12月24日
プレゼントをコインロッカーに忍ばせて。私は彼女を待っていた。
彼女と今日、出かけることができる非現実に、私は行きかう人たちを見ながら果たして現実と夢とが混同しているようなふわふわした面持ちで駅舎の柱に背を預けていた。
大幅に待ち合わせ時間を過ぎて改札に現れた彼女。遅刻の云々を言う前に彼女の姿に私は束の間無言で彼女を見ているしかできなかった。
「ごめなさい。美容院行ってたら予定よりも時間かかって」
ばつの悪そうに開口一番に彼女はそう言った。
いつも括っている髪はおろされていて、微かに香甘い香りにしっかりと化粧を施された面貌は、いつもよりずっと目鼻立ちがはっきりとしていたし、はじめて見る薄紅色のトレンチコートからは、足首の所にさり気なく蝶がいる黒タイツ、靴はいつか見たワインレッドの革靴だった。
そんな彼女を前にして、遅刻くらいで文句を言える男などこの世にはいない。
買い替えた特急券を彼女に渡して、乗り換えのホームへ向かい、待ち時間をぎくしゃくしながら、途切れ途切れな会話をした。
初めて見る彼女の姿に私は頭の先からつま先まで緊張してしまってしまったのだ。
正直に彼女はとても可愛かった。そして美しかった。どんな賛辞を尽くしても尚、足りないくらいにそれはもう佳麗だった。こんな人とクリスマスの1日を過ごせる私は、世界で1番幸せ者であると自慢できるくらいに……
特急券に記載された時刻を過ぎても、特急は来なかった。
すっかり浮かれていた私は、1階上にもう1つ特急専用のホームがあることを失念していたのだ。この路線を、特急を利用するのが初めての彼女にわかるはずもない。最初の最初で私のエスコートは大失敗をしてしまったのだった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。項垂れて、駅係員に事情を説明すると、御好意で乗車券を次の特急の乗車券と交換してくれた。
イレギュラーなトラブルは2時間以上のロスを生んでいた。ディナーまでのタイムスケジュールを綿密に組み、印刷しておいたのだが、すでにそれは無用の長物と化している。私は特急の中で焦りながら、新しいタイムスケジュールを組み立てていた。
「ごめんね。本当に、ずっと前から約束してたのに、当日遅刻して」
お茶の入ったペットボトルを両手で転がしながら彼女は声を細めて言った。
はっとなって、彼女の方を見やると、とても申し訳なさそうに私の顔色を窺っている彼女の表情があった……
「気にしないで気にしないで、いやホーム間違えるとか、やらかしたなーって」と私はごまかして頭掻くと、タイムスケジュールの組直し作業をやめた。
目的は彼女をエスコートすることではない。
今日の目的は、彼女とのデートを楽しむ事なのだから。
計算ができない分、不安はあったが、[成せば大抵なんとかなる]私は覚悟を決めて、彼女との時間を精いっぱい大切に楽しむことにした。
最寄り駅からの道のりは歩いて行くことにした。その土地の情緒に触れたいと言う彼女の意見に私は頷いた。
伊勢神宮 内宮
彼女がメールで行きたいと言った場所。神話好きな彼女だから、妙にしっくりくると思った。
クリスマスに伊勢神宮なんて。当然そう思う気持ちはあったが、それはもう諦めた。
駅から歩いたこともあって滞在時間は2時間にも満たない。
とはいえ、なぜか、どうにかなる。そんな気がしていた。
おかげ横丁で名物の松阪牛の牛丼を食べ、活気のある土産物店を見て回る。
彼女の出で立ちが少し周囲から浮いていて面白かった。
内宮に参拝に向かう道すがら、豆砂利の道に踵をとられて歩きにくそうにしている彼女を見ると、オシャレは大変なのだと思った。だが、当の彼女は厳かで霊験灼然な他の神社仏閣と一線を画す、憧れの地に興奮を隠せない様子で、
「日本の偶像崇拝のはじまりと分岐点を同時に見てる感じ。来てよかった。本当に来てよかった」と写真を沢山撮っていた。
参拝を終え、御朱印をもらって、内宮を後にした。
特急の時間を考えると選択肢はなく、帰りはタクシーを使った。
帰りの特急に飛び乗り、座席に腰を下ろすと私にはディナーに間に合うと言う安堵感が一気に広がったが、一方の彼女は名残惜しそうに窓の外を見ていた。
「どうだった?天照大神のおわすお伊勢さんは」
「すごく良かった。在学中に行けないかな。とは思ってたんだけど、結局行かないできてたから、心残りだったんだよね」
「にしてもクリスマスに伊勢神宮って、どうなんだろうなあ」
西洋の宗教行事の日に日本国民の総氏神の地を巡拝すると言う。ミスマッチ感。
「そうかな。クリスマスだったから、人が少なかったのかもしれないし、でも結構いたよね。カップルとかも多くて驚いた」
それは彼女の言う通りだった。
そして、考えてみれば、彼女と私の関係がどうであろうと、傍から見れば私と彼女はカップルに見える。USJに行こうが伊勢神宮に行こうがそれに変わりはない。
「USJとか海遊館とかベターなデートスポットに行きつくした、高レベルなカップルが伊勢神宮に来るんだよきっと」
「そんなものかなあ。2人で居て楽しいのなら、行く場所はどこでもいいと思うんだけど」
彼女の言う事は的を射て恐らく正論だろう。
だから、今回も私はぐうの音も出なかった。




