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街カフェ バージニア  作者: 畑々 端子
6/25

シロップを2つ


 7月に入って雨は降らなかった。晴れの日があまりにも連続するから、たまりかねた私は、やんわりと彼女をバージニアへ誘った。





 「1週間も行かないと、もう随分と行ってないような錯覚をするのは私だけかなあ」





 とグラウンドの上を盛んに飛び回るツバメを見上げて彼女はそう呟いた。





「その気持ちわかる」





 私はそう言いながら、つま先を裏門へと向ける。いつもの図書館横でもよかったのだが、あの場所では彼女は本の虫になってしまう。声が聞きたい私としてはバージニアと言うよりは、その行き帰り、その道すがらが大切なのだった。





「誰に教えてもらったわけでもないのに、うまく巣をつくるよね」





 道すがら、船橋商店街の八百屋の軒下に作られた新しいツバメの巣を見上げて彼女は唸るように言う。





「本能と言う遺伝子のなせる業ですな」





 私は軽く冗談交じりにそう言ったつもりだったが、彼女は私の顔を見てか黙って足元に視線を落してしまった。


 


「そう言うのなら、人間ってバカ。学校で教えてもらわないと子供の作り方もわからない。この世に生を受けた動物の存在の目的は次に命を繋ぐことなのに、そのやり方を教えてもらわないといけないんだから」





 彼女が言葉を選ぶように黙り込んだ時は、決まって、理路をついた返事が返ってくる。


 その度に、私は後悔をする一方でぐうの音も出ない自分が情けなく思ったし、彼女はやはり聡明なのだと思った。





 自分本位に相手の発言に対して論破の矛先を向けるのは、彼女の悪い癖で、彼女で会話が終わってしまうことが大多数だった。





 ハリーポッターを読み始めたことも変化だったが、





「今日はお互いの飲み方を交換しましょう」と提案してきたリ、





「ツバメのドッグファイトは見ごたえがあると思うの」と自ら話題を提供するようになったのも、大きな変化だと私は感じていた。 





 いつもの長椅子に腰かけてイングリッシュガーデン風の箱庭を見ながら、しばらく、その上で展開されたツバメ同士の空中戦を見てから、すっかり汗をかいたグラスの傍らに、彼女が自分のシロップを2つ滑らせるように置いた。


 


 いつも彼女の飲んでいる味は私にはとても甘すぎた。





 そして、





 いつも私が飲んでいる味は彼女にはとても苦すぎた。 





 


 その日は、読書はしないで、たわいのない話をずっとしていた。彼女の実家は茨城県であることや、下宿先がどこかなど、珍しく彼女は自分の事を色々と話してくれた。





 私は彼女と話がしたかったから、とても有意義な時間だった。





 だが、その日一番うれしかったのは、バージニアからの帰り道、





 飛行機雲を見つけた私は、彼女に「ほら、飛行機雲。好きなんだ」と何気なく言うと、彼女は「私も好き。前に前に。飛行機雲って飛行機の後にしかできないから」と語ったこと。






「また天気崩れるね」と少し声を弾ませて続けて言ったことも嬉しかった。

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