表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/44

プロローグ

「な、何でそんなもの見せるんですか? は、早くしまってください!」


 俺は、薄いピンクのスーツに身を包んだショートカットの清楚系OL風の女を路地の行き止まりに追い詰めたところで、その女から涙目で哀願されていた。


 俺の名は、杉田黒朗すぎたくろう、ショートカットの女は、女は……、苗字はまだ知らない、いや、聞いたこともあったかもしれんが地味過ぎて思い出せん、とにかく下の名前は奈子なこ、とか呼ばれている女だ。だが、名前などどうでもいい、俺の昂ぶり続けて絶頂に達しつつある情熱のやり場が問題なのだ。


「分かってるだろう? ちょっとだけ、先っぽのところちょっとだけでいいから」


 油ぎったキモオタとしての誇りにかけて、だらだらと額から汗を垂れ流しながら、こういう場面でのテンプレの台詞を口にして奈子に迫る。この偶然の機会を逃したら、俺は身も心もまた路頭に迷うじゃないか。そうなったら、お前、責任取ってくれんのか!?


「もう、そのお話はお断りしたじゃないですか。しかも、こんなところで突然……」


 奈子は強引に迫る俺の手を払いのけ、頑なに俺の心からの申し出を断り続けている。


「ふ、ふざけんな! 俺、俺、俺の心からのっ……!」


「いや、嫌ですう、そんな強引に迫られたってどうしょうもありません!」


「本当に、本当に、さ、先、いや1枚、1枚だけ、1番上の1枚だけでいいからめくってくれよぉ」


「めくれませんよ、そんなのめくったら1枚だけじゃ済まないに決まってます! めくれるわけないでしょう!」


「じゃあ、せめてまとめて俺の気持ち、受け取ってくれ」


「何がせめてまとめてですか。そんなもの受け取れません。ちょっとは私の気持も考えて下さい!」


「いや、お前の気持ちなんてはっきり言ってどうでもいい。とにかく、とにかくこれが最後のお願いだから、頼む!」


「ぜ、ぜ、絶対だめですぅ! キモチ悪いです! それに、もう決めたんです。私、もう決めたんです、このままじゃ私、私、もう心に決めたべ、別の……」


「分かってる、分かってる、お前の気持ちが始めから俺にないことぐらい分かってる。でも、そんなことじゃないんだ、とにかく……」


 俺は強引に奈子の両手を掴んだ。これが最後のチャンスなんだ。


「助け、て。けいさ……」


 警察を呼ばれそうになった俺は、奈子の口を手で塞いだ。


『ガブッ』


「うお!?」


 指に噛みつかれて思わず手を話したすきに、奈子は、ハンドバッグを振り回して思いっきり俺の顔に叩きつけやがった。角の硬い所が鼻に直撃し、鼻血を吹きながら仰向けに倒れる俺。


「ご、ごめんなさい。でも、でも……」


 に、逃げる、奈子が逃げる!だめだだめだだめだだめだだめだ、これで終わりになんかできない!


 俺は、倒れている俺の横を走り抜けて行こうとする奈子のスーツの後ろを引っ張ってしがみつく。


「しつこいです、しつこいです、しつこいですゥ! 一体、私に、私にどうしろって言うんですかァァァ!?」


「頼む、本当に頼む、1枚だけ、1枚だけでいいから、俺の、俺の……」

 

 喉とお腹に残った最後の空気を振り絞って、雲だらけの空に向かって大声で心からのセリフを吐き出した。


「俺の原稿を読んでくれエエエエエエエェェェ!!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ