初陣
煉獄で君主としての徳を積むことになった私は、自領内に敵軍が侵入したと話を聞きつけ、援軍を差し向ける。
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この作品はフィクションです。
また、自殺を推奨するものではありません。
15禁レベルの残酷、理不尽な描写が存在し、人により刺激が強いのでご注意ください。
本作品を読まれたことによる一切の損害を作者は負いません。
「宮中伯。各地の情勢はどうだ。」
私は執務室に入りリヒャルト宮中伯を呼びつけた。
マーニには常に傍にいて貰うようにしている。
武装しているし、私の身辺警護がメインの仕事なのだが、何より一緒にいて貰えて安心する。
「ははっ。イデアニスタン州にアギョンギバ族の軍が侵入して来ております。現在はハーンが食い止めておりますが、援軍が欲しいとのことです。」
きっと読んで分かる内容ではないだろう。
順番に説明していく。
まずイデアニスタン州というのはカニン大公国の東部に位置する遊牧地帯で、州知事のことはハーンと呼ばれている。ハーンは軍の大将も兼ねている。
アギョンギバ族とは、イデアニスタン以東の私たちの支配の及んでいない地域の騎馬民族の事だ。
私はカニン騎兵1000、イデアン歩兵2000、ズンモリフムス騎兵1500を率いて援軍に向かうことにした。
そもそもカニン大公国は多民族国家だ。
カニン族、ズンモリフムス族、イデアン人、ゲボイルン族といる。
カニン族とはカニン大公国との国名通り、主要民族だ。しかし世界的に数が少なく、カニン大公国の人口の半数を少し超えるに留まる。
その誕生には闇の部分があり、一言でいうなら「うさぎと人間のハーフ民族」だ。
カニン族は全員うさぎの耳が生えている為、一目で分かる。私にも生えている。昨日寝る時に気づいた。
次に多いのがズンモリフムス族で、騎馬民族あるいは農牧民族だ。実はアギョンギバ族と祖先は一緒とされている。
次がイデアン人。イデアン人は農牧民族である。理想主義的な民族性が特徴だ。
最後に、カニン大公国を含むメルヘン理想主義君主国連邦、通称メ連の「原住民」であるゲボイルン族だ。
ゲボイルン族は農耕民族である。
ここで「メルヘン理想主義君主国連邦」通称「メ連」について説明しておこう。
言うならばEUや中国、アメリカ合衆国のようなものがメ連で、カニン大公国はドイツ、広東省、カリフォルニア州のような立ち位置だ。
分かりづらいがなんとなくイメージしてみて欲しい。
メ連は皇帝の国なのだが実際には皇帝がおらず、皇太子が事実上の皇帝である。
そして皇太子の補佐。つまり大臣はカニン大公国の選帝侯となっている。
つまり私は巨大連合国の大臣にして、その有力構成国の君主(選帝侯)ということになる。
元は私は皇太子のいとこで、大公と言って公爵の上、王の下の地位だったが、色々あって選帝侯に格上げされている。
この世界に他に選帝侯はおらず歴史的経緯から選帝侯は王よりも上とされている。
だから皇太子の次に力を持つことになる。
実際には皇太子さえも私には逆らえないのだけどね。
だがしかし、この権力を善く使うか悪く使うかが、君主としての徳なのだ。
イデアニスタンの国境付近に向かうと、天気が良く遊牧地帯は見晴らしもよく、稀に高所を見つけるとイデアニスタン州軍がアギョンギバ軍と交戦しているのが見えた。
まだ遠くからしか見えないが、数で劣る上に士気でも劣勢だ。
時々イデアニスタンのハーンから使者がやって来て、戦況を伝えてくれる。
騎兵が多くイデアン歩兵は軽装なので行軍は遅くはなかったが、加勢することが出来たのはその数日後だった。
イデアニスタン軍はかなり疲弊していた。
まず、イデアニスタン軍もアギョンギバ軍もどちらも騎馬からの射撃を中心とした一撃離脱型の戦い方をするのだが、馬の体力と射撃距離とでアギョンギバが勝っていたのだ。
同じ戦い方なら性能が劣る方が押される。
私はハーンと合流すると、一旦後方に撤退することを指示した。
その間に陣形を組み直す。
まず、中軍に2000のイデアン歩兵を配置し、盾を持たせた。
イデアン歩兵は最前列に若く体力があるが実践経験の少ない者。
中列に30代の体力も戦闘経験もある主力となる者。
最後列に熟練の、しかし体力のやや劣る兵を配置した。
これは前列の兵が脱走するのを防ぐ意味もあった。
指揮官はマーニだ。
次に、右翼に再編したイデアニスタン州軍とズンモリフムス騎兵の混成軍を配置した。
イデアニスタン騎兵とズンモリフムス騎兵には大きな違いがあった。
イデアニスタン騎兵が射撃と一撃離脱を中心とした戦い方をするのに対し、ズンモリフムス騎兵は得物を持ち突撃。その後白兵戦に持ち込む戦い方をする。
ここはイデアニスタン騎兵にも得物を持って貰った。
ズンモリフムス騎兵は槍を、イデアニスタン騎兵には湾刀を持たせた。
指揮官はイデアニスタン州のハーンだ。
そして左翼には精鋭のカニン騎兵を配置した。
カニン騎兵は私自ら指揮し、射撃と一撃離脱の戦い方をすることにした。
これはイデアニスタン騎兵の戦い方と同じであり(そもそもイデアニスタン騎兵を模倣したものなのだが)イデアニスタン騎兵と混成にすることも考えたが、イデアニスタン騎兵は大半がズンモリフムス族であり、カニン族は他民族とそりが合わないことが多く、こういった選択になってしまった。
さて、まずマーニ率いる中軍のイデアン軽歩兵が盾と槍を構えながら突撃する。
するとどうなるかというと、アギョンギバ軍は馬で駆け寄って来ては弓を射かけて来る。
そして盾で上手く防ぐならば騎馬の機動力で後方に下がり、振り向きざまにも矢を射かけて来るのだ。
そこでマーニはアギョンギバ軍が迫ってくると盾を構え後方に下がるように指示をした。
しかし・・・!
どうも失敗した。
中軍のイデアン軽歩兵はパニックを起こし敗走することになってしまったのだ。
マーニは歩兵の中で指揮官として馬に乗っていたので、そのまま後方まで逃げることになった。
それを見て慌てた左翼の私はカニン騎兵を率いて、斜め右前方のアギョンギバ軍に向かって騎射を仕掛けた。
向こうも撃ち返してくる。
射程距離で劣る為、私は後退を指示した。
後退の際には敵方と同じ「振り向きざまに撃つ」ことは忘れなかった。
そうこうしているうちに、アギョンギバ軍が中軍のイデアン軽歩兵を追撃する手は弱まったようだ。
マーニは歩兵の再編をしている。
「しかし劣勢だ」
馬の嘶き倒れていく声。
兵士たちの断末魔。
流れていく血の水。
カニン族は正直戦っても弱い。
それは民族誕生の歴史からして当たり前なのだが。
うさぎと人間のハーフであるカニン族は、普段は逃げることを最優先するが、逃げられないと判断すれば強く蹴り返す。
それが時代が下るにつれて弓での射撃になった。
何故か人間の血と反応して、戦うと決めれば勇敢という民族性も生まれた。
なので勝つならば圧勝か辛勝だが、負ける時は全滅しか有り得ない。
「カニン族の誇りを失うな!」
私は必至で兵たちを鼓舞した。
確実に押されながらも、兵たちは射撃と一撃離脱という戦術上の理由で後方に下がることはあっても、敗走はせず戦い続けた。
「私は、兵を見捨てて逃げるしかないのか・・。」
正直、ここで「死ぬ」とどうなるか良く分かっていない。
その時点までの行いで「天国か地獄か」判定がなされるのかもしれない。
私としても戦い抜いて殺されるのが唯一の道に思えた。
「まだ、内政とか、してなかったよな。演説とかしたかったな・・。」
今まで部下の兵に隠れて後方から指令を出していた私だが、陣頭を切ることにした。
私は鐙に体重をかけ、なるべく高いところから矢を放った。
それを見たアギョンギバ軍の下士官が
「選帝侯だ!討ち取れ!」
と叫んだ。
私は後退しながら振り向きざまにまた、なるべく高いところから矢を放った。
しかししばらく後退し、再び敵方に向かおうとすると様子がおかしい。
敵が浮足立っている。
「転回!進め!容赦なく撃て!」
私も含めてカニン騎兵はひたすら弓を放った。
敵が敗走していく。
それを追ってまた矢をひたすら撃った。
しばらくして何故戦況が変わったか分かった。
右翼のイデアニスタン州軍・ズンモリフムス騎兵混成軍がアギョンギバ軍を挟撃し、敵軍が混乱していたのだ。
状況はこうだ。
まず敵はマーニ率いる歩兵を追撃して突出したところを、私のカニン騎兵が後退しながら攻め、更に選帝侯である私を狙って後方を顧みず深追いした為に右翼側の騎兵が後方と側面に回り込み、接近に成功したものとみられる。
比較的小規模な数千単位の会戦であった為状況の変化が早かった。
卒業式の体育館に人が何人いるか想像して欲しい。それの何倍かと考えても、案外人は狭い範囲に収まることが分かるだろう。
右翼のイデアニスタン・ズンモリフムス騎兵はパニックを起こしたアギョンギバ軍をほぼ一方的に殺している。
中軍のイデアン歩兵も転回し、槍で突撃。
現在は半包囲である為、カニン騎兵を率いる私は会戦開始時から向かって左前方。
アギョンギバ軍の後方への回り込みを意識し、矢での射撃を加えながら徐々に包囲を狭めていった。
カニン騎兵が徒手戦闘術を編み出すまでそうだったので良く分かるが、混乱し機動力を失い弓矢と短剣しか持たない一撃離脱型の騎兵は、包囲されるとほぼ抵抗が出来ない。
「敵軍を完全包囲せよ!」
私は兵たちにそう指令を出すが、実際には1か所だけ逃げ道を開けておいた。
というのも僅かに逃げえる隙間がある方が、そこに殺到しようとする為包囲滅却はやりやすくなる。
一方、逃げることが完全に不可能となれば、死を覚悟した兵の決死の反撃に苦戦することになる。
私は一人一人狙いを定めて敵兵を殺していった。
始めは躊躇っていた兵たちも段々と恐怖感が消えたのか勢い付いてきた。
人型の的に矢を放つよりも、生きた人間に矢を放つ方が命中率が下がる。
逃げ惑えない捕虜を木に縛り付けて撃たせたことがある。間違いなかった。
だから私自ら率先して敵を確実に「殺していく」そうすることで配下の兵たちの矢の命中率も上がっていく。
そもそも私はこの『煉獄』での行いで天国か地獄へ行くかを決められることになっている。
ならば殺生は避けるべきだろうか?
それでも私が一兵も残さず殺戮していくのには訳がある。
実際には逃げ落ちる兵もいるが、敗走兵は本国に戻ると再び戦力になってしまう。
また、自領内の村を襲い、畑を略奪していくかもしれない。
遊牧地帯の場合は領民の家畜が襲われることが多い。
敵兵1人殺すことにより、守るべき領民の命を1人以上守れる計算ならば、敵兵を殺すことに躊躇はない。
というかしてはいけない。
それが君主の務めだ。
私ははっきりそう言い切れるからだ。
すっかり静かになった頃、辺りは積み上げられた馬や兵の死体と血の川で埋め尽くされていた。