その11
久我が付き合った日の夜の話です
少しだけ切ない飲み会を終えて私は久我に送られて家へと帰宅した。しかし今日カップルになったばかりとは言っても一応彼女がいる男を家まで送らせるのは気が引けるので途中で久我を追い払った。あぁいうシンプルな優しさだけみればただのいい奴なんだけどなぁ久我は。
お酒で火照った体が羨ましいのか夜風が私の温度を少しずつ奪っていく。気持ちは晴れないが気分よく私はマンションの自動ドアを潜ろうとしたその時あまり聞きたくなかった声が飛んでくる。
「今日はお楽しみでしたね?」
まさか...そう思い声の主を見ると案の定小鳥遊さんであった。昼の可愛い格好からは一転して暗いパーカーの前ポケットに手を忍ばせ小鳥遊さんは夜にまぎれていた。
なぜ?色々な疑問が目まぐるしく脳内を駆け回る。
ホラー映画などとは違った恐怖がヒシヒシと指先から登ってくる感覚がした。だがこの動揺を表に出してはいけない、その時の私はそう思った。
「あら小鳥遊さん夕方ぶり。用事はもう済んだの?」
グレイト。なんとも完璧なポーカーフェイス。小鳥遊さんも私が落ち着いてる事に少し驚いた様子で微笑みながら暗闇から出てきた。
「ええ、あまり大事な用でもなかったので。」
マンションの玄関先の光で小鳥遊さんの顔が見える。可愛らしいガールズトークをしに来た訳では無さそうだった。
「こんな時間にどうしたの?私に何か用があったりする?それとも偶然かな?」
少しでも余裕を見せるために精一杯の痩せ我慢で質問していく。
「偶然ではないですけど、まぁ用って程でもないですね。感謝と意思表明みたいなのを聞いて欲しくて。」
小鳥遊さんの顔がサディスティックな笑みへと変わる。そんな笑顔だけど悔しいかな可愛い。
「今まで久我くんの面倒を見てくれてありがとう。大変だったでしょ?今日からは彼女として私が久我くんの面倒を見るからもう久我くんには近づかないでね?」
そっと早口でゆうと音もなく私に近づき体を預けてくる。
「別に納得とか理解とか求めていないので何も言わなくていいんですけど何か言うなら.....ね?」
とパーカーの前ポケットに入ったままの手を私の腹部に押し付けてくる。
戦慄。お腹に当たる感覚が明らかに手ではない硬さの物だった。言葉を失い私はゆっくりと後ろに1歩身を引く。何が入ってるかはわからない、実際大したものではないのかもしれないが小鳥遊さんが醸し出す異様な雰囲気とこの状況がその硬い何かがやばい物だと認識させる。
偏差値48と平凡な私でも瞬時に分かった。小鳥遊さんは相当キテる奴らしい。
「.....別に私とアイツはそんな関係じゃないから何かゆうもないんだけど.....。」
刺激しないように言葉の審査を入念に行いたどたどしく話し出す。まぁそんな審査など虚しく刺激してしまうことになるんだけど。
「アイツ?気安く呼ばないで貰えるかしら?」
靴を強く踏まれ簡単に逃げられないようにされてより体を密着してくる。
やばいやばいやばいやばい!言動と行動の釣り合いが全然合ってない!怖すぎる!後痛い!え?全然足動かないんだけどー!!!重い!こいつサイなの!?
「痛いですか?でもムカついたんだもん。仕方ないですよね?」
グリグリと足を踏みつけてくる。普通に痛いのがさらに痛くなって悲鳴を上げそうになる。
「痛い...ってやめてよ!」
あまりの痛さに小鳥遊さんの豊満なバストを腕で思い切り押す。小鳥遊さんはよろめきながら後ろに退き押されたことに驚いたのも束の間凄く怖い笑顔で私を見た。
「それは抵抗と見なして宜しいのでしょうか?」
ジリジリと距離を詰めてくる小鳥遊さん。
考えろ秋!クールになれ!いつも使わない脳みそをフル回転させてこの場の打開策を練る。
久我に近づかないと約束すれば私の安全は約束されこんなやばい奴とも縁を切れる。でもそれは嫌だ。久我とも短くない付き合いで一応好きな相手。こんな奴の好きになんてさせたくないし怯える気もない。なら答えは一つ!この間まさに0.2秒。
正義感と少しの嫉妬心が私に勇気をくれる。
「...私に酷いことすれば後々面倒くさいと思わない?」
ぴたりと小鳥遊さんの足が止まる。絶好機。ここしかないと畳み掛けるように言葉を飛ばす。
「小鳥遊さんがいつから久我を好きなのかは知らないけど久我といつも一緒にいたのは私なの。だから久我とは結構な関係だと思うの。久我は私が話さなくなったら絶対気にすると思うよ。それを小鳥遊さんは耐えれるの?」
少しだけ渋る小鳥遊さん。よし、中々いいパンチが打てたんじゃないか。小鳥遊さんが感情的に動く前に言葉巧みに考えてもらうしかない。
「私がいれば色々と都合がいいと思うの。久我がもしあなたに対しての相談を私にしてくれば私は躊躇いなく小鳥遊さんにそれを話してもいい。もちろん2人の関係の邪魔は絶対にしない。どう?中々いい仲介人になりそうじゃない?」
これでどうだ。もちろん仲介人なんてやりたくないけど適当に騙し騙しやればいい。身の安全と天秤にかけたなら軽いものだ。
「そう来ますか...。」
私のプレゼンが効いたのか、小鳥遊さんはポケットから手を出した。
「そっちの方が都合が良さそうですね。分かりました。メアドでも交換しましょうか?」
さっきまでの怖い雰囲気はいずこへ、まるで初めて出来た友達に話しかけるように気軽にメアドを聞かれた。
どうやら危機は去ったらしい。小鳥遊さんが理性的なやばい奴で助かった。これから大変そうだけど触らぬ神に祟りなし。あまり絡まないでおこう。
「じゃあ私は帰ります。夜遅くにごめんなさいね。」
メアドを交換して小鳥遊さんは案外呆気なく帰っていった。
胸をなで下ろす。あー怖かったー。あんな奴が本当にいるんだな世の中には。勉強になった。
酔いもいつの間にかすっかりさめ異常に体が冷たくなっていたので足早にマンションの自室へと戻っていった。
部屋に戻ってほっこりする。なんと落ち着く事か。やっぱり平和が1番だなー。
さっきの緊張感から解き放たれだらけていたら携帯がなる。受信先はさっき登録した小鳥遊さんからだった。
『お友達の証にプレゼントをカバンの中に入れときました。困ったら使ってくださいね。』
背中に何匹もの虫が登る感覚がする。いつ入れられた...。密着させてた時か?それくらいしか見当がつかないな...。
とても見るのは怖いけど生き物とかだったら凄く嫌なので恐る恐るカバンの中身を確認する。
「なにこれ...。」
工具のスパナが入っていた。ボルトかナットを締めたり緩めたりする所が少し変な色をしていて洗っても落ちなさそうだ。
拍子抜け。もっと怖いものが入ってたりしてると思ったけどあんまりだった。いやスパナでも十分謎で怖いんだけどね。
そこからはもう考えるのが面倒くさくなりメールを返すことなく風呂に入り眠りにつく。もうこんな怖い事が起こらないように祈りながら。
二年ほど前地元新聞に大きく掲載された事件。
ある高校の付近で通り魔が出没したらしく何人もの登下校中の高校生達が切られ軽症を負った。幸い死人はおらず犯人も捕まり今日日その事件はあまり市民の記憶には残っていない。




