初めての内政
辛くもアギョンギバ軍に勝利したカニン選帝侯・イデアニスタン州連合軍であったが、再度の侵入を受けるのは時間の問題と考え、課題の解決を急ぐ。
「何をやるにもお金が要る。本質を見抜き、民を幸福にするのが君主の務めだ。」
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この作品はフィクションです。
また、自殺を推奨するものではありません。
15禁レベルの残酷、理不尽な描写が存在し、人により刺激が強いのでご注意ください。
本作品を読まれたことによる一切の損害を作者は負いません。
「殿下のお陰で助かりました。」
ハーンにそう言われ、私たちはイデアニスタン城に招かれた。
「今回の戦果は運が良過ぎたとしか言えない。」
私とイデアニスタン・ハーンとマーニの3人で、今後の防衛策について話し合う。
「ルートウィク様。ボクの軍は敗走したと思いましたか?」
マーニが私に尋ねる。
「そうだな。徐々に後退して誘引させるつもりだったからな。」
「実は偽の敗走だったんです。」
「そうなのか!?」
マーニが指揮していた中軍のイデアン軽歩兵の敗走は、どうやら偽の敗走だったらしい。
私の考えでは敵を向いたまま徐々に後退するつもりだったのだが、確かに、それでは敵が包囲を恐れて突出してはくれなかっただろう。
それに歩兵は前衛の兵が逃げないように後ろに熟練兵が控えていた。
「でも思ったほど上手く誘引出来ませんでした。なので殿下の部隊を苦戦させてしまったかもしれません。」
そもそも、私はここに来る前のこの世界の記憶がある。
大体、2、3日目くらいからだろうか。
自分自身で作った世界ということもあるし、時間という概念が一方向ではないのかもしれない。
本来は初陣なのだが、過去に戦った記憶があったりする。
「殿下。どうなさりましたか?」
私が関係のないことを考えていたからか、ハーンに訊かれてしまった。
「いや、すまない。しかしそなたの騎兵の働きは見事だった。」
「今回の戦いで、弓の射程距離に難があることが一層顕在化致しました。」
「それでも騎射に対抗するには騎射しかないのは間違いない。」
それにしても、もっと戦術について話し合っておくべきだった。
マーニの考えも読めていなかった。
ズンモリフムス騎兵は騎射が出来ないとして、イデアニスタン州軍は遊撃手としてでも得意戦術である騎射をさせるべきだったかもしれない。
「正直、私は戦が上手いとは言えない。今回の戦いも運が良かったのだ。」
そう、死んでここに来る前の話なのだが、設定上、私が選帝侯を名乗ったばかりの頃、「ウサギニンゲンの戦い」というものがあった。先ほど述べた理由で私の脳にはこの世界で私が過去に体験したとされる記憶が後付けされている。
ウサギニンゲンとはカニン大公国の首都で、地名だ。
当時アギョンギバと妖精系の傭兵に分割統治されていたカニン大公国。
カニン族の聖地として奪還するとの名分で大規模な軍隊を動かしたことがあった。
メルヘン理想主義君主国連邦(メ連)の北西部に「ローゼンガルテン」という都市がある。
今でもメ連加盟国内でカニン大公国と友好的な領邦の一つ、ローゼンガルテン王国の首都だ。
カニン大公国はメ連の最東端にある。距離的にはとても離れているが、かつてローゼンガルテンを1万2千のカニン兵を率いて出発。
各地のカニン族と合流し、カニン兵の数は蛮族(アギョンギバと妖精系傭兵)との戦闘地までには6万に膨れ上がっていた。
それに加えて他民族の傭兵を買っていたので、兵力総数は30万。
対してカニン大公国を守備していた軍は数万。
それでどうなったかというと、会戦と城攻め合わせてカニン族は6千を除いて戦死。
傭兵は一部の戦死者の10倍を超える脱走兵が現れ、ウサギニンゲンに入城した傭兵は僅か3千だった。
つまり私は決して将軍として優秀ではないということだ。
私は今後自ら軍隊を率いることは控えようと思った。
「しばらくは良いかもしれんが、イデアニスタン州はメ連の中で最東端に位置し、敵国と国境を接している。一番の脅威はアギョンギバだ。騎兵の侵入を困難にするため国境に壁を作ろう。」
「殿下、ありがとうございます。」
「加えて、ゲボイルン族の軍師とイデアン人の職人を派遣する。弓矢や馬具の性能も上げねばなるまい。」
「ははっ。」
ゲボイルン族は以前述べた通り、メ連全域の原住民族の末裔だ。
少数民族なので徴兵は免除されているが、志願して士官になる者がいる。
彼らは純粋な戦闘力がそれ程高くない為、長い歴史の中で頭を使って勝つ為の兵法や策が発達してきた。
イデアン人は、カニン大公国内ではカニン族、ズンモリフムス族に次ぐ人口3位の民族だが、メ連全域では多数派民族だ。理想主義的であるが故に、飛躍的な発明をしたり、優秀な職人が多い。
私はイデアニスタンからウサギニンゲンに帰ると、金融財政宮中伯に、財源を捻出するよう命じた。
「殿下。我が国の財政状況にはそれ程の余裕はございません。」
「しかし、宮中伯。イデアニスタンを奪われると容易に敵はウサギニンゲンへ攻めて来られるのだぞ。」
カニン大公国内にはそれぞれの分野に「宮中伯」がいる。
例えば、「外務宮中伯」「法務宮中伯」と言ったものから「ニンジン、キャベツ並びに干し草等カニン食糧価格安定宮中伯」といった何か長い名前のものもある。
リヒャルトは「総理宮中伯」と呼ばれるものだ。
「しかし・・・そうだ。殿下の天下への権益を使い、メ連の直轄領から原資を引っ張って来るのは如何でしょう?」
「ふむ・・・。」
要するに地方のお金では無理だから中央から持ってこいという事だ。
しかしそれには問題があった。
「原則、メ連は一つの皇太子を戴いているものの、中央と加盟する領邦。また領邦同士では同じ国のような干渉はしないこととなっている。カニン選帝侯である私は連邦全体の大臣・丞相ということにはなっているが、それをせずにいるから、この巨大な連邦国家を治めることが出来ている訳だ。」
「確かに、そうですなぁ・・。一応・・一つ、方法がない訳ではありません。」
「ん?なんだ?申してみよ。」
「ズバリ、増税です。」
金融財政宮中伯が言うには、壁を作る金がないなら税金を上げる。とのことだった。
ここカニン大公国では金融財政宮中伯は税金と中央銀行との両方に権力を持つ。
「そんなことをしたら民が苦しむな・・。しかし壁を作らないのも危険だ。」
「ふぅむ。」
一瞬躊躇ったように見えたが、宮中伯は何かを言いかけた。
「実は・・・」
「なんだ。申してみよ。」
「もう一つ手が御座います。領民からの借金です。」
「借金か。返せるのか?」
「返す期日が来たらまた借金をしてそれで返すんです。」
カニン大公国は領民から多くの借金をしている。
それでも破産せずに済んでいるのは借金で借金を返すことを繰り返しているからだ。
これはその金額が増えることを意味する。
・・・どこかの国も同じことをしてるよーな。
死ぬ前の記憶が段々薄れて来たから思い出せないけど。
「利息の支払いも増えるし、いつまで続けられるか分からないのでは。」
「最近景気も良くないですから、カニン銀行に命じて利息を下げましょう。」
「今いくつだ?」
「近頃深刻なデフレが進行しておりまして・・・ゼロ金利です。」
「どう下げるのだ!」
まさかカニン大公国の政策金利がゼロだとは知らなかった。
もう少しこう、世界観も中世か近世っぽいのにゼロ金利になるほどの生産力があるのだろうか・・・。
「殿下。ゼロの下はその・・・マイナス」
「止めろ!嫌な予感しかしない。」
私は必死に考えた。
考えて、考えて、考え抜いた。その間約4秒。
「金利をマイナスにしてはいけない。代わりにカニン銀行に命じて市中から国債を買い集めるのだ。」
これはつまり、カニン大公国が領民にお金を借りている状態を、中央銀行からお金を借りている状態に変えることを意味する。
カニン銀行に利息を払っても、カニン銀行の儲けは大公国の方に帰って来る為、利払いの心配をしなくてよくなるのだ。
いくら利率が低くても、借りているお金が莫大過ぎるから意味があるだろう。
「更にカニン銀行はお金を作り出せる訳だ。わざわざ領民に借りなくともカニン銀行から直接借りれば良かろう。」
「殿下。そんなことをしたらいくらでも国がお金を使える状態になってしまいます。お金の価値がなくなって、ハイパーインフレになってしまいますぞ!」
ハイパーインフレというのは、一言で言うなら物価がめちゃ高くなることを言う。
「今のカニン大公国のインフレ率はいくらだ?」
「-0.2%でございます。」
「金融財政宮中伯。」
「はい。選帝侯殿下。」
「考えが飛躍し過ぎだ。今はインフレどころか真逆のデフレ状態ではないか。それが何故一気にハイパーインフレになるのだ。要するに物事は適度が大事だ。適度に行えば良いだけのことだ。」
「た・・確かに。」
「早速やってくれ。」
「しかし、憲法で禁止されているのです。いくら殿下でもそれを変えるのは難しいでしょう?」
「うーむ。」
せっかくの私の天才的な発想も実は使えなかった。ということのようだ。
しかし、しばらくして金融財政宮中伯はゆっくりと口を開く。
「ではこうしましょう。まず、領民から借金します。そして領民が国からお金を返して貰える権利をカニン銀行が買い取ります。こうすれば法に触れません。」
「なるほど。早速その案で実行してくれ。」
「ははっ。」
しばらくして、イデアニスタンの国境の壁建築が始まったという。