(0-03)幼少期
◇幼少期
杜樹は、父、杜伊吹。母、杜譲葉のもと、西暦二三四五年五月五日に生まれた。横浜市中区黄金町に住んでいる。
共働きの家庭で有ったが、慢性的な就職難のこの時代では比較的恵まれた環境で育った。幼少期の小学校に進学する一ヶ月程前、早めの誕生日兼進学祝いのプレゼントとして、人工筋肉を使った小型のアンドロイドを買って貰った。
この小型アンドロイドは、最初に発売したCyan Computer社が命名しSmall Size Synthetic Human(小型人工(合成)人間)と言った。省略記載する時はS3H(S―Cube H)、呼び方はSキューブと呼ばれている。
このSキューブは、どちらかと言えば、中、高校生以上向けの製品として社会で稼働しているアンドロイドベースにスケールダウン化して発売されたが、漸く実用レベルになった人工筋肉を搭載し、メカニカルなアンドロイドよりも軽くて壊れ難いのが特徴である。
制御ソフトの開発ツールが充実して来た事によって、小学生でも簡単に制御ソフトを作成する事が出来る様になって来た。
また、Sキューブの制御プログラムの競技大会も充実して来たことでSキューブの市場は拡大傾向になり売れるようになって来ていた。
当初は一社(Cyan Computer社)だけが販売していた製品も、他三メーカー(Vehicle Control社、Precision Optics社、Toy Dreams社)の自動車、医療機器、玩具開発メーカーが参入した事によって価格も下がり子供に買い与える事も可能な値段になって来た。
当時行われていた、Sキューブ競技大会は後述である。
●五〇メートル走:タイム競技
●ダンス:人間と一緒に踊って、踊りの完成度を競う採点競技。女の子に人気の競技。エントリー、ミドル、エキスパート(主に年齢による身体能力でクラス分けされている、小学生がエキスパート部門にエントリしても構わない)
●体操競技(床運動):人間の体操床競技に近い。音楽有り無しは自由。採点競技。アンドロイドなので男女差は無い
●バトル:武器は有っても可。ただし武器はSキューブを破壊しない程度の物(ほぼ格好付け用のアイテム)ルールは、レスリングの様に倒してフォールまたは関節技や寝技による五秒間の押さえ込み。それと相手を場外に出すこと。ただしフォール勝ちは滅多に起こらない。
大手メーカー主催の4大大会と言われてるのは、学生の参加者が多いことから、夏休みの土曜日、日曜日に行われている。ローカルな大会は随時行われており、4大大会の予選を兼用している大会もある。大会は、他メーカーのSキューブが出場することに制限は特に問題無い。
Cyan Computer社:CC社
総合電機関連企業を母体とした会社でありSキューブを最初に発売したメーカー。性能を年々向上させており、トータルスペックは他社を圧倒する。開発ツールの使いやすさ等、業界一位である。若干他社を見下している感じがある。
Precision Optics社:PO社
医療光学機器企業を母体としたメーカー。大会には余り参加者が見られないメーカー。視覚センサーが非常に優秀である。光学ズームやオプション装着で顕微鏡、単独の望遠鏡にもなる。天体望遠鏡と組み合わせれば綺麗な星雲の写真撮影も容易に出来る。また手先が圧倒的に器用であり、他社が人工筋肉を使用しているのに対し、制御にステッピングモーターを併用している。その為Sキューブの手が小さい事もあり、かなり精密な手作業が出来る。大学生が実験のヘルプに使い始めてからは、大学生に人気なメーカーである。大学生の考案により、モーター内蔵ローラーブレードが装着出来るようになってからは、ローラーブレードを使用したワンメイクの大会を開催している。
Vehicle Control社:VC社
自動車関連企業を母体としたメーカー。Sキューブでのワンメイク自動車レース大会が男性に人気が有る。業界二位。バトル部門ではヘッドマウントディスプレイ(HMD)の映像が、ロボット内のコックピットの映像の様に表示され、それが人気のある理由である。VC社のSキューブを使用して大会に出場する競技者は、HMDを装着して出場している。VC社同士のバトルでは、自身の操作するSキューブが戦闘不能ダメージを受けると、ギブアップ宣言するとういのが暗黙の了解になっている。バトルに於いては、競技人口の関係も有って最近はCC社よりも好成績を残している。
Toy Dreams社:TD社
子供用玩具メーカー。Sキューブを使用する年齢層が下がって来た時に、新規に参入して来たメーカーである。後発メーカーであり全くノウハウを持っていなかった為、シェアは最下位であり、大会でも使用している人は殆どいない。また上位入賞者も出たことが無いメーカーである。最近は大分マシになって来たとは言え未だまだ他三メーカーにはかなり劣っているのが実情である。ただ、他のメーカーに比べて若干安い値段で販売されている。中古では、ほぼ新製品にもかかわらず、かなり安くなっており、とりあえず欲しい人は中古市場で入手するようである。
Sキューブの制御の方法は、購入時点でインストール済のソフトによって出来るコントローラでの制御。オプションのヘッドマウントディスプレイを装着してSキューブ視点での臨場感ありの制御。(マニュアル制御手法)
関節をユーザが動かし、その動作を記憶させ、PC上の専用開発APIで組み合わせる事で動作させる手法。(最も簡単なオリジナル動作開発手法)
専用開発API上でエミュレートしているSキューブ(3D WireFlame表示)をマウス等で動かし動作を記憶させる手法。(最も開発者が多い手法)
専用開発API上級モードによる直接制御を記述して行く手法。(より上級者向け。GUIベースでの開発)
以上4種が提供されていた。
Sキューブは可動部が多数存在する為、画面上では縦方向に可動部、横方向に時間軸を記述して行くのが主流であり、その動作状況が、別ViewFinderで表示される構成となっている。
可動部はグルーピング化される部分もあり全ての可動部が表示される訳では無い。例えば背骨に相当するのがグルーピング化されている。
樹も買って貰った当初は、コントローラを手にマニュアル制御で動かして遊んでいた。その後に関節を動かして変な踊りをさせて遊んでいた。見た目は変なタコ踊りだが本人はいたって真面目に格好良い動作のつもりで自慢していた。
父、伊吹からSキューブの大会が有ることを教えてもらうと、それに出て見たいと思うようになって来て、より高度な上級モードの開発手法を小学2年に進級する頃には身につけていた。だが、樹はそれでは満足せず、よりシンプルな、動作をゆっくり動作させた時、早く動作させた時の、出力されたソースを解析して行き、上級モード以上の性能を出す制御ソフトを開発して行った。
樹は、小学二年生の夏休みに最大手CC社が主催する大会にエントリーした。買って貰ったSキューブがCC社製であった事も理由である。
エントリーしたのは、初心者向けの大会である。五〇メートル走とは言っても単純に走るだけでは無く、ゴールした後五メートル以内に安定して停止させなければいけない。ここでバランスを崩してネットにぶつかったり、転倒したりすると記録は無効となり失格となる。
小学二年生がエントリーする事は事例が無い訳ではないが、その年令では出来てエミュレートを使用した開発であり、低学年参加者の殆どが間接を動かす事でのプログラミングである。それでも、停止状態、加速、定速、減速を転倒させずに制御するのは結構な難易度があった。デフォルトでバランス機能がインストールされているが無理な急停止すれば転倒するのである。
大会に出た樹は、コントローラ入力のスタートタイミングが少し遅れたものの、ぶっちぎりのレコードで優勝した。ただし、エキスパート級の制御プログラム開発者が、この競技に参加している訳では無いので、実際のレコード記録かどうかは不明であるし、またそう言った人達を相手にした場合に優勝出来るかと言えば無理だろうと樹は認識していた。自分が出来る程度の事は、大人なら出来て当然であると思っていた。あくまでも初エントリーするレベルの開発者と比べて自分はまあ優秀だったのかな? と言った程度だと思っていた。
実際の樹のレベルは、大人を驚愕させる程で樹の認識を遥かに超えていた。主催者側は、かなり驚き、樹(伊吹に対し)今後、この部門にエントリーしないように言われた。伊吹の関与も疑われたが、樹がどうやって、開発したかを聞き、(プログラムの開発ノウハウを聞き出すのは、基本的にタブー視されている)実演させて見せると、驚愕以上にあっけに取られていた。(エキスパートでも出来ない手法だったし、小学二年生が、一六進表示を理解していた事に)主催メーカーのCC社も含め他三社のSキューブ製造メーカーに良い意味で名前を覚えられたが、此処に来ていたメーカー担当者内の話で有り、未だこれから成長して行く子供達も大勢いるので、超々ウルトラ青田買いに至る事は無かった。
CC社では自社開発社員の五〇メートル走の記録が、樹の記録に劣っているのに気付いたのは、週明けの事で改めて驚愕されたのは余談である。
この大会以降、樹が興味を持ったのは、同会場で行われていた、床運動の大会である。一言で言えば、格好良いであった。Sキューブのバク転や捻り技を見て〝すげー! 〟であった。
大会では、着地失敗、回転不足、着地後別方向へ進んだり等有ったが、それでも華麗に動作するSキューブを見て自分も制御ソフトを作って動作させて見たいと思っていった。また、ガキのくせして女性型Sキューブ(ビニールっぽい皮膚を装着)にカスタマイズされたレオタードを装着した姿に見とれてもいた。樹の持っているのは男性型の外装で有り、交換は可能だがお小遣いではちょっと買えない。
以降は、床運動の動作制御に力を入れていく様になった。樹が、紙一重に近い領域に足を踏み入れて行ったのがこの時期である。勿論バカの方である。
小学校三年生になると、二歳年下で良く樹の後を付いて回って一緒に遊んでいた幼なじみの、空木真弓も、Sキューブを買って貰っていた。どうも、真弓は樹が持ってるのを羨ましがって親に強請って買って貰ったらしい、それも古くて安くなっている樹と同じモデルの女性型。
真弓は、PC操作が未だ出来ないし、PC迄買って貰って居なかったので、制御ソフトは、樹の部屋で一緒に作成していた。真弓の両親も共働きであり、殆ど樹の部屋で一緒に過ごして両親の帰宅を待つようになっていた。たまに学校の友達と遊んだり、塾に行ったりしても帰ってくるのは樹の部屋であった。
真弓が買って貰ったSキューブは、女性形であり、着せ替え衣装も沢山買って貰っていて、樹は凄く羨ましかったが口には出せずにいた。真弓のSキューブを動かしてあげると、喜んでくれるのが嬉しかった。
二人で一緒にSキューブと合わせて踊ったりして、自分も楽しくなって来ていた。
真弓が一緒に踊っている時、Sキューブの衣装のスカートがフワッとしてチラっと見えるのが好きだった。一緒にハシャイでる真弓に対しては『真弓ちゃん、なんでスパッツ穿いてるんだろ。残念だなあ……』と思っていた。樹はかなり残念な方向に育って来ている。
樹が女性形の外装を買って貰ったのは、小学三年生のクリスマスである。買ってあげた譲葉は『この子、大丈夫かしら…変な方向に向かって育たないと良いんだけど…』と非常に微妙な様子であった。既に樹は修正不可能な方向に傾いているので、心配は全く無駄だった。
小学四年生になって始めて床体操競技にエントリーした。本来ならば地方大会の予選から出場しないといけないが、五十メートル走のレコード保持者であった事で、予選のワイルドカードを貰う事が出来た。
前日の予選でも着地失敗があったが、なんとか予選を突破し本戦出場枠の一六人に入れた。予選免除の一六人と合わせ三十二人で翌日に決勝戦を行うが、一日では着地失敗の原因解明と調整が間に合わず、回転不足、着地失敗による演技の流れの乱れ等あり、なんとか翌年のシード権(予選免除)は確保したが、ボロ負けで有った。
大会開催スポーンサーの四メーカーの技術者達は、(四メーカーは他社主催大会でも、スポンサー協力している)樹が見せた、他者よりもも多く回転する技を見て驚いていた。ただ、樹が見せた技でも、まだ本物の体操選手の技にSキューブが追いついていないのが現実であった。Sキューブの性能では無く制御ソフトとしてである。
演技終了後に、Vehicle Control社、Precision Optics社から挨拶された。
メーカーとしては優秀なプログラマーに自社製品を使って貰い、大会で優秀な成績を取って貰えば製品の宣伝にもなる為、樹にアプローチしたが、樹の方から詳しい話は断っていた。なんと言っても未だ小学四年生なので大人の言ってる事は良く判って居なかったし、知らない人に物を貰ってはいけないと思っていたからである。
競技後暫くしてから、競技での失敗の原因を調べた所、PCのエミュレータ内での動作と競技での差分が大きい事が判った。結局。回転不足、着地失敗の原因は、単に自宅と会場の床の反発力の差分を考慮していなかった事が理由である事が判った。翌年の小学五年生の時には、問題点をクリアにして、大会に挑んだ。
樹の無双が始まったのはこの頃である。
よろしくお願いします。