その理由
前菜からドルチェまで、全ての料理に説明がついたが、そんなものはほとんど頭に入らなかった。テーブルマナーを調べていなかったことを後悔した。
「これ普通に食べていいんだよね?私、マナーとかわからない」
「俺もわからん。と、とりあえず、楽しく食べよう」
と言うところで落ち着いた。
前菜のサラダにいくつか、生トマトが入っていて、彼女は「残すのもったいないから、食べて」と私の皿にすべて移した。
今日ここに集う男女はすでに恋人同士なのだろうか、みな一様に楽し気に料理を食べながら話している。私と彼女も楽しいにことに間違いはない。だが、決定的な部分が欠落している。
それを埋めるなら今日をおいてないだろう。奇跡にでも偶然にでも縋り、この気持ちを成就させられるのであれば、今日をおいてほかに吉日などありはしないのだから。
それを言うのであれば、すでに私はタイミングを逃している感が否めなかった。プレゼントを渡す時に言えばよかった。
彼女がお手洗いにいっている間に、ウェイターを呼んで会計を済ませている間にそれを悔やんだ。
幾ばくか人通りの減った通りを歩きながら、せめて、もう一度。焦った私は、もう1軒と店を探していたが、
「イヴにはイヴらしくイヴじみたことを」急にそんなことを言う彼女に私は思わず振り返ってしまった。
「どうした?急に」
「晩御飯もプレゼントも、こんなザ・イヴって言うのは、はじめてだったから」
「確かに、イヴらしかった。うん。準備も含めて。うん」私は何度も頷いた。
「ありがとね」
「照れるからもういいって」
面と向かって感謝をされると照れる。
指の上でネックレスをもてあそぶ彼女を見ていると、溜飲が下がる思いがした。満足をしたと言うか……今日はとにかく色々ありすぎた。
次の店をさがすことをやめて、私は彼女を送って行くことに決めた。
帰りの電車の中ではほとんど話さなかった、お互いに足元に視線を落したままだった。
彼女の下宿先の最寄り駅に到着しても、彼女は私に「ここでいいよ」と言わなかった。自然に、改札を出た。
「そう言や、大晦日から元旦の朝まで限定で東大寺の中門が開くって知ってた?」
「えっ、そうなの?知らなかった」
「結構、有名なんだけどな」
「4年居ても、知らないことだらけだなあ。あんまし、出歩かなかったからなぁ私。最後の年に限って、色々初めてを知る私ね」
彼女はそういうと、大きなため息と一緒に肩を落とした。
「東大寺に初詣行きたかったなあ」
「実家、27日だってけ?」
「うん。新幹線取れなくって」
「そっか」
欲を出せば、彼女と件の東大寺に初詣に行きたかったが、さすがにそれは言い出せなかった。
雪こそ降らないものの、盆地は冷える。吐く息は白く、上を向いて吹き上げれば蒸気機関車のようだ。
きっと、こうした彼女と会って話すのは今年は最後となるだろう。だから、何か話しておくことは考えめぐらせてみたが、想い当たるのはただ一つ。
それだけしか残っていなかった。
彼女は私とは対照的にずっと俯いたままだった。
「どうかした?」
私が声を掛けると、「そうじゃないんだけど…」と目元を拭ってから顔を上げた彼女の目はなぜか充血していた。
「コンタクトずれた?泣いてる?」
私は狼狽した。
「伊勢神宮とか言ってごめん。クリスマスなんだから、USJとか水族館とか行けばよかった。後悔してる」
「急になんで?伊勢神宮楽しかったし、別にUSJとかにこだわらなくても良かったわけだし」
「ディナーとかプレゼントとかサプライズとか、沢山考えてくれてて、なのに私はプレゼントも考えてなかった。遅刻して、全部任せっきりで、ごめんなさい」
最後の言葉は私にはうまく聞き取れなかった。なぜなら、途中から彼女の頬をとめどなく、水ではない温かいものがつたっていたからだ。
「いや、泣くなよ。俺は楽しかったし、サプライズもみんな自己満足だから」
静寂に包まれたその道に、私達以外に人影はなく、規則的に並ぶ街灯は立ち止まったままの彼女を照らし続けていた。
「クリスマスイヴに伊勢神宮とか、やっぱり変だよ」彼女は、私が何を言っても、そんなことを繰り返して言った。
する方にも思うところがある。
される方にも思うところがある。
「今日は楽しくなかった?クリスマスに伊勢神宮に出掛けて、ディナー行って。しかも、ホーム間違えたりのトラブル盛り沢山で、忘れられないクリスマスになったっしょ?」
「うん。楽しかったし、多分ずっと思い出すと思う」
「なら、もう泣くのやめなよ。こういうの憧れでもあったわけで…クリスマスに出掛けて、オシャレなお店でプレゼント渡したりって」
「そうなの……?」
「うん。男の憧れ?ってやつだと思う。だから、付き合ってくれて俺の方も感謝してるわけで。それに、あれだけイレギュラーなトラブルが連続したのに、ちゃんと最後まで計画通りにできたから、俺的には大団円だよ」
伝えたい気持ちが言葉を続ければ続ける程遠くなっている気がした。だから一度言葉を切ってから、一呼吸置いてから、
「だから、今日はありがとう」と言った。
「私も、ありがとう。もう言葉が出てこないけど、ありがとう。本当にありがとう」
と彼女はさらに泣き続けるのだった。
今日は色々と詰め込み過ぎた。経験値もないくせに背伸びをして頑張った。
彼女を送り届けた帰り道、澄んだ夜空に輝くオリオン座を見上げながら息を吹き上げながら何度となく想い返した。
「今日は色々ありすぎた。頑張った……頑張った……」本当に頑張ったと思う。
だが、
「……この意気地なし……」
一番伝えたかったことが伝えられなかった。
私はオリオン座を見上げながら、涙を堪えて夜道を歩いた。




