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新生代第四紀大絶滅(TAKE2)

作者: ぺんぺん草

【プロローグ】


 あれは2月の寒い日の事だった。高校受験が控えているので、彼女にとっても大事な時期だと分かっていたのだけれど、俺は打ち明けずにはいられなかった。彼女の志望校は、俺の志望校とは違っていたから……。これ以上、好きだという気持ちを隠し続けるのは無理だったんだ。教室で帰り支度をしながら俺は隣の席の吉岡に話しかけた。



「あの吉岡。今日の放課後さあ……空いてる?」



 彼女はいつもとは違う俺の様子に気づいていた。さすがに挙動不審すぎたかな。



「ごめんね窪内君。それって明日でもいい?今日は体育委員会があるから放課後は無理なの」


「あ、うん。明日でもいい」



 そう言うと、吉岡は同じ体育委員である姫山の奴に声をかけて体育館の方に向かっていった。放課後に彼女に告白するつもりでいた俺だったが、この日は諦めることにした。だが俺は知らなかった。これが吉岡と交わした最後の言葉となることを。


 今でもあの時の吉岡の笑顔を思い出す。


 そしてあの日に告白できなかったことを、今でも後悔している。



【本編】


 あの日から5年の時が経て振り返ってみると、あの頃は俺も人類も、全員が幸せだった。


 21世紀初頭の日本では女尊男卑という言葉が流行っていたというじゃないか。そんな贅沢極まりない悩みを堪能できた連中が羨ましくて仕方がないね。なにしろ2023年に暮らす我々には、もはや女尊男卑などありえないのだから。


 俺が吉岡に告白しようとした次の日に、新生代第四紀の大量絶滅が起きたのである。西暦で言えば2018年の冬。今となっては「魔の2月14日」と語り継がれるバレンタイン・カタストロフィが全世界を席巻してしまった。


 その新生代第四紀大絶滅の内容はと言うと「女だけがこの地球上から消滅してしまった」という一事に尽きる。意味分からないだろ?だが愛しき女達は消え失せてしてしまったのだ。それも一人残らず。フワッと。



 我が母、我が妹。憧れのあの娘。近所のおばさん。子供たち。輝くアイドル達。そして吉岡。皆一瞬で消えてしまった。未だに信じられない。


 地球上のあらゆる場所で、女が消えてしてしまった。ユーラシア大陸、北米大陸、南米大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸、そして日本列島……。どこにも生きている女はもういない。「絶滅のはずがない!1人ぐらい残っているはずだ」と国際女捜索隊が組織され、5年間も世界中で生き残りの女を探して頑張っていたらしいが、彼らは南極大陸で行方不明になった。南無阿弥陀仏。


○○○


 そして世界には阿呆ヅラかまして茫然と立ち尽くす40億人の男だけが残った。まさしくディストピア。世の中に残ったのは、酒と涙と男と男である。ようするに謎の大量絶滅の果に、人類はいきなり単性生物になってしまったのだ。ああ、40億年かけた人類の進化が水泡に帰す。



 この男だらけのディストピアを「新世界」と呼ぶのが昨今のトレンドなので、自分もそれに倣うことにする。この「新世界」はかつて地球に生息していた腐女子という生物が大歓喜する世界なのかもしれないが、肝心の腐女子が絶滅しているので誰も大歓喜しない絶望の世界なのである。



 読者諸君が暮らす「旧世界」と我々が暮らす「新世界」との間に生まれし違いについて、山ほど語りたい事はあるのだが、ここは2点のみに留める。まず1点目。



 増えたね、全裸の奴らが。



 まあ夏場限定なんだけれども。街を歩けば普通にベンチに全裸で座って、堂々と新聞を読んでる輩なんぞが出没している。何がしたいんだろう奴らは。しかし新世界の警察ときたら、街で男が全裸になってるぐらいじゃ逮捕しないね。「最近暑くなってきたな」ぐらいのものである。頼むから仕事してくれ……。



 刮目せよ、これが新世界である!

 新生代第五紀の到来だ!(地質的にもなんかちょっと変わったのだ)



 そして2点目。これも諸君らにもだいたい察しがつくだろう。何しろ子孫を残せない世界なので、我々はただ滅びゆく存在でしかない。人類滅亡まで残り約100年といったところか。というわけで我々は基本めっちゃ厭世的。



「何やっても人類滅亡」



 という絶望的なフレーズが流行語になったのだから、その無気力感たるや推して知るべし。何しろ戦争すらやる気がないのである。


 女が消滅した責任の所在を各国が擦りあった結果、2018年に第三次世界大戦が勃発してしまったのだが1ヶ月も続かなかった。滅ぶと分かってる世界で、全力で殺し合いし続けるほど我々も暇ではないのである。


 このように、この社会では色んなものが一変してしまった。幸せなる旧世界で暮らす諸君らには想像もつかない事が多いであろう。アダルトビデオが価格高騰してるとか、新アニメの女キャラの声優を男が裏声でやらなきゃならないとか、女子トイレが男たちにも開放されたとか、くだらない情報ならいくらでもある。だが満たされし旧世界の諸君らはさして関心はないことだろう。


 とかく厭世的な我々ではあるが、一部の科学者達は諦めずに頑張っているようだ。なんとかして男だけで子孫を残すことができる方法を模索しているようだが、そんな悲しい技術は成功の見込みが見えてない。



○○○



 こんな絶望的な世界でも俺達にできることはある。それは雑談だ。大学の同輩である柏木遊矢と俺は毎晩クダラナイ会話を交わして、男凝縮社会への鬱憤を晴らすのだ。雑然とした柏木の部屋で、部屋の主は胡座をかきショーモナイ話をしだす。




「この世界は言わばこう、宇宙の果まで続く刑務所みたいなものではなかろうか、窪内」


「同意する。でも宇宙のどっかに人型地球外生命体いるんじゃね?こう、めっちゃ可愛い娘の姿をしたさ」


「そいつら全員がオッサンの姿だったらどうする?こっちと変わらないっていう」


「それは絶望的な仮定だな。そいつらはくたばってくれ」



 柏木ときたらまったく捻くれた阿呆なんだ。なんで純度100%の男子濃密社会にいる我々が、宇宙規模の男子濃密社会の可能性について語らなきゃならんのか。ノン・レヴール柏木め。少しは空想家になれよ。



「だいたい男と男で子孫を残すってなんだ。政府は血迷ったのか。そしてそれをなんで男のお前と語らなきゃならんのだ」


「知るか」


「子宮はどうするんだ。チンパンジーの子宮でも使うのか」


「いいよなチンパンジーは。アイツらはメスがいるんだもんな」



 この新世界でもっとも重大なことは、野郎同士で子孫を残すための技術の開発である。しかしながら我々はあまり興味がない。そんな過酷な現実と向き合うぐらいなら、淡いノスタルジーに浸ったほうがマシなんだ。



「はぁ。今でも心残りだ。中3の時に吉岡に、告白できなかった事が」


「また窪内はその話か」


「まさか消滅することになるなんてなあ……」


「この新世界はそんな悲しい話ばかりだよ」



柏木は被っていたニットキャップを後ろに引っ張ると、腕組みをして部屋の天井を見上げた。だがその姿は間抜けと言わざるを得ない。



「ところで柏木……。お前、いつまで全裸でいるんだ?」


「全裸じゃないぞ。靴下履いてるだろ。帽子だってつけてる」


「余計に変態的なんだよ!」



 なんで俺は全裸男に初恋の話をしなきゃならんのだ。全く女がいなくなって男どもの阿呆ぶりに一層の磨きがかかってきたというもんだ。救いようがないぜ。



「ちっ、仕方ないな」



 柏木の奴は布団の上に無造作に置かれていた黄金のトランクスを履いた。どこに売ってたんだそれは?



「それより見せろよ、窪内の卒業アルバム。持ってきたんだろ?」


「ああ」



 俺はリュックから中学時代の卒業アルバムを取り出す。奴は吉岡さんの写真を見る。



「彼女が吉岡さんか。マジ可愛い子じゃないか。ウン、お前に脈はないな」


「なんだと!」


「もう後悔する必要はない窪内。お前があの時に告白してたところで辛い思い出が増えてただけだ。良かったな」


「黄金のトランクス履いてる奴に言われる筋合いはない!くたばれ!」




 その時、俺の携帯に電話がかかってきた。発信者の名前は「神様」となっていた。こんなもん登録した覚えはないんだが。



「電話に出ないのか窪内。知り合いなんだろ?神様って誰だよ。ハイセンスなネーミングだな」


「こんなの登録した覚えもないぜ。だいたい510から始まる電話番号なんて知らないし」


「じゃあ俺が出てやる」


「馬鹿っ!危ない業者だったらどうすんだ」



 窪内の奴は勝手に俺の電話に出てしまった。なんという阿呆だ!慌てて窪内にヘッドロックしてみたがもう奴は会話を始めてしまった。



「あーもしもし神様。いえ。僕は窪内じゃないんですが、代わりますか」



 奴は勝手に電話に出た挙句、俺にパスしてきやがった。せめて自分で処理するのが礼儀だろう!マジでくたばれ。



「あの……窪内ですが。どちら様でしょうか。危険な業者でしたら……」


「お主、窪内だな?阿呆のお前はやっぱり振られてたと思うぞよ」



 電話の向こうのフレンドリーな声の主は、オッサンのようであった。しかしこれは一体どういうことだ。俺達の会話内容が筒抜けになっていたのか?これは俺のスマホが遠隔操作されているのか。変なアプリをインストールしてしまったのか俺は?



「アンタ何故、俺達の会話を……」


「いいかよく聞け。余は神だ。疑うならもう一度、彼女の卒業写真を見てみるがいい。そして悶絶しろ」


「アンタ、何を言ってるんだ……」



 俺と柏木は神に言われるがままに、半信半疑で卒業写真を見た。適当に開いたページには、文化祭で吉岡が店番をしてる写真がある。その笑顔たるやエヴァーグリーン。



「見たぞ!何にもないじゃないか!ちょっと切なくなっただけだ」


「いいから黙ってみとくんじゃ阿呆」



 すると突然にその写真の中の吉岡がいきなり動き出したではないか。笑顔の彼女がカメラに向けて手を振ると、そのままお客に対応しはじめる。俺は驚きのあまり持っていたスマホを床に落としてしまった。



「ば、ばかな。これは紙だぞ。まるでディスプレイのように動いてる!」


「驚いたな窪内。お前んところの卒業アルバムって動画仕様になってんの?5年前に凄いな」


「いやいや、ただの紙だっての柏木」


「神だけに?」



神を名乗る声の主は話を続けているようだ。俺は慌ててスマホを拾って耳に当てた。



「余の話の最中に電話を落すんじゃない」


「マジなのこれ!?なんなのアンタ!」


「これだけじゃツマランな。5ページ目を開け」



 俺は言われるがままにページをめくる。すると集合写真だったはずの5ページ目に、私服姿の吉岡の写真があった。こんな吉岡だけがまるごと1ページに掲載された写真などなかったはずだ。しかも心なしか写真の中の彼女は大人っぽいぞ。茶髪になってるし。綺麗になったねって声をかけてあげたいほど美しい。



「‼」



 次の瞬間、その吉岡の写真も動き出した。まるで携帯電話をかけながら卒業アルバムをめくるような動作をしている。そして隣には彼女の友人らしき女性もいる。



「な……なんじゃこりゃ!」



 写真の中の彼女は友達に向けて何かを喋っているようだ。彼女の声が聞こえてくる。



「それでね。中学時代に私が好きだった人がこの中にいるんだけど……。当ててみて?」




 俺と柏木は顔を見合わせて絶句する。



「吉岡……お前、今どこにいるんだ!?5年も行方不明だったじゃないか」



 動き出した吉岡の写真に向かって話しかけてみたが、こちらの声は向こうには届いていないようだ。



「この人?この人は違うよ。この人は好きとかそんなんじゃなかったな〜。窪内君って言うんだけど。変わった人だよ」


 マジで。俺ってそんな扱い!?それだけ?


「私が好きだったのは……姫山君っていうの。すごく可愛いの。同じ体育委員でさ〜」


 

 うおおおおお!完全にフラれた。姫山が好きだったのかよおおおお。神様は何故このような残酷な所業をしてみせるのか。ここでいきなり神様の声が乱入。



「はい終了。データ通信料が高いからのう」



 その瞬間に卒業アルバムは元に戻った。



「待って!もっと聞きたいんだけど。肝心なところで止めるなよ」


「うるさいボケ。お前なんぞこれで十分じゃ」




 これは一体なんだったんだ……。こうなるともう携帯から発せられる神様の声が心無しか神々しいものに聞こえてくるじゃないか。



「これでお主にも、余がこの大宇宙を統べる神じゃと分かったな?」


「いやまだ信じられない。嘘だろ!」


「まだ信じないのなら、木星をビリヤードの玉のように地球に激突させてやるぞ。あっそ〜れっ」


「待って待って!信じます。信じますから」



 

○○○


 あれから3日が経過した。木星が月軌道まで接近してきてエラい事になってしまっている。いやあドエライ光景が空に広がってるもんだ。全ては俺があの時、ちょっと神様を疑ったばっかりに……。それにしても月の40倍の直径の天体が夜空に浮かんでるのは凄まじい。絶景だけれども。


 しかし神罰に怯えていても仕方がないので我々は今日も柏木の部屋で雑談をする。全裸の柏木は窓を開けて夜空を眺めた。



「木星がこんな近くでみれるなんてな。ぜーんぶ窪内のお陰だよ」


「神様が木星を寸止めしてくれて良かった……。もう少しで地球消滅だった」




 神様がその後に語った説明によれば、新生代第四紀大絶滅もやはり彼の仕業であった。7000年ぶりに目覚めた神様は地球の様子にいたくガッカリなされたそうで、人類を滅亡させる事に決めた。しかしただ滅亡させるのでは芸がないので、世界から異性を消すという凝った方法を採用した。つまり神様の偉大なる力によって男と女は別々の世界に送られてしまったのである。



「つまり女達は、地球そっくりのパラレルワールドとも言うべき世界に送られてしまったわけか」


「いや。男達がパラレルワールドに送られたのかもしれない」


「もうどっちでもいい。確かなのは、お前は吉岡さんにまるで相手にされてなかったことだけ」


「くそぉ!知らなきゃ良かった!」



 俺は柏木の部屋で寝そべってゴロゴロと悶ていた。柏木がテレビをつけると、バラエティー番組が画面に映る。女子が消滅しようが木星が大接近しようがバラエティー番組は不滅なのだ。今となってはおっさんだらけの不毛なバラエティーSHOWなのだが、そこに華を添えるのがドラッグクイーンアイドルが必要なのである。


 男とは思えないほどに可愛らしいドラッグクイーンを見て、もういっそ新世界に適応して恋愛対象を男に変えてやろうかと思ったのだが、テレビに映るドラッグクイーンをよく見て考えを改めた。



 なにしろ彼女は……というか彼とは中学で同級生だったのである。正直言って彼の変貌ぶりにショックを受けているんだが、昨日の一件でさらに複雑な感情を持っている。



「凄い綺麗だよな〜姫山は。吉岡さんが惚れるのも分かるわ〜。な〜窪内!」


「くそっ!くそっ!くそっ!俺も体育委員に立候補していれば」



 そう。テレビの中の彼は吉岡さんが恋していた姫山なのである。そして彼はこの世界ではドラッグクイーンとしてその才能を開花させていたのである。容貌も可愛らしく、その人気たるや凄まじい。女にも男にもモテるたぁ凄い。「俺、中学の時は姫山と同級生だったんだぜ」なんて、よく分からない自慢をしたこともあるけど、今の彼は正直言って俺の知ってる彼ではない……。



 バラエティー番組のテーマはよりにもよって学生時代の恋愛らしい。姫山の奴はMCに話を振られると中学時代の恋愛について語り始めた。おいおい、中学時代ってちょっとアンタッチャブルな時代だぞ。



「中学時代に好きな人がいて……。ずっと好きだったんですけど言えなくて」



 この男濃密社会において、旧世界とは比較にならないほどの人気をドラッグクイーンは勝ち得てる昨今。今頃視聴率はグイグイ上がってることだろう。柏木がニヤニヤしながら俺の方を見ている。どうも期待してるらしいな。



「窪内くんって言うんですけど」


「マジか!」


 テレビ画面に俺の中学時代の写真がドンッと映った。モザイクがかかってるが完全に俺。っていうか名前出た時点でもうアレなんだけど。横をみると柏木の奴が全裸で手を叩いて喜んでいた。



「いやいやいや!なんで?全然接点なかったろお前と」



 テレビを揺さぶってみても画面の中の姫山は答えない。




 俺が吉岡に惚れて、吉岡は姫山に惚れて、姫山は俺に惚れて……。


 俺→吉岡→姫山→俺→吉岡→姫山→俺。


 俺達の初恋は、最初から誰も救われない運命だったんだな……。





 神様はもうすぐ眠りにつくという。目覚めるのは何年後になるか分からないらしい。目覚めて気が向いたら、人類を再び統一し、滅亡の運命から救ってやるかもしれないという。

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