(1-03)なんか良い会社みたい
◇なんか良い会社みたい
翌日、三日連続で寝坊は恐怖の大王が降臨するので何とか目覚ましで起きた。それも何時もより三〇分早く。昨晩は早く寝るつもりだったのだか、調子に乗り過ぎてしまった。でもこれでビックリして貰えるはず。
一応両親には、TD社で遊んでくると言ってある。何時に帰って来れるか判らないけど、夜中になることは無いでしょう。ブラック企業基準法違反だったかな? 子供は夜一〇時には寝れるようにしないといけない。そんな感じ。大分睡眠欲が蓄積されてるな自分が勝手にやってるんだけど、ちゃんと夜一〇時前には寝ないとね。
TD社の、木蔦さん、泡吹さんが八時に迎えに来た。高そうな黒いタクシーで。今の時代は、VC社がほぼ独占に近いシェアで自動運転アンドロイドを作っている。迎えに来てくれたタクシーも、アンドロイドが運転していた。ただし、昼間の時間帯では、まだ人間の運転手のタクシーも結構な台数が走っている。とは言え、実際の運転は自動車に搭載された自動運転が大部分を代行している。まだ人の方が会話も出来るし、客にとっても未だ安心感が有るのかもしれない。深夜になると、アンドロイドの運転手に交代されるのが今の時代だ。
泡吹さんが一応親に挨拶しないといけないとかなんとかで。僕の家の後は真弓の家に向かって同じように挨拶してから出発。何時もは、もっと早い時間に両親は出勤するんだけど今日は僕のせいで、少し遅目の出勤です。ごめんなさい。
タクシーの中は、僕も真弓も爆睡でした。一時間半位かな? 個人所有のクルマが少なくなった今の時代でも、都心の朝は混雑してると後で聞いた。帰りは一時間かからないだろうって。朝は、僕達の最寄り駅まで電車で来て、そこからタクシーで来たんだって。往復のタクシー代は出してくれないって言ってた。まあそんなもんだよね会社は。
TD社の一階について、僕と真弓が駈け出した。
「樹くん凄ーい! おもちゃ一杯あるよ」
「うん。すっげー、これ山手線全部のミニチュアワンダーランドだ」
TD社の一階は、おもちゃの展示場だった。真弓は縫いぐるみの所へ、僕は電車の模型のカメラがリアルで撮っているモニタに釘付けだった。暫くすると、営業の泡吹さんがカードを持って来た。
「お楽しみ中だけどごめんね、これゲストカード、首からぶら下げておいてね。これないと入れないからね」
「あっすみません」
「余りにも凄かったんで」
「此処は平日は、開放しているから、遊びに来ると良いよ。まだ夏休みでしょ。あともう少しすると、オープン時間になって子供達が一杯くるから行こうか?」
「はい」
「真弓ちゃん行くよ」
「うん」
ちょっと名残惜しそうだけど、今日の目的を忘れてはいけない。
〝子供達に笑顔を届ける企業Toy Dreams〟
僕は、入り口に書いて有る文字を見た。凄く良いフレーズだよね。なんかとても良い会社な感じがする。こんな小学生の子供にも対応が凄く丁寧だし。
泡吹さんと木蔦さんに付いて、TD社の社内に入って行く。本来の社員の入り口は別にあるそうだ。敢えてここに連れてきたのは、ゲストカードを取りに行ってる間、少し待って貰うのに丁度良かったからみたい。大人の入り口に子供が居たら変に見えるからかも知れない。
僕達はTD社のエクササイズルームに案内された。凄く広い。部屋に入ると沢山の人たちが居てビックリした。奥に五メートル四方のSキューブ用の体操競技する場所が二面有るのが判った。あそこなら、僕と真弓両方が作業できるね。
「先にうちの社員に紹介しますので、付いて来てください」
なんか大人の人達が沢山並んでいてでちょっと怖い感じ。なんで整列してんだろ。学校の朝礼みたい。女性の社員さんは皆美人って感じミニスカートで良いよね。チラっと見えるともっと良いんだけど。
木蔦さんは、整列している所に行っちゃた。営業の泡吹さんが、僕達を皆さんの前へ連れて行って。
「えー、今日此処で我が社のSキューブの動作確認をする、杜樹くんと空木真弓ちゃんです。ちょっと挨拶してくれるかな?」
「はい。杜樹です。今日は場所を貸して下さって有難うございます」
「空木真弓です。私もよろしくお願いします」
大人の中から、二人が前に出て来た。
「こちらこそ、よろしく。此処のSキューブ開発纏めの犬槇です。ご協力感謝します」
「私は、犬槇の下でソフトウェア纏めをしている柊桜です。よろしくお願いします」
桜さん。眼鏡で美乳です。思わず胸に視線が言っちゃいます。お辞儀した時のブラウスから見える谷間が素敵に刺激的。二人から名刺を頂いた。
営業の泡吹さんが補足事項を押してくれた。
「今日は、一日此処を使用可能です、昼食の時間に成りましたら迎えにあがります。あそこの冷蔵庫の飲み物は、ご自由にお飲みください。では犬槇さんお任せして宜しいでしょうか?」
「おう、任せておけ。木蔦準備してたものを持って来い」
木蔦さんが、僕用に主人公の花梨の衣装を着たSキューブと同等の主人公の胡桃の衣装を着たSキューブ計二体。真弓用に花梨の衣装を着せたSキューブ真凛を持って来てくれた。
「二人とも、そこのデスクにPCセットして、作業して下さい。場所は観て判ると思います、どちらかを樹くんが使用して残りを真弓ちゃんが使用して下さい」
「選手出場予定の真弓ちゃんには、直接ソフト開発に関わる作業のサポートは付けられませんが樹くんには、フルサポートさせて頂きますので、何でも言ってください」
「はい、有難う御座います。早速作業開始します。暫くはインストール作業ですから後ほど動作させる時に声をかけます」
「あのっ、着替えたいんですけど、どこか着替えられる場所教えてください」
そうだよねSキューブと一緒に踊るんだもん着替えは必要だよね。
「あっ気が付かないでゴメンなさいね。こっちよ案内するわ」
桜さんが真弓を連れて行った。僕は、早速ノートPCセッティングし、Sキューブを無線接続して、インストールを始める。インストールしている間に必要な物を要求する。
「木蔦さん、胡桃のボイスデータを頂きたいんですか」
「はい判りました。直ぐに用意します」
「あと、胡桃の衣装データは有りますか? 無ければ作っちゃいますけど」
「確認します」
「木蔦その位覚えておけ。樹くん、申し訳ないけど、未だ胡桃の衣装データは作ってないんだ」
「判りました。そっちは、現状自分で作った花梨のデータを仮で使用します。元々衣装データでおかしくなる動きはさせませんから大丈夫です」
インストール中に真弓が着替えて戻って来た。花梨の衣装を来て凄く可愛い。大人達|(男女共)も見とれているようだ。真弓もノートPCを準備して、インストールを開始し始めた。僕の方は一〇分位でインストールが完了したのでSキューブを切り離し、デモを開始しようと思った。
「木蔦さん、音楽流すにはどうすれば良いですか?」
「PCと、この無線スピーカーをリンクさせて貰えますか?」
「判りました」
「真弓ちゃん、そっちの音と、僕のが被っちゃうと思うけど我慢してね」
「うん、大丈夫だよ」
さて、まずは驚かせようか。コントローラで花梨を起動させる。僕の脇に立っていた花梨がトコトコと歩いて行き、体操競技エリアの枠線の内側に入った所で停止し目を閉じる。脇で見ていた犬槇さんが驚いているのが判る。
PCから音楽を流し始めた。リンクしたスピーカーからアニメの挿入歌が流れ始める。花梨が目を開けその場で軽くジャンプして、最初はバレーダンスを始める。人間の体操では最初大技からスタートが多いと思うが、床の反発力を測定するのに着地位置に影響が出ないダンスから始めて対角線の端に移動する。
ここで大技、伸身二回。捻りは入れない。この方が綺麗なボディラインで回転してるのが判るから。着地。ん? 位置が悪いな足回りみたいだな。ここ寒いからブーツだろうな。たぶん硬いんだ。ブレイクコマンドを送って停止させる。
「花梨!」
「はい」
「戻って来い」
花梨が、僕の声に反応し返事をして僕のいるパソコンの所へ戻ってくる。
「樹くん、ちょっと良いか邪魔して悪いんだが……」
犬槇さんが申し訳なさそうな感じで声をかけて来た。
「はい良いですよ」
クルッと椅子を回して、犬槇さんの方を向く。大体想像出来るけどね。
「君は、今このSキューブに何をインストールしたんだ。いや判っているんだが。直接聞こう、視覚認識と音声認識、さらにボイス制御を新規で組み込んだのか?」
「はいそうですよ。OS標準だとネットを検索したり、少し変な会話は出来ますけど、一度起動させないといけないし、割り込むのが難しいので、並列動作する様にしたんですよ。せっかく機能が付いてるんだから使わないと勿体無いじゃないですか。この演技ではしゃべりませんが。決めのポーズでウィンクはしますよ。それに新製品のデモで新機能を見せるのは必要ですよね」
「その通りだが、今日は未だ水曜日だぞ」
「ええ水曜日ですね。日、月、火で組み込んだんです。自分的にかなり無茶した気もしますが、自分の意思でやってるし楽しいので気にしないでください」
さて、着地位置のずれは気温だろうな。ビニール素材のブーツが温度で硬さが変わるんだろう。家では暑い外だったし。犬槇さんに聞いてみるか。
「犬槇さん、Sキューブって温度センサ付いてるじゃないですか。それって何処の温度表示してくれるんですか?」
「それは、内部のハードウェアの温度表示だな。負荷が高い処理を実行すると温度が上がって行く、上がりすぎると自動で電源OFFになるようになってる」
「やっぱりそうですか。じゃあセンサは使えないか」
「何か問題か?」
「どうも、ブーツが外気温度で硬さが変わるんです。それで、着地位置がずれてるんですよ今は。外気温を表示してくれていればその温度でパラメータ化出来るんですけどね」
「そうか、そいつは難しいな、ブーツは衣装とセット販売する予定だし、いろんなSキューブで使われるからな。コスト優先だからビニール素材だし」
「そうなんですよね。まあSキューブ側でキャリブレーションしますよ」
「軽く言ってるが出来るのか?」
「ええ出来ます。でも真弓ちゃんのも修正がいるんで少し時間が掛かりますね。暫定でちょっと固定値にして、演技を全部流してみます。修正はそれから考えます」
「よろしく頼む」
一旦、PCにSキューブを接続し、足首の稼働範囲をチェックし、固定値を代入する変更を加える。
「もう一度、演技させます」
再度、花梨を元の位置に行かせ音楽を流す。今回はおかしい所が有ったとしても全部通しで演技させてみる。先ほどとは違って予定通りの位置に着地しそのまま流れるように踊り飛んで、最後の大技のあと、決めのポーズでウィンクで3秒程停止する。何も無ければ、その後人のいる方へ当日は四方に辞儀して元の開始位置に戻る予定。
今日はそのまま開始位置に戻る予定だったが、演技の後凄い拍手が起こった。こうなると音に反応して見学の人達がいる方向へ向かってお辞儀をして手を振るようにしておいた。
その動作でまた拍手が起こった。そのまま花梨は、開始位置に戻って来る。これでプログラムは終了だ。僕は花梨に声を掛けPCの所まで戻らせた。
「どうでしょう犬槇さん」
「凄いとしか言えないな、全ての機能を使ってくれて、文句の無い綺麗な演技。開発者全員の代表としてお礼を言わせてくれ、有難う」
「いえ、お役に立てたようで何よりです」
真弓の方を観てみると桜さんが側に付いていてくれている。他にも女性達が何人か。ビデオも用意して貰ったようで、録画したビデオを見ながらSキューブの調整をしているようだ。これだと結構、今日中に良いところまで進むんじゃないかな。真弓のダンスも、ブーツでも問題無いレベルになって来てるようで違和感ないしね。
「樹くん、さっきの花梨を呼んでいたのは、誰でも反応して出来るのか?」
さっきの僕がやった事が気になっているのか犬槇さんが聞いて来た。
「今はそうですね、誰でも反応しますよ。呼び方は『花梨か花梨ちゃん』て言えば『はい』って返事しますからその後で『こっちおいで』って言えば呼んだ人の所に行きます」
「試してもいいかな?」
「ええ構いませんよ」
花梨を起動状態にしておく。犬槇さんが僕の所から離れて行き女性社員が集まっている所へ行った。
「花梨ちゃん!」
花梨が声がした方へ向き
「はい」
「こっちおいで」
言った犬槇さんの所へトコトコ歩いて言った。犬槇さんの前でお辞儀をしてニコっとしてるはず。
「ウォーすげー。声で寄ってきた」
女性社員も「なに、うちの製品すごい可愛い」代わる代わる、声を掛けて呼んでいた。
うん。なんとなくこうなるのは判ってましたよ。TD社のSキューブは、開発者が入れ込んだスペックからして、こう言うのが好きそうな人材が集まっていると思ってました。勿論、僕もね。
中には、動作について考えてる人達も居た。
「どうやって制御してるんだ? だって可怪しいだろ、声かけたら振り向くんだぞ……」
「そう言えば……音で方向を認識してるのか?」
「マジか……でもそれしか無いだろうな……左右の音量差か?」
横や後ろから声を掛けて振り向く花梨を見て考えてる。流石は技術者達だ。直ぐに何をやってるのか判って来るよね。
よろしくお願いします。