市役所へ行く【心その3】
(利用申込書に俺が書いた字をどのように理解すればいいか、だと?)
後で知ったことだが、上実に限らず、情報提供サービス士というものは、限界はあるのだろうがあまり曖昧な言い方をしない。それは情報提供サービス士に課せられている公式のルールでもあるし、情報提供サービス士の能力を支えるものの性質からしても自然なことでもあるようだ。
でも、その時の上実は、少し曖昧な尋ね方をした。余程、特殊な出来事と受け取ったのだろう。
「……どういう意味ですか?」
正直、俺は、上実が尋ねていることの意味が分からなかった。
「利用申込書につきましては、通常、日本語でのご記入をお願いしております。ですので、日本語以外の言語でご記入いただいた場合には、お手数ですが、再度日本語で書き直していただきますようお願いをしております。ただ、この度ご記入いただきました文字につきましては、これを日本語として私どもの方で処理させていただいてもよろしければ、そのようにいたします。ご希望をお聞かせください」
俺には、まだ意味が分からなかった。
「ええと、……字が汚かったでしょうか?」
「いえ、文字としての可読性には大きな問題はありません。ただ、ご記入いただきました文字は、日本で使われていた文字であると考えることができますが、現在常用されている日本の文字ではありません。そこで、現在常用的に使用されている文字に変換して、処理をさせていただいてよろしいでしょうか、という意味でございます」
「現在常用されていない……?」
この辺りでさすがに、モヤモヤっとした何かに気付きかけた俺は、上実が胸に付けていたネームプレートに目をやった。
(嫁いない、いや、そんなこと言ってる場合じゃない、読めない……。そうか、こっちの世界に来てから、ほとんど転生前と一緒の世界なのに、何かずっとストレスというか違和感を感じ続けていたのはこれか)
確かに普通の漢字に似ているが、ちょっと形が違う。そう言えば、申込書の『氏名』『ご住所』といった欄の漢字も少し違っていたような気がする。何も読まずに用紙のレイアウトだけ見て当然氏名と住所を書く欄だろうと思い込んでいたので、そのような場所にサッと書き込んだだけだった。
(でも、数字は読めたはずだ)
そうだった。お札の数字や買い物した時のレジの数字、それに今さっき受け取った番号札も部屋番号も問題なく読めていた。
だが、その他の漢字やひらがなは、今考えれば読めていなかった。読めて当たり前と思い込み過ぎていて、逆にきちんと読むことがなかった気がする。文字の形自体は何となく似ていたし、一応ここは異世界ということもあるからなおさら気にしていなかった。神様からの手紙はちゃんと俺のいた世界の日本語で書かれていたしな。それに俺のいた世界でも役所の書類とかはハングル語や中国語などでも併記されたりしていたのも多くなっていたので、パッと見読めない文字があっても無意識のうちに脳内スルーしていたのかもしれない。
でも、うっすらとだが話が見えてきた。俺は恐る恐る尋ねる。
「自分ではあまり意識していなかったので教えていただきたいのですが、私の書いた文字は、いつ、あるいは何処で使われていた文字なのでしょうか?」
「そのご質問にお答えするためにはご記入いただいた利用申込書の受付処理が必要です」
上実は、丁寧に、そして平然と進退極まりそうなことを言ってきやがった。これだから役人は……。