(0-01)もしかして浦島太郎?1
◇もしかして浦島太郎?1
西暦二三一二年四月八日(月)夜、横浜駅東口のビルの陰に急に二人が現れた。周りからは死角になっていた様で誰も二人が現れた瞬間を目撃しておらず、死角から出てきた二人の事を不審には思っていないようだった。
「若しかして戻ってきたのか?」
梛はボソッと呟いた。先ほど迄居た森の中から、急に景色が変わり見慣れたオブジェを見てそう感じた。
「あのオブジェは太郎さんの太陽だよな……」
「梛様? 此処は梛様が元々住んでいらした世界ですか?」
一緒に転移して来たデュゥー(デュゥートゥシィア)が梛に問いかける様に聞いて来た。
「ああ、そうなんだけどな……」
梛は、ふっと腕に着けている腕時計型のパーソナルデバイスを軽く見て確認した。
GPS受信してないな……夜なのに時間が午前表示になってる、GPSだけで無く街中の電波も受信してない……まさか転移で壊れたのか? っていうか俺どうやって戻って来たんだ?
「凄い所です! 建物が大きくて、夜なのにピカピカして、魔法は感じないのにどうやって光ってるんですか? 凄い!」
今の状況を疑問に思っている所で、デュゥーがはしゃいだ様に驚いた声を上げて来る。
デュゥーにとってこの世界の物全てが珍しいんだろう。そう思ってデュゥーを見るが、自分が知っている街並みが記憶と少し違う事に違和感を覚えていた。
ヤバイな……若しかして、浦島太郎になったのか? 今はいつの時代だ? まさか金まで無くなってるって事は無いよな……。
「デュゥー! 少し俺が憶えてる街並みと少し違うんで……確認の為少し歩いて見ようか、ここは人も多いし……デュゥーの姿はこっちの人には珍しいからさ。それに俺達の格好も少し浮いているしな」
今の二人は多少変な格好してるのは事実だが、もっと変な格好の奴も居ないことも無いし、デュゥーのエルフ耳もコスプレしてると思ってくれるだろう。
「はい、どちらへ?」
「向こうの方」
梛が指で指し示した港未来の方面へ二人は向かい始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一日程時間は遡る。前日の日曜日の深夜、都内の某所では男二人が話し込んでいた。
「明日は、お客さんが来ないと良いけどな」
「別段、日蝕が起こるからって転移の頻度は何時もと変わらないだろう。転移が有る時は有るし無い時は無い。一年で見たって何回も起きて無いんだからな」
「それはそうなんだがな日蝕の時の転移者はかなり力が有る能力者らしいからな、過去の統計でそう出ているらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ、だがまあお前の圧倒的な能力が有れば問題無いだろう。今迄失敗した事ないしな」
「まあな、明日の日蝕は早朝から起こるらしいな念の為早めに起きるか。入学式と重なる学校も結構有るだろうな……一日何も問題が起きないと良いがな」
「そうだな……特に俺達みたいに異世界から戻ってきたら、居場所が無くなってるのは辛いからな」
会話している男達二人は以前に一度異世界に行った過去を持っている。なんとか自力で戻って来たら異世界と時間の進み方が異なるのか戻って来た時には時間軸がずれていた。
一〇年程度であれば公共機関に行き保護される可能性も有ったのかもしれないが、お伽噺の浦島太郎の様に数十年の月日が経っていた。外見も異世界で過ごした数年分だけ成長した姿であり、記憶喪失と言う言い訳も出来ず既にこの世界には居場所が完全に無くなっていた。
幸いな事に既に存在していた異世界転移者の保護を行っている今の組織が、時空震を検出し接触して来て、自分達の置かれている状況を把握する事が出来、組織に保護される事となった。全く別々の世界に行っていた二人だが今はコンビを組んで組織の構成員として活動をしている。
本部に連れて行かれ、そこで会った組織のトップに戻って来た異世界転移者の処遇、顛末について説明された時、改めて自分が非常に不味い状況に置かれていた事を認識した。もし警察に相談していたらと思うと自身の身に危険が及んでいただろうと簡単に推測出来た。身元を調べられ異世界転移者と明らかになり手に入れた能力が判明した場合は、既に行方不明で死亡扱いなので、非合法の薬物投与による自供等、能力調査の為に、解剖や手足を切断(治癒魔法調査目的)されたりする事も起きえると思えた。
異世界渡りの能力者は今の世界に取って見れば、戦略級の兵器にもなりうる存在である。海の向こうには敵対する国家も存在するので、洗脳すれば食費程度の予算で運用確保出来る転移者は国家としても確保しておきたいと考えている筈である。
二人共、身柄を拘束されたとしても、逃げれないとは思わないが、人で有る以上食事と睡眠は必要だ。先立つ物が無ければ犯罪を犯して食料を確保する必要も出てくる。そうなれば、犯罪者を捕らえる為に人海戦術でも取られれば何れは国家機関に捕まる事になるだろう。
実際そのような状況に置かれてみないと判らないが、都市や研究機関を壊滅させる気で能力を開放すれば対応可能だとは思う。だからと言って無差別テロの様な事を実行する決断が下せるかも判らないし、洗脳確保されていると思われる能力者の防御力も判らないので本当に対応出来るのかと言えば疑問が残る。幸いだった事に時空震を感知する能力はかなり特殊な様で国家の研究機関でも未だ認識は出来いなかった為、異世界から戻って来た時に即時に研究機関に追われる事はなかった。
世間では異世界転移者の存在が未だに認知されていない為、組織としても存在を隠蔽する方向で動いている。保護されて落ち着いてから調べてみたら自分達は既に行方不明による死亡扱いになってる事が判った。
日蝕も終わり一日何も無く無事に過ぎたと安心して夕食を食べるつもりになっていた所に梛達が転移して来た時空震を感知し二人は緊急事態が発生したと認識し慌てていた。
「おい! 気付いたか?」
「ああ、時空震が有ったな、場所は横浜のようだな」
南西の方に顔を向け、遠くを見る様に言った。
「どっちに感じた、召喚と送還?」
「戻って来る方しか感じなかったな……」
「俺もだ。召喚は認識出来なかった! まさか浦島太郎か?」
「何年かに一回は浦島太郎も現れるんだが行ったきりな奴は此処数年は居なかった筈だが……もっと昔の転移なのかもな」
「そんなのはどうでも良い、行くぞ。どんな奴か判らんが、研究機関に捕まれば洗脳されるか解剖されて殺されるんだ」
「そうだな。場所は横浜だ……行くぞ!」
二人はかなり焦っていた。召喚のみで有れば、後から大変になるが観察対象(自分達と同じ浦島太郎になる可能性)として、何時戻ってきても良い様に近隣に自分達が転移可能な場所の確保を行うだけ。召喚と送還の時間差が殆ど無く両方行われていれば、本人に会って話しを聞き、基本的には記憶消去。もし外見が変わっているようなら当時の姿に戻す魔法を掛け記憶消去。異世界に行ってた事を忘れている場合は何もしない。記憶消去を行うのは無闇に異世界の存在を吹聴しない為と異世界転移で貰ったスキルや覚えた魔法を行使させないための措置で有る。
今回の様に召喚された記録が無い送還のみの場合は、間違いなく過去に召喚のみで行方不明になった後で戻って来た転移者で自分達と同じ存在であると。直ぐに本人に接触しなければ、異なる時代で魔法行使による犯罪事件(食料調達等)でも起こされると警察沙汰になり最悪国家研究機関に確保されてしまうと焦っていた。
男達二人が自分達を探している事など全く思っていない梛達二人は、港未来方向へ向かって歩いていた。梛の家は港未来の少し向こうの黄金町で歩いて行く事も不可能では無い距離である。
梛は街の景色を見て思っていた。
ダイヤモンド・タワーは変わってない様に見えるな……女王の広場、観覧車も変わってる様には見えないんだけど……やっぱり転移でパーソナルデバイスが壊れたのか? 数年程度ならGPSのフォーマットが変わる事は無いと思うんだけどな、最悪データだけ残ってれば良いけど……。
「梛様! あの天に届くような建物は何ですか? 若しかして皇帝陛下の居城とかなんですか。凄いです」
やっぱりそうなるんだな……まあこうなるのは想定してたけど……。
徐々に近付いてくる高層ビルを見てデュゥーが驚いている。少し微笑ましく思いながらも応えた。
「あれは、上の方はホテル……えっと宿だよ。下の方は色んな事務所が入ってる建物だね」
「宿! あんなに凄いのに宿なんですか? ビックリです……きっと王侯貴族が宿泊するんですね」
こんなに驚いてくれると、デュゥーをこの世界の観光に連れて行きたくなってくるな……だけど変装させないと駄目だよな。流石にハイエルフの耳はなんとかしないと……それに親父とお袋にデュゥーの事なんて説明すれば良いんだ? って言うかそもそも何時の時代だ? 最悪親父とお袋が居ないかもしれない事も考えておかないと不味そうだな……。
若干街並みが違って少し不安だったが、見えて来る景色から大きく違う訳では無く少し楽観して来た。時間軸のずれは異世界で過ごした時間程度だと思っていた。とは言え行方不明者が戻ったとなると色々と面倒な事になるだろうと言う認識も当然持っていた。
横浜駅から三〇分程歩いて喉が乾いて来ていた。自販機を見ると梛にとって懐かしい飲み物が並んでいるのが目についた。久しぶりに飲んでみたいと言う欲求が勝り思わず今の状況を忘れて手をかざしてしまった。この時代は既にキャッシュレスの時代であり、手に埋め込んで有るパーソナルIDチップによる決済しか支払い方法が無い。
「あれっ? 残高は足りてる筈だし……」
「梛様、どうかしたんですか?」
「いや……飲み物を買おうと思って……」
「飲み物って? 何処に有るんですか?」
「これっ」
デュゥーに自販機を指さして見せる。
「この光ってる綺麗な箱みたいなのが売ってくれるんですか? 凄いです! 私も買ってみたいです」
デュゥーは自販機に向かってペコリと頭を下げた。
「私も飲み物が欲しいので売って下さいお願いします」
自販機の存在を知らないとそうなるのか? 可愛いけど……思わず微笑んでしまう。
「あっでも、お金が……これでも良いですか?」
身に付けてる宝石を取り出して自販機に見せている。
おいっ! 価値が全然釣り合って無いよ! その宝石だと自販機の中身全部持って帰れるよ! それでもお釣りが出そうだけどな……。
「デュゥー、宝石じゃ買えないから俺が買うよ」
もう一度手を翳して見るが、自販機は何も反応しなかった。三回程繰り返すと突然、自販機からアラームが鳴り始めた。
「あっ、ヤバっ」
梛も自分が何をしたのか改めて認識した。梛は、お金だけは使えると思っていたが、どうも完全に異なる時代に戻って来たようで、IDが認識されなかった。
「おい、こっちだ、逃げるぞ」
梛が慌てて走って逃げようとしていた所で声を掛けられた。
「あんた達は?」
「良いから一緒に来い、このままだと警察に捕まるぞ!」
遠くから、サイレンとパトカーの赤色灯がこちらに向かって来るのが判った。梛は男達がどう言う存在か疑問には思ったが、逃げるのに手を貸してくれていると判断し言われた様にデュゥーの手を引いて男達の後を付いて走った。
「そこの公園の影に入るぞ、そこなら監視カメラの死角だ」
男達はかなり手慣れた感じである。監視カメラの死角まで判っているのは余程後ろめたい事を平気で行ってると思われた。身なりが可怪しい訳では無い。普通のサラリーマンの様にスーツを着ているが、黒い手袋を両手に着けていた。
梛達は、言われた様に男達と一緒に公園にの死角に隠れる様にした。
「この手袋を嵌めておけ、パーソナルIDを偽装出来るからな」
片方の男が黒い手袋を渡して来た。完全に犯罪者が持つ非合法のアイテムである。だが今は借りなければいけないと思い素直に装着した。IDを認識されると位置情報がバレて何処までも警察が追って来るからで有る。
「着けたか?」
「はい」
「では、跳ぶぞ! 俺の手を掴んでおけ」
跳ぶ? どう言う意味だ? 疑問を感じたが片手でデュゥーの手を握り、もう片方で男の腕を掴んだ。その直後少し浮遊した感じがしたが、一瞬で視界が変わり目の前は何処かの小さい会社の事務所の様な部屋だった。
転移魔法? そんなの存在したのか……だけど俺も異世界からどうやったか判らないが戻って来てるしな。多分この人達は俺と同じ転移者なんだろう……。
異世界に行ったとは言え、梛の能力は大した事が無い。少しの火魔法と水魔法が使えるだけで有る。一緒にいるデュゥーも梛に比べれば多少はマシとは言え、ラノベに出てくる様な大規模な魔法は使えない。戦闘力に関しては、多少は人並みよりも使えるとは思うが、鉄砲の弾丸を避ける様な能力は無い。
「ふぅ……ヤバかったな」
「お前! 警察に捕まると間違いなく、国家機関に連れて行かれるぞ、そうしたら人生終わりだ!」
「おい! そんな事より、そっちのお嬢さんって……」
「あぁ、若しかして本物か?」
梛が助けて貰ったお礼を言おうとした所で突然、時空震が発生し始めた。
「なんだ? また時空震だぞ! 何処だ?」
「目の前だ!」
「あっ! 梛様!」
「デュゥー!」
あっという間にデュゥー目の前から梛が消えた。梛が消えた直後デュゥーの頭の中に声が響いて来た。
『慌てるな! デュゥー!』
「あっ、なにっ何処っ?」
デュゥーは周りを見回すが声の主を見つける事が出来ないでいた。
『お主の頭に直接声を届けているんじゃ』
「えっ? ……では貴方は?」
『妾か……そなたの世界の神じゃな。普段はそなたの世界でも姿を見せた事は無いがな……』
「神様ですか……梛様は何処へ?」
『あ奴は、ちとペナルティーでな、元の世界に戻す事にした。あ奴が今のこの世界に居ると世界の分岐をせんといかん事になるからな、今なら未だ間に合う』
「世界の分岐ですか……それはどう言う意味なんでしょうか?」
『ああ、そうじゃの……過去改変と言えば判るか』
「過去改変?」
『判らぬなら後でそこの男共に聞けば判るじゃろう。それとこちらの言葉も理解出来るようにしておいてやろう。梛とやらが戻って迎えに来るまで、そうさのう……一〇〇〇年位見ておけ、お主ならその位待てるであろう。大丈夫じゃ、この世界でもお主が安心して暮らせる場所は有る。その男共に付いて行くと良いぞ。あ奴が迎えに来るまで、のんびりとこの世界の言葉を勉強して使いこなせ、それと歴史でも勉強して観光でもすると良い。ではな』
「あっ……神様待って……」
頭の中に響いていた声が無くなった。中空を焦点が合わない目で見て独り言を呟いていたデュゥーが男達を見た。
「あんた……理解出来なかったが何独り言、言ってるんだ……あぁこっちの言葉が理解出来ないか……」
デュゥーは先程迄、梛と男達の会話が、何を言っているのか判らなかったが、。神と名乗る声が頭に響き、今は理解出来る様になっていた。
「いえ、大丈夫です。判ります」
お互い、違った言語であったが、頭の中に意味の有る言葉として認識していた。
「こっちの言語が判るのか?」
「はい、今、丁度神様から言葉を理解して伝える能力を授かりました、少しならば梛様からも聞いていますが」
「じゃあ先ずはキミの名前を教えてくれるか? 俺達は俺が鎌柄でそっちが無憂だ」
「デュゥートゥシィアと言います。デュゥーと呼んでくださって構いません。宜しくお願いします」
「デュゥーさん、梛ってのはさっきの男だよな……それに神様って」
「先程、私の頭の中に念話でしょうか、話しかけて来ました」
「それで、その梛ってのは何処に行ったんだ?」
「神様は『世界を分岐させる訳にいかない』と言って梛様を私が居た世界に戻しました」
「世界分岐だと……」
「神様は『過去改変』ともおっしゃっていました」
「おいそれじゃあ……あいつは」
「ああそうだな、お前が思ってる事で正解だろうな。梛って男は未来からの転移者なんだろう……」
「そう言う事か……参ったな未来からの転移者なんて初めてだ。これは俺達の手に余る事態だな……至急本部に戻る必要が有るな、それにデュゥーさんをこのままにする訳には行かないだろう」
「ああ、そうだな。連れて行くのは簡単だから問題無い。デュゥーさん! 梛って男の姓……本名が判るなら教えてくれないか?」
「私の前では棣棠梛と名乗っていました」
「梛と言う男が、何時の時代から判りますか?」
「いえ……其処までは判りません」
「そうか、だが棣棠梛が何時生まれるのか判らんが、毎年戸籍をハッキングして監視していなければならないだろうな……何年先なのか」
よろしくお願いします。