(1-04)お昼ごはん
◇お昼ごはん
営業の泡吹さんが、入室して来て、犬槇さんと会話している。こちらに、二人が寄って来た。
「食事の準備が出来たようです。ちょうど良いタイミングですので食事にしましょう」
「はい、判りました」
真弓の方へ向かって声を掛ける。
「真弓ちゃん! お昼だからご飯食べよう」
「うん」
泡吹さんの案内で犬槇さん、桜さんと一緒に、なんか凄い綺麗な応接室に案内された。
「私、第一応接初めて入ったわ。凄い贅沢な作りね」
「俺も二回目だけどな。泡吹良くやったな」
「当然の事ですよ、まあちょっと説得は時間掛かりましたが、どうせ使用頻度少ないんですから此処は」
なんか、凄い部屋らしい。VIP待遇ってやつかな。食事は、お弁当だったけど、器からして高そう。なんと凄い分厚い肉が入ってる。こんな肉なんて滅多に食べれない! 他にも網目模様のメロンも。Sキューブ動かすだけでこんな事してくれるTD社って凄い親切だ。
ワクワクして、桜さんがお茶を入れてくれるのを待っていた。真弓にはちょっと多いかな。お肉が余るなら是非頂きたい。
「ちょっと役得ですかね。こんな食事摂れるなんて。初めて食べますよこのお弁当は」
五人で食事を取りながら、泡吹さんも満足気にしている。
「気にする事無い、十分な功績に見合ってるさ。まあこれからも大変だろうがな」
「さっきの部屋、凄く広くて良いですね。全部の競技が出来そうです」
僕の方からエクササイズルームの事を聞いてみた。
「うちのSキューブの試験でも良く使うけど他の部署でも使うのよね。鉄砲の玩具とか、ドローンとかラジコンもね。仕事だか趣味だか判らない所も有るんだけどね。それに休日は予約が必要だけどテニスも出来るわよ」
「そうなんですか、良い会社なんですねTD社って」
「ところで樹くん、午前中の進捗はどうかな?」
僕の進み具合でデモが出来るか心配なんだろう泡吹さんが、僕に訪ねて来た。
「もう一つ修正すれば、挿入歌のデモ演技は問題無いでしょう。午後はエンディングデモを途中迄作成したのを実演しますよ。皆さんに意見も聞きたいので宜しくお願いします」
「樹くん、エンディングも、そこまで出来てるのか?」
「ええ、昨日軽く作っておきました」
「本当に、凄いわね。あなた達は」
「真弓ちゃんは、どう?」
「私も、ダンスはもう大丈夫かな、今日はビデオ借りれたから、ビデオ見ながらチューニングすれば良くなるよ。来週はここでしなくても良いね」
「そっか、それは良かった」
「泡吹、お前も午後はきっちり見ておけよ、営業がこれを見ていないのは打ち合わせの席でも意見が合わなくなって不味いからな」
「はい、大丈夫です。それで、犬槇さんの意見は?」
「圧倒されたな、凄いとしか言いようが無い。昨日も桜くん達に言ったが、樹くんはウィザード級を超えて既にデーモン級だ」
「犬槇さん、デーモン級って聞いたこと無いんですが、何ですか?」
何それ? 悪魔クラスってどんなの? 聞いた事無いよ僕は。
「神と人間の中間の領域に居るっていう意味と、文字通り、魔術師の上位の悪魔って事だ。悪魔召喚して悪魔を使役する魔術師もいるが、悪魔の方が上位者だな、きちんとした対価を約束しなければ契約出来ないしな。そう言う意味でもデーモンって樹くんに合ってると思うな。それに開発者名とかの事もあるしね。本名でも良いけど今はクリエイターネーム使った方が良いと思うんだ。それで〝悪魔の樹〟ってどうかなってね、英語でデーモン・ツリー。今度のTD社の大会の新製品発表会のデモで制御ソフト開発者をデーモン・ツリーにしたいんだけど、どうだろうか?」
「樹くん、格好いいね、悪魔だよ悪魔」
真弓には悪魔が格好良いのか? まあ良いか。断って変な名前になるよりも、デーモン級ってのも何か響きが良いしね。
「判りました。それでお願いします。TD社向けのヘッダには、Daemon Treeに修正しておきます」
「大会とかも〝悪魔の樹〟で登録した方が良いと思うわ。まあ判る人にはバレちゃうけどね」
「今後はそうしておきます」
「ところで樹くん、ウチのSキューブ〝花梨〟は、どんな感じだか感想を教えて貰えたら今後の開発にも役立つんだが……」
「そうですね、一般的な意見ですが……まあ僕も一般的だとは思ってるんですが、表面上のスペックは劣ってますね。ですが僕は今の新製品〝花梨〟のスペックで満足してますよ。以前持ってたCC社のよりも格段にスペックは上ですから、これ以上は無くても良いかなと思っていますよ。ホントのホントの本音を言うとSキューブは、人間以上のパワーとか必要無いと思っています。単純にSキューブは大体人間の五分の二位の大きさですから、普通に制御して五〇メートル走で一七、八秒位で走れれば良いかなと思います。僕が三年前に出した記録は、人間で言ったら火事場の馬鹿力ですね、あの時は僕も何も考えずに意識もせずに、全部最適化しちゃいましたからSキューブの潜在能力全部出した感じですが」
「やっぱり、そうだったのね」
「判りましたか?」
「ええ、映像観て驚いたわ、それ以外にあり得ないって事まではね、どうすれば出来るかは判らないけど」
「今年の大会も、僕的には全部出しきったんですよ。衣装がヘビーだったんです」
「やっぱりな、桜くんと観て俺もそう判断したよ、これが6年前のCC社のあの製品の限界だってね」
「今のTD社の新製品は、人間を若干超えていますね。毎年性能アップするCC社は何処を目指しているのか判りませんが、お店で見ると大会優勝モデルとか書いて宣伝してるんですよね。まあユーザーもそう言うモデルを購入したがりますから間違っていないと思いますがね」
やっぱりスペックだけでなく優勝モデルってのは宣伝効果が大きいと思うからショップもメーカーもパッケージに記載したいんだろうな。
「そうなんだよね、事実だから反論出来ないんだけど、ショップでも肩身せまいんですよね、TD社もこう言うモデル作って持ってくれば売り場広げられるのにって」
泡吹さんが会話に参加してきた。
「耳に痛い話だな……それは申し訳ないと思っている」
「TD社は使ってみて感じたんですが。開発環境が、なんか増設の繰り返しって感じでなんか使い難いです。今は時間優先なので、開発はCC社で作成してコンバート掛けてるんですよ、その方が僕は早いんで。この辺がなんとかなれば、購入ユーザーも離れにくくなると思いますよ」
「はぁ、判ってるわ。努力して改善していくわ」
「期待してます」
食事をしながら会話していたが、横の真弓が箸を置いて、僕の方にお弁当をずらしてきた。
「真弓ちゃん、もう良いの?」
「うん、お腹いっぱい。樹くんはい。あーん」
ちょっと恥ずかしいけど何時ものことなので。口を開けて食べる。なんと真弓はあの物凄く美味しい肉を残していた。想定外だけど非常に嬉しい。
「真弓ちゃん、彼氏がいて良いわね。凄い優良物件よ、将来安泰間違いなし逃すと大変なんだから……」
「えへへ……樹くん。頭も良いんすよ」
「良いわね、その年齢でリア充って」
桜さん何か過去に有ったんですか? 詳しく聞くのは危険だよね。真弓の残りを食べさせて貰い、食べ終わって暫くしたら、真弓がうつらうつらして来て僕により掛かってきた。
「すいません、少し休ませて貰っていいですか? 僕も少し眠くなって来ました」
「ええ構わないわ、後で起こしにくるから。何時位が良い?」
今の時間を確認して、一時間休ませて貰うことにした。
「一三時半位でお願い出来ますか?」
「ええ、判ったわ。そこのソファー使うと良いわよ。二人共行きましょうか」
三人が出て行ったので、ソファーで眠らせてもらう事にした。お休みなさい。
樹達が熟睡している間、犬槇達は、開発部署に戻って、緊急全体ミーティングを始めた。
「緊急で集まって貰ったのは、まあ判って貰ってると思うが、うちのSキューブ新製品発表会の動態展示用のデモプログラムを開発してくれている樹くんの事だ。Sキューブ開発部全員に午前中の演技を観て貰って理解したと思う。樹くんの開発能力は圧倒的だ。今日のデモプログラムは、三日で作り上げている。それも初めて使うSキューブ用をだ。開発手法は、少しイリーガルな所があるがな……」
周りを見て、内容が理解出来ている確認して間を空けてから。
「幸いというか、諦めと言うか、第二Q残り二ヶ月を切った所だが、既にSキューブ関係部署は、グッズ、メーカーオプション販売含め赤字確実だ。新製品出荷前の買い控えもあるしな。どうせ赤字なんだから徹底的に腹を括った。まあ部長の腹は未だ決まって無いだろうがな。未だ使ってない予算を必要最小限にして、樹くんの作ったソフトを買い取る。必要な物は全てだ。足りない金額は上に交渉する。その代わり第三、四Qは、期待できる。本部長を先に説得して落とす。桜ちゃん、本部長の予定を確認してエクササイズルームに連れて来てくれ」
「承知しました」
「来月は、樹くんも学校が始まるから、今日見て判るもの全て買い取るつもりで見学しておくように。ウチからユーザーに提供するのは、有償にするかどうかは検討するがな。午後はビデオを何台も用意して多方面から見ておくようにな、ちゃんと社内撮影許可を忘れるな。以上だ」
午後になって、桜さんに起こして貰い、再び、エクササイズルームで作業を始める。花梨の方は、既にインストールが終わっているが、胡桃の方は、まだこれから。その前に、暫定で入れていたボイスデータを変更しないといけない。
午前中に貰った胡桃のボイスデータに変更して、インストールした。こちらも、音声認識は入れて有るので準備が出来たことを伝える為、犬槇さんに声を掛ける。
「準備出来たので、エンディングの暫定ですけど僕が考えた事を実演します」
「宜しくお願いする」
コントローラを起動して、二体を枠線の内側に歩かせて配置する。PCから、エンディングテーマのカラオケを流し始める。
離れていた2体がゆっくりと歩きながらお互いに近づいて行き、距離が狭まった所で正面に向いてお辞儀をする。ちょうどそのタイミングでイントロが終わって歌を唄い始める。歌いながらアイドルユニットのように踊って、歌い終わって最後にまたお辞儀する。
また、拍手が起こった。
「凄いな、これ昨日作ったのか?」
「ええ、この位なら既にデータ沢山ありますから、新規は譜面を入れて歌う所くらいですから大した事ないですよ」
「それでも、破綻なく結合するのも大変だろうに…」
「まあ、慣れですかね。それに未だ完成では無いですしね。それより相談なんですが」
「なんだ?」
「歌聞こえますかね? 流石に声量ないんで、マイクで音声拾わないといけないと思うんですが……この位の広さならまあ良いんですが、会場広いでしょ?」
「そうだな、マイクを周辺に配置しても周りの音も拾っちまうか……プレゼン用マイクで衣装にピン留めだと踊ってるからちゃんと拾えないしな…」
「Sキューブが持てるマイクが有れば良いんですが…」
「プレゼンマイクで、形はちょっと違うけど、持てそうなのが有ります、総務から借りてきます」
木蔦さんが教えてくれた。そんなの有るんだ。だったら行けるかも。持ってくる間にマイクが有った場合のバージョンを、インストールし始めておく。
木蔦さんが、戻って来て、これどうでしょうと言って渡してくれた。受信装置とスピーカーも一緒に台車で運んで来た。
「なんとか持てそうですね。形状はまあ我慢しますか」
花梨と胡桃に持たせて、再度、配置して、カラオケを流し歌わせる。今度は、マイクを持たせたバージョンの振りつけ。殆ど変更は無いが、出だしが異なる。
花梨と胡桃が最初に近付いて来るのは同じ、歌い出しで、お互いのマイクを相手に向けて出だしを歌い始める。身長が同じなので特に位置合わせは難しく無い。後はマイクを持って歌っているので若干踊りが変わっているが殆ど変更ない。最後は、「有難うございました」と挨拶して終了。
今回も、凄い拍手が起こった。二回目で少し異なっただけだったが、実際にマイクで声を拾っているからかな?
「どうでしょう、犬槇さん」
「マイクを持たせた方が断然に良いな。それにしても、普通に上手く唄ってるけど……」
「まあ未だマシンボイス感はかなり残ってますけど。標準機能でここまで歌えれば良いかなと思います。ビブラートとか強弱は今は出来ませんね、時間が足りません、後はこのSキューブ用に多少使いやすくしましたけど。一から作り始めたら間に合いませんからね」
「これで、二つ目のデモも完成か、凄いな本当に」
「いえ未だ、完成じゃ無いんですよね」
「これ以上何も足さなくても十分じゃないか? どんな演出を追加するんだ? まあ凄く驚くような事なんだろうな。まだ入っていないって事は」
「驚くかは不明ですが、自分的には、ちょっと悩んでいますね。最初にハイタッチさせたいんですよ。後、途中で手を繋いで、それだけ何ですけどね。身長が同じなんで意識しなくても良いと言えば良いんですけどね」
「それなら、樹くんなら直ぐ出来るんじゃないですか? 手をつなぐだけですよね、視覚認識も既に出来ているんだし……」
木蔦さんが、簡単に言って来た。
「木蔦、黙ってろ。この難しさが判ってねえ。条件を限定すれば出来ると思うが、樹くんは違うんだろ?」
「ええ。片方をスレーブにすれば悩まないんですけどね。サイズも同じなんで」
木蔦さんは判っていないようだ。
「えっと、どう言うこと何でしょうか?」
「レベル低いなお前、木蔦、握手するから手を出してみろ」
木蔦さんが犬槇さんに手を出して来た。合わせて犬槇さんも手を握らずに木蔦さんの手より低い位置に手を出した。
「木蔦、今お前の手と俺の手の位置がずれてるだろ、お前どうする?」
木蔦さんが、自分の手を下げてきた。
「こうしますよ。位置が合ってませんから」
「そうだな。じゃあ俺はどうすれば良いんだ?」
「止まっていてください」
「どうやって、判断するんだ? 自分が止まれば良いって。同じアルゴリズムだったら俺も高さを変えるぞ」
そうやって、木蔦さんより高い位置に手を上げた。
「えっと、振動しますね。じゃあ低い方を止めておくようにすれば良いじゃないですか?」
なるほど……それはそれで悪くないな……。
「大人と子供のケースを考慮しろ。大人が下げた位置がもう限界なのに、まだ高い場合はどうするんだ?」
「えっとダメですね」
「考え無しに簡単なんて言うんじゃねえ」
「樹くん、申し訳ありません」
「いや良いですよ。ちょっと実験に付き合って貰えますか?」
「ええ構わないですよ」
「じゃあ、犬槇さんと木蔦さん、普通に握手して貰えますか? あんまり意識しないでしてくれると嬉しいんですが」
犬槇さんと木蔦さんに握手して貰う。何度も繰り返して。
「じゃあ、今度はハイタッチお願いします」
背の高さが違うから、手を上げた位置が最初は異なってるが、ちゃんとハイタッチ出来ている。人間だから当たり前だ。何度かやって貰って。答えらしき物が見えて来た。
人間は握手するのに手をずっと見てる訳じゃないし厳密に位置を合わせている訳でも無い、手が触れれば良いんだ。それですーっと握手出来るんだ。よく観察すれば判る事なんだな。
最悪出来なければ、過去にもこの手の手法は有る筈だからネットで調べれて実現方法を調べて組み込めば良いんだけど、自分で悩んで答えを見つけたかっただけなんだよな。
「有難う御座います。参考になりました。なんとかなると思います」
木蔦さんが嬉しそうにした。
「本当ですか?」
「ええ、やっぱりちゃんと見ないと判らないもんですね。こういうのは」
「どうやって握手させるんですか?」
「木蔦、聞いて良い事と悪い事の判断も出来なくなったのか?」
ソフト開発の中身は秘匿されるべき情報だ。
「あっ申し訳ありません」
「良いですよ、まだ教えられませんが」
「期待して良いんですか」
犬槇さんが確認して来る。
「ええ、任せて下さい」
「このデモは一見大した事が無いように見えて物凄いデモだな。判る奴が見たら驚くぞ」
「これで、新製品の機能を使いきった事になると思います。宜しいですかね?」
「全然問題ありません、むしろ想像以上の物です」
「良かった。じゃあ、足首のチューニングを終わらせちゃいますね」
ブーツの温度変化による硬化の調整をSキューブに持たせる機能を作成追加し〝花梨〟と〝真凛〟に追加した。修正した後にもう一回実演して、問題無いことを確認し終わった。今日はこの位で良いだろう。未だ夕方になった位だけど家に帰るには丁度良い時間だ。
よろしくお願いします。