ここから5分ごとに100マネの手数料が発生いたしますが、ご利用を開始させていただいてもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
ここまで苦労しただけにその反作用とでも言うのだろうか、俺の声も明るくなる。
上実は、事務机の端に置いてあった、時間を計るためと思われる数字が表示されている液晶の付いた小さな四角い箱のボタンを押して、本来の仕事を始めた。
「それでは、ご質問は、『私の書いた文字は、いつ、あるいは何処で使われていた文字なのでしょうか?』と杉田様が先ほどおっしゃった内容でよろしいでしょうか?」
俺の名前を杉田として処理したのだろう、上実は俺の名前を呼び始めるようになった。
「はい、それでお願いします」
2秒はかからなかったかもしれない、清楚系声優っぽくもあるよく澄んだ声で上実は回答をくれた。
「杉田様が利用申込書にお名前とご住所を記載なさった際にご使用になられた文字は、約2万5000年前に日本で使用されていた日本語を表記するための文字です」