とある夢のはなし
ホラー、後味の悪さ注意です。
これくらいの長さは二つに分けた方が良かったでしょうか?
ひとりでいるのはさみしいかい?お隣にお友達が来るからね?
…
……
………
「じゃあ、時々でいいから連絡するようにね?あと寝る前には戸締りや火の点検をわすれないようにね。」
「わかってるって。じゃあ、そろそろ荷物を整理し始めるから切るよ。」
通話を切ると同時にスマートフォンの電源も落とす。
顔を上げるとそこは小さい頃から見ていた自分の部屋ではない。
「ついに一人暮らしか。」
今は高校3年生の春休み。
俺が高校3年になると同時に、父が転勤することが決まった。
行きたい大学も決めていた俺にとっては家族についていくことは出来なかったし、何より一人暮らしにも興味があったのだ。
母さんは俺のことを心配してくれたが父さんはどうでも良さそうだった。
まあ年の離れた妹にメロメロだもんな。
「さて荷物を出しますか。」
口に出した言葉は部屋に響く。にも、関わらず誰からも反応はしてもらえないことが一人暮らしを実感させる。
…
……
………
「飽きた。」
まだ30分もしていないはずなのにもう続けようとは思わない。
俺こんなに飽き性だったっけな?
まあいいか他にも住民への挨拶や近くの散歩もしたい。
外も暗くなってきたから早めに挨拶を済ませるとしよう。
俺が引っ越してきたハイツの名前は「裏野ハイツ」。二階建てで一階に三戸、計六戸となっている。築何年だったかは余り覚えていないが俺よりも長生きだ。
俺が元々住んでいたところから車で10分くらいと比較的に近く、203号室が空室となっていたため引っ越すことができた。
駅やコンビニも近く好条件だったと思う。
玄関から出るとちょうど夕日が沈んでいて、前の家から見ていた景色と違うことが感慨深かった。
二階の他のお宅はどちらとも不在だったようであとに回して一階の人から挨拶を済ませることにする。
階段を下りると偶然にもお婆さんが階段を上がろうとしていた。
手には大きな荷物を持っている。食料品だろうか?何日分も買い込んだのだろう。
「手伝いましょうか?」
俺が声をかけるとお婆さんは驚いた顔をした後に微笑むと、こう言った。
「あらあら、優しいねぇ。じゃあ、手伝ってもらおうかね。」
「少し部屋に入っていかないかしら?」
自己紹介と引っ越してきたことを伝えると部屋に招待された。201号室に住んでいるらしくどうやらお礼をしたいようだ。このまま上がらせてもらって親交を深めるのも悪くはないと思ったが、遅くなると用事が済まない。また、他の機会にお願いしよう。
「すみません。俺も用事があるのでまた別の機会に。」
「そういえばどこかにお出かけしようとしてたわね。助けてくれてありがとうね。」
今日いた一階の部屋の住人には、全員に挨拶することができた。102号室の人には出来なかったがまたお伺いするとしよう。
自分の部屋に戻るときに202号室の人に挨拶しようとしたが、誰も出てくることはなかった。なんとなくだが中に誰かの気配を感じるのだが。
部屋は片づけの途中で段ボールが転がっているが慣れないことをしたせいか、今日はとても疲れてしまった。明日も休みだし少し早いけど寝るとしよう。
寝る準備をしていると隣の部屋から物音がした。やっぱり誰かいたのだろうか。
布団に入りながら隣の人のことを考える。もしかしたらあまり人付き合いの得意な人ではないのかもしれない。あと一回行っても出ないのならば、挨拶は諦め…よう…
ふと目が覚めると昔住んでいた家にいた。初日からいきなりホームシック?にでもなったのだろうか。その時点で夢だと気づいたが、自分の意思で自分の行動を変えることがなぜか出来ず俺は両親の元に向かった。
両親は今よりもずっと若く、父さんの手には赤ん坊が抱かれていた。写真で見た妹だ。やっといまの状況がわかってきた。恐らく十年前の記憶だろう。何故かは分からないがこのころの記憶は酷く曖昧で忘れていた記憶を思い出しているように感じた。
「父さん!僕にも抱っこさせてよ!」
「危ないからやめとけ。」
「大丈夫だって。気を付けるから。母さんからも言ってよ。」
「やめときなさい。」
「じゃあ、もういいよ!遊びに行ってくる。」
そういい捨てると俺は出て行ってしまった。
なるほど。寂しくて出ていっちゃたのか。自分のことなのに他人事のように考えられるのは、自分が成長したからだろうか、それとも、自分の覚えていない記憶だからだろうか、それとも、もっと、別の……。
気が付くと買ってもらったばかりなのだろうか。それなりに新しい自転車に乗って、行く当てもわからないまま走り始めた。
ふと、いつになったらこの夢は覚めるのだろうかと考えてしまう。俺はあんまり夢を見る方ではないので、自力で目覚める方法なんてわからない。
考え込んでいると俺が最近見るようになった景色が流れていく。
俺が今日、というか昨日の夕方見た景色だ。十年経っても変わってないところをいくつも見かけたから多分間違いない。
八歳の俺がここまで行動的だったのにも驚いたけど、このあたりに来たことがあったことにも驚いた。
どうやら目的地が近づいてきたらしい。自転車のスピードが速くなる。
嫌な予感がした。自転車が加速するのと同じ速さでその予感は大きくなっていく。
目的地に着くとその予感は大きさを保ったまま、恐怖へと変わった。
…
……
ハッ!?
目が覚めると見慣れない天井だったが安心感が戻ってきた。
確かに自分の部屋だ。体も元の大きさに戻っている。
「今の夢は…」
そう確かに目覚める直前に見たその建物は今よりも少しだけ新しい
「裏野ハイツ…。」
だったのだ。
自論を立ててみた。
偶然ここに引っ越してきた俺が偶然忘れていた昔の記憶を偶然夢という形で思い出しただけ。
偶然という言葉が並ぶが実際は再びこの建物を見たことで触発されて思い出したのだろう。
にわかには信じられないがそれくらいしか俺には思い当たらなかった。
濃い内容の夢だったためかあまり疲れがとれた気はしなかった。むしろ、疲れているんじゃないか?起きた時間も早かったので俺は二度寝をすることに決めた。
理由を並べたが実際は夢の続きが見たかったのかもしれない。
結論から言うと眠ることは出来なかった。人間寝よう寝ようと意識すればするほど眠れないものである。
スマートフォンの電源を入れると友達から連絡が来ていた。
遊びの誘いらしい。荷物を出さなければならないことは分かっているが、なんとなく今日も準備しなさそうだな、と思った俺は遊びに行くことにした。
遊びの準備が終わり、外に出ると昨日の夕方見た景色だ。それもあんな夢を見てしまったら印象は変わる。
202号室の人に挨拶しようとしたが、やはり出てこなかった。
聞き耳を立てると人の気配を感じない。昨日の夜は物音がしたから今は不在なのだろうか。
すると201号室から昨日のお婆さんが出てきた。
「こんにちは。お出かけですか?」
「あらあら。こんにちは。ちょっと買い物にねぇ。」
あれ?昨日あんなに大荷物だったよな?買いきれなかったんだろうか。
まさか全部消費したとか?
「お婆さんは一人暮らしなんですか?」
「そうだよ。年金暮らしでねぇ。孤独死しないように気をつけないと。」
何かおかしいなと思ったが、他人のプライバシーをむやみやたらに聞くものでもないだろう。そうだ。ちょうどいい。202号室の人について何か知っているか聞いてみようか。
「そうなんですか。ところで202号室の人に挨拶したいんですけど、何かご存じではないですか?」
「行っても無駄だよ。」
急に声のトーンが落ちた。
背筋が寒くなる。今日だけでこの感じは二回目だ。今日は厄日か何かか?
「私もよくは知らないんだ。でも行っても無駄ってことくらいはわかるさ。」
「そ、そうですか。すみません。ありがとうございました。」
会話を無理やり終わらせ、その場から俺は逃げ出した。他でもない、自分の家がある「裏野ハイツ」から。
「おいどうしたよ。元気ねーな。一人暮らし始めたばっかだろ。もしかしてホームシックかよ。情けないな。」
「はは、そうかもしれないな。」
上の空で返事を返す。「裏野ハイツ」に来てから何かおかしい。
「まあたまには俺の家に来てもいいぜ。なんてったって一人暮らしの先輩だからな。」
「ありがとな。」
「まあ俺はお前と違って女の友達がいるから、その子がいないときにな。」
「はいはい。」
素直に嬉しかったけど、俺にはあの夢の続きを見る義務があるような気がした。
帰宅するとコンビニで買った弁当を温める。今日は人生で一度あるかないかの体験を二回もしてしまった。
いくつも謎はある。あの夢は何だったのか。202号室の住人の正体。お婆さんの変貌。
どれも関係ないようだけど一つのことが分かれば全ての謎が解ける予感がしていた。
うとうとしてきた。これは寝てしまうな。またあの夢を見ることは出来るのだろうか…
どこかでチンと音がした。
気が付くと「裏野ハイツ」が目の前にそびえ立っていた。
いまよりも少し新しい形で。
あの夢の続きだろうか。嬉しいような怖いような。
今回も体の制御は出来ない。昔の俺を今の俺が覗いているような感じだ。
「****ちゃん!遊ぼー!」
不思議と名前が聞き取れない。
「あ、久しぶり!今日は私の家で遊ぼう!」
どうやら女の子だったようだ。ずっと男とばっかり遊んでいた俺に女の子の友達がいたとは驚きだ。なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう。
しかも仲が良さそうだ。
俺と女の子は家に入っていく。部屋番号は…202号室。
「おばさん。お邪魔しまーす。」
「いらっしゃい。今日はケーキがあるわよ。」
「やったー!ありがと。」
見ている限り親との仲も良さそうだ。それにしても俺は何度かここに来たことがあったのか。全く覚えてない。それにこの家族はどこに行ったのだろうか。引っ越してしまったのだろうか。
しばらく遊んでいるのを眺めていた。来週は家族でドライブに行くとか、誕生日が近いこととか。本当に仲が良さそうだった。
この夢は不気味だと思っていたがこの記憶を思い出すことが出来てよかった。
「そうだ。お婆ちゃんといっしょにままごとしよう!」
ままごととはいかにも女の子らしい。
俺も笑顔で頷いていた。
でもお婆ちゃんらしい人なんて見かけてないけどな。
「ママー。お婆ちゃんのところに行ってくるね。」
「早めに帰ってきなさいよ。」
ああ。近くに住んでいるのか。
女の子についていくとすぐに立ち止まった。
その場所は同じ「裏野ハイツ」で…
201号室の前だった。
昨日と違い静かに目が覚める。
まだ分からないことはたくさんある。
確かにあるがあともう一度夢をみたら全てがわかりそうだ。
その前に確認しておきたいことがある。
まだ日は昇っていなかった。
「あらあら。203号室の。」
「はい。少しお話できないかなと。」
「何か聞きたいことがあるのかしら。」
「はい。そんなところです。」
「じゃあなにかお菓子を出しましょうかね。」
おれは201号室を訪ねた。
知らないままでも困らないことだろう。でもその片鱗に俺は触れてしまった。もう好奇心を抑えることは出来なかった。
「それで何を聞きに来たのかねぇ?」
「はい。実はですね…」
ん?何て言えばいいんだ?まさか正直に夢で見たことなんですけどー。何て言えるわけない。絶対変人扱いされる。
困って部屋を見渡すとある写真立てが目に入った。
「可愛いお子さんですね。」
そう。あの女の子が笑ってる写真だった。
「ありがとうねぇ。孫も喜ぶわ。」
そうか。やっぱり孫だったのか。
…
本題に移るとしよう。
「お婆さん。俺のこと覚えてませんか?よくお孫さんと遊ばせてもらってたんですけど。」
「はい。覚えていますよ。見違えるようにかっこよくなったねぇ。」
「もしかして一昨日お会いした時から?」
「忘れているようだったから掘り返すこともないと思ったんだけどねぇ。お互いに。」
「すみません。ずっと忘れていました。」
本当に…長い間忘れていたよ。
「今お孫さんはどちらに?」
久しぶりに会いたいと思った。子供の頃のように話せるかは分からないがそれでも会いたいと。
するとお婆さんは悲しそうな顔をすると呟くようにこう言った。
「そのことは忘れたままなのかい。」
ついてくるよう促されるとお婆さんは物置から鍵を持ってきた。
お婆さんが202号室の部屋の鍵を持っていたらしい。
部屋は夢で見た風景と一切変わっていなかった。そう十年前と一切変わっていないということだ。
「****はここで寝ているよ。」
名前は聞き取れなかった。
俺の脳が拒絶しているのだろうか。
見るとまるで死んでいるかのような少女が寝ていた。
歳は俺と同じくらいだろう。やせ細っている。
「何でこんなことに…」
聞こうと思ったがお婆さんは静かに泣いていた。
お礼を言うと俺はその部屋から逃げるように出て行った。
まだ部屋には段ボールが転がっている。
もうそんなことは気にならない。コンビニで買っておいた弁当をレンジで温める。
お婆さんが真剣になったのはこのことを隠すためだったのだろうか。
あの女の子の両親はどうなったのだろうか。
なぜ寝たきりのようになっているのか。
俺はなぜ記憶を失わなければならなかったのか。
わかったことが増えるほど、わからないことも増えていく。
早く寝なければならない。
寝れば全てがわかる。
寝ないと全てが始まらない。
眠りに落ちるのが自分でもわかる。
ああ、今日で全てが終わるのだろうか。
ふと部屋に誰かの気配を感じた。
気が付いたら視界が滲んでいた。母さんが俺を抱きしめている。父さんは妹を抱いたままだ。病院みたいだ。
見慣れない白衣の男性もいる。
「精神的なショックによる記憶喪失でしょう。短期間の記憶だけですし生活に困ることはありません。もちろん何かのきっかけで思い出すことがあるかもしれません。しかし、記憶に蓋をするほどのショックがあったのでしょう。私も協力するのでご家族でしっかりとケアをしていきましょう。」
「ありがとうございます。」
「では原因として心当たりのあることは御座いませんか。」
「はい。この子の友達が乗った車が目の前で事故を起こしてしまったようです。」
…そうだったのか。
全ての謎が解けたと同時に視界が暗転した。その直後車の中の映像が映る。
といっても今回は昔の俺の視点ではなく、幽体離脱のようなだれもいないところから見ているイメージだ。
運転席に知らない男の人、後部座席にあの女の子とおばさんの姿がある。とすると、運転席の男性は女の子の父親だろうか。女の子が見ている方角を見ると小さいころの俺が自転車に乗っている。女の子が身を窓から乗り出して俺を呼ぶ。
「こら!危ないだろ!窓から身を乗り出すんじゃない。」
父親が娘に注意をするために後ろを一瞬振り向いた。
たったの一瞬だった。もし、前を向いていても躱すことが出来たかはわからない。
その一瞬後ろを向いたタイミングでトラックが突っ込んできた…
目が覚めた。多分泣いているんだろう。なんでこんな大事なことを忘れていたのか。
ふと気づくと部屋の隅に人の気配を感じた。
そちらを向くと元気に成長したあの女の子の姿があった。
「これはまだ夢なのか?」
「どうだと思う?」
「夢だよな?でも、それでも…俺は君に会いたかった。」
「私もまたあなたと遊びたかったわ。」
「ならまた遊ぼうよ、胡蝶。」
…
……
………
「大丈夫か?必要なものは足りてるか?夜はあまり出歩かないようにするんだぞ。」
「わかってるって。大丈夫です。切るね。」
お父さんからの電話を切ると一人暮らしであることを実感する。
お兄ちゃんもこんな感じだったのかな。
お兄ちゃんは引っ越して早々火事を起こしてしまった。原因は電子レンジだったらしい。死んじゃった人はいなかったけど二人の人が今も意識が戻っていない。その二人と言うのがお兄ちゃんと隣に住んでいた人らしい。
火傷の後遺症が残ったとか、そんなことはなかったけど発見が遅れた影響で今も目はさめていない。煙を吸いすぎたことによる脳へのダメージが原因らしい。
お父さんもお母さんも泣いていたけど、私にはなんとなく幸せに見えた。
この前病院にお見舞いに行ったときは笑ってたように見えたもの。
なんだか疲れちゃった。準備は終わってないけど明日すればいいよね。
ひとりでいるのはさみしかったかい?お隣にお友達が来たからね?