第六話 見つかった我が城
第六話の主な登場人物
佐山 光一 地域対策安定、事務課長
日下部 奈々 地域対策安定課職員
日下部 護 アパート「日下部壮」オーナー(奈々の父)
日下部 節子 アパート「日下部壮」女将(奈々の母)
斎木 大志 居酒屋「金ガツオ」の大将
「次は終点、裏金穂、裏金穂でございます。御乗車ありがとうございました。」自動放送が流れた。市役所からバスで30分、外の景色に飽きてきたと思ったら、ちょうどいいタイミングで降りるバス停が近づいて来た。予想はしていたが、改めて見るとバスの本数が少ない。俺達が乗っている18時10分市役所前発のバスを逃すと次の裏金穂行きは21時30分の最終便だ。この市営バスは乗り遅れが命取りだ。
裏金穂のバス停に降り立つと正面に五階建てのアパートが見えた。入り口の横に「日下部壮」と表札が有ることからどうやらここが日下部さんの御実家らしい。俺達は玄関に入った。「お母さーんだっだ今ぁ~。」日下部さんは大きく声を出した。中から50代後半位の女性が出てきた。「あらあら、お帰りなさい、ってどうしたのこの男の人は!?」そりゃ驚きますよね、日下部さんのお母さん。
「お母さん、この人は佐山さんで職場の新しい上司。この人を内のアパートに入れてくれない?」日下部さんは俺の事を彼女のお母さんに言った。
「えー、それはちょっと急すぎない?アパートに新しい入居者一人受け入れるのに結構面倒な手続きがいるのあなたも知っているでしょ?しかもどうしてそんな急なの?」
そのあとも日下部さんは俺のことを説明した。アパート「金穂の家」のオーナーの保谷さんから入居を断られたこと、今日帰る場所がないこと・・・・。途中から家主でもある彼女のお父さんも話に参加してきた。なんだかすみません・・・。
そんなこんなで一時間が過ぎそうになったころ、日下部さんのお父さんでもあるアパート「日下部壮」の家主、護さんから「娘の職場の上司の方なら」ということで入居のお許しを頂いた。
早速、女将の節子さんに案内されて俺は初めて金穂での我が家に足を踏み入れた。
1LDKでキッチン、風呂、トイレ付と一人暮らし向けのマンションにしてはかなり豪華な設備である。しかも土壇場で入居させていただいたのにもかかわらず、家賃はたったの6万でいいという。なんと素晴らしいアパートなんだ、金穂市にきて一番感動したことかもしれない。俺はオーナーの護さんにマジで感謝した。
部屋が見つかり一安心しているとなんだ腹が減ってきた。一人暮らしもそこそこ長いので料理が出来無い訳ではないが、今日はなんだか疲れてしまったので料理する気が起きない。とりあえず俺は節子さんに近所に居酒屋がないか聞いてみた。すると近所に郷土料理や地魚がいただける飲み屋「金ガツオ」があると聞いたので行って見ることにした。「せっかくなので」と言うことで日下部さんも一緒に行くことになった。護さんと節子さんも誘ってみたが、アパートに入居している学生たちにご飯を出したりしなくてはと言うことで二人だけで行くことにした。どうやら「日下部壮」には色々な人が入居しているようだ。
「へい、いらっしゃい。」大将が俺達に笑顔で声を掛けてくれた。
「こんにちはー、大ちゃん」日下部さんが返した。「この人はここのオーナーさんの斎木大志さんです。私は小さい頃からよく父に連れられてここに来ているので、彼には親しくしてもらっています。」と日下部さんは俺に大将の事を紹介してくれた。
俺は「初めまして、今月から転勤してきた佐山光一と申します。」と取り敢えず挨拶した。昼の事が有ってか、俺は市民の皆さんに話し掛けることに少し抵抗がある。席につくと俺は日下部さんに小声で「あの人は日下部さんがが公務員であることを知ってるの?」と聞いた。すると「えぇ、でも昼間の保谷さんとは違い私たちの仕事に理解のある有り難い方です。私が金穂市役所に就職すると決まったときには父と同じように喜んで下さいました。後、私の事なのですがいちいち゛日下部さん゛と呼ばず、普通に゛日下部゛や゛奈々゛と呼んで下さい。佐山さんは私の上司なんですから。」と言った。どうやらこの人は市役所や俺達公務員の事を敵対視していないようだ。
「分かった。じゃあ゛日下部゛と呼ぶぞ。改めて宜しく、日下部」流石に彼氏ではないので「奈々」と呼ぶのには抵抗がある。
俺達は金穂市の郷土料理「金穂鍋」を注文した。この金穂鍋は金穂近海で獲れた魚介類を味噌鍋で煮たものだと言う。今度作り方を教えてもらいたい.
「日下部は社会人何年めだ?」
「県内の四年制大学を出てから就職したので二年目です。」
県内の四年生大学ということは一度島を出たのかな?この島には小中学校しかないし。
「どうだ?あそこでの仕事は。」
「毎日いろいろなことがあって楽しいですが・・・少し疲れます。」
その後も刺身や焼き魚を頂きながら俺は日下部さんと色々な話をした。金穂の伝統行事、地域対策安定課の皆さんのこと、方言の意味と3時間くらい話しただろうか、時刻は12時を回っていた。俺も日下部さんもかなり出来上がってきたので今日はこの辺でお開きとした。何か色々な事がある島に俺は転勤したようだ。俺はここでどんな生活を送るのだろうか少し心配に成ってきた。家も行きなり変わったし。大丈夫か?俺。そんなことを思いながら俺は日下部さんとアパートへ戻った。
第七話へ続く