プロローグ
「な、何でそんなもの見せるんですか? は、早くしまってください!」
俺は、薄いピンクのスーツに身を包んだショートカットの清楚系OL風の女を路地の行き止まりに追い詰めたところで、その女から涙目で哀願されていた。
俺の名は、杉田黒朗、ショートカットの女は、女は……、苗字はまだ知らない、いや、聞いたこともあったかもしれんが地味過ぎて思い出せん、とにかく下の名前は奈子、とか呼ばれている女だ。だが、名前などどうでもいい、俺の昂ぶり続けて絶頂に達しつつある情熱のやり場が問題なのだ。
「分かってるだろう? ちょっとだけ、先っぽのところちょっとだけでいいから」
油ぎったキモオタとしての誇りにかけて、だらだらと額から汗を垂れ流しながら、こういう場面でのテンプレの台詞を口にして奈子に迫る。この偶然の機会を逃したら、俺は身も心もまた路頭に迷うじゃないか。そうなったら、お前、責任取ってくれんのか!?
「もう、そのお話はお断りしたじゃないですか。しかも、こんなところで突然……」
奈子は強引に迫る俺の手を払いのけ、頑なに俺の心からの申し出を断り続けている。
「ふ、ふざけんな! 俺、俺、俺の心からのっ……!」
「いや、嫌ですう、そんな強引に迫られたってどうしょうもありません!」
「本当に、本当に、さ、先、いや1枚、1枚だけ、1番上の1枚だけでいいからめくってくれよぉ」
「めくれませんよ、そんなのめくったら1枚だけじゃ済まないに決まってます! めくれるわけないでしょう!」
「じゃあ、せめてまとめて俺の気持ち、受け取ってくれ」
「何がせめてまとめてですか。そんなもの受け取れません。ちょっとは私の気持も考えて下さい!」
「いや、お前の気持ちなんてはっきり言ってどうでもいい。とにかく、とにかくこれが最後のお願いだから、頼む!」
「ぜ、ぜ、絶対だめですぅ! キモチ悪いです! それに、もう決めたんです。私、もう決めたんです、このままじゃ私、私、もう心に決めたべ、別の……」
「分かってる、分かってる、お前の気持ちが始めから俺にないことぐらい分かってる。でも、そんなことじゃないんだ、とにかく……」
俺は強引に奈子の両手を掴んだ。これが最後のチャンスなんだ。
「助け、て。けいさ……」
警察を呼ばれそうになった俺は、奈子の口を手で塞いだ。
『ガブッ』
「うお!?」
指に噛みつかれて思わず手を話したすきに、奈子は、ハンドバッグを振り回して思いっきり俺の顔に叩きつけやがった。角の硬い所が鼻に直撃し、鼻血を吹きながら仰向けに倒れる俺。
「ご、ごめんなさい。でも、でも……」
に、逃げる、奈子が逃げる!だめだだめだだめだだめだだめだ、これで終わりになんかできない!
俺は、倒れている俺の横を走り抜けて行こうとする奈子のスーツの後ろを引っ張ってしがみつく。
「しつこいです、しつこいです、しつこいですゥ! 一体、私に、私にどうしろって言うんですかァァァ!?」
「頼む、本当に頼む、1枚だけ、1枚だけでいいから、俺の、俺の……」
喉とお腹に残った最後の空気を振り絞って、雲だらけの空に向かって大声で心からのセリフを吐き出した。
「俺の原稿を読んでくれエエエエエエエェェェ!!」