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街カフェ バージニア  作者: 畑々 端子
7/25

7日の予定

「 あなたの話は理路整然としているからつまらない 」


 彼女はそんなことを友達に言われたそうだ。それ以来、人と話をすることが苦手になってしまったらしい。

 大学からの帰り道、深刻な表情でそう話した彼女に私は、


「理路整然としてるとか、言われてみたいよ」と真面目に答えた。


 論破と言うことをしたことがない私にとって、それは、はたして褒め言葉にしか聞こえなかった。


「あの顔は、褒めてなかったと思う。絶対に」


 寂しげにそう言うかぎり、彼女にとってそれを言った友達は大切な存在だったのだろうと思った。


 飛行機雲を見上げた空は、2日間をかけて徐々に晴れではなくなり、雨こそ降らないながらも、分厚い曇が空を覆っていた。


「7日の放課後時間ありますか」


 何か話題を変えようと昨日のテレビ番組を思い出していると、彼女が不意にそういうので「大丈夫です」と即答した。


「七夕をしましょう」


「風情がありますな」


 彼女は照れを隠す時、不機嫌を隠す時、意図せず敬語になる。今回は前者であることを確信しつつ、その日はいつもの交差点で彼女と別れた。


 私は急いでバイト先に連絡をした。


 夕焼けの空が彼女の好きな藍色に移ろいはじめた頃、私と彼女は待ち合わせ場所の正門にいた。待ち合わせをしたが、結局は、教室を出るところからずっと一緒だった。


 黄昏時、私は彼女と一緒に彼女の下宿しているマンションの近くにあるスーパーに買出しに行くことにした。


「誰そ彼」


 私がそう呟くと、


「禍時に入る忌む時間帯なのに、どうして、黄昏なんて感じの良い漢字を当てたんだろうね」彼女はそう言って赤信号を無視をして横断歩道を渡る。


「逢魔が時、って言えば、路地とか不気味に思えてくるよな」


 古い町並みの残るところだったから、道なのか民家に通じているのか不明な薄暗い路地が当たり前のように見当たった。その一つを覗きながら私が言うと「つれてかれちゃうよ」と彼女が涼し気に言うので、私は思わず伏見稲荷に一緒に行きたいと思ってしまった。


 スーパーで弁当やお菓子、飲料を買って、彼女がコンタクトレンズを買いたいと言うので、薬局にも寄ってから彼女のマンションへ向かった。


「四畳半に憧れてたんだけどね、父親がセキュリティがしっかりしてないと駄目だって、結局こんな要塞みたいなところになったの」


 彼女が言う要塞のようなマンションは普通の5階建てのマンションだった。そして、女性向けのマンションでもあるらしかった。


 そのまま、屋上に上がった。


 屋上の中央あたりに彼女は手提げから、大き目のビニールの敷物を取り出して広げると、静かに腰を下ろした。


 弁当を食べながら、たわいない話をして、お菓子を食べながら、たわいない話をした。缶チューハイで乾杯をして、たわいない話を続けた。


「星を見る時って、寝転がるのが一番いいって知ってた?」


「やったことないけど、聞いたことはある」


 そして、どちらが言うでもなく、敷物の上に二人して寝転がって曇り空を見上げた。

 

「絶対に、天の川みえないよな」


 ここまでの曇り具合だと自虐したくなった。


「見えなくてもいいのよ」


 意外な言葉に私は彼女の方を向いた。


「七夕なのに?」


「七夕だから。織姫と彦星の1年で1度だけの逢瀬。それを覗く輩は犬にでも噛まれてしまえば良いんだ」


 何かの台詞よ読むように彼女はそう言ってから、「そう思わない?」とこちらを向いたので、私は慌てて、顔を空に向けて「天気が空気を読んだわけですな」とだけ言った。


 理路整然と曖昧なことを言う、そんな彼女は私よりも聡明で、平気で理路雑然としたことを言うのである。


 

 その後も前期試験の事や、夏休みのことやなんかを話して、雨が降って来たから彼女の部屋へ退散することになった。

 無駄な物のない女子大生らしくない部屋ではあったが、枕元に古事記がおいてあったり、彼女らしい部屋ではあった。


 現実から逃避するように避けていた時計を見ると、もう22時を回っていて驚いた。


「こんなに誰かと話したのはじめて」


「俺も」


 彼女は備え付けの丸テーブルの上に麦茶を出してくれた。


 雨脚が強くなって、まだ部屋に居ていいのだと安心をしつつ、テレビもつけないでまた、何気ない話を始める。彼女は自炊派であること、得意料理が肉じゃがであること、魚がさばけること、専用の出刃包丁も見せてくれた。


 生のトマトが嫌いであることも初めて知った。


 何度か「もう少し小降りになるまで雨宿りしていったら」と言ってくれた彼女の言葉に甘えた。そして、遣らずの雨に私は感謝をした。

 だが、終電の時刻がそれ以上を許してくれなかった。


 私は終電を伝えて、傘を借りて帰ることにした。


 エントランスまで見送りに来てくれた彼女に、「また明日」と言うと、彼女はなぜか「今日はごめん。また明日」と言った。


 帰り道、私は彼女の言葉の意味を考えたみたが、結局、わからなかった。



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