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街カフェ バージニア  作者: 畑々 端子
14/25

スターマイン

 私達にとっては全てが最後だった。最後の前期試験、最後の夏休み、そして最後の文化祭。そんな風に考えてみると、感慨深い。


 だが、今の私には現在進行形で彼女が傍らに居ればそれで充分だった。最後の文化祭でさえも、彼女と会う口実でしかなかった。


 バージニアの閉店時間の関係で早く裏門に着き過ぎた私達は、時間を潰すために正門まで歩いた。


 正門で後夜祭で行われるビンゴ大会のカードを受け取り、依然として後片付けに奔走する学生たちの目立つ、学内を歩いた。


「どうせなら、よく見えるところがいいよね」


「でも、初見じゃ難しいよな」


 案の定、特等席と思われる本館や部室棟の屋上は定員規制で入ることができず、その他も軒並み人でごった返していた。


 初めての悲しさか、行動の全てが後手後手に回っているようにさえ思えた。


 ここにきて、[最後]と言う想いが強くなった。だから少しでもいい場所を探して頑なに歩き回ったが結果は一緒で、


「もうここでいいよ、どこもいっぱいだし」


 焦っていた私はそんな彼女の一言で、我に返った。


「なんかごめん」とりあえず謝った。


 そして、「また移動するの?」と唇を尖らせる彼女を無視して、私は本館と委員会棟との間にある非常階段へ向かった。


 付属図書館が真正面にあるからだろう、人は少なかった。


 4階へ続く階段の途中で腰を下ろした私達は、人混みが増してゆく中庭を見ていた。


「こっちに来て、花火大会行かなかったなあ」


「人にうんざりするだけだって」


「でも1回くらいは行っても良かったと思う」

 

「さっさと実家に帰るからだろ」冗談半分、嫌み半分に私がそう言うと、彼女は少し間をあけてから。


「それは後悔してる。特に今年は」と小さく呟くように言ってから、「約束があれば残ったのに」と言った。


「言ってくれれば、誘ったのに、帰るって言うから」私は弁解するようにいうより仕方がなかった。事実なのである。


「約束してれば、ゼミの飲み会だってBBQだって行かなかった」


「え?」


「それが私の言いたかったこと」


 彼女が何を言っていたのかわからなかった。私は束の間考えた。


 そして理解した。


「なら、言ってくれないとわからない。こっちは、ゼミの方を優先したかったんだと思ったし、夏休みだって先に帰るって言われたら、後から誘えないからさ」


 感情は込めず、言葉を選んで単純に私は伝えた。


「ゼミは付き合いもあるし、夏休みもこっちだと1人だったし……」


 彼女はすぐに返事をしたが、途中で口ごもってしまった。


「エスパーじゃないから、ちゃんと言ってくれないとわからないよ。正直、断られるのも怖かったし」


 本心で言えば後者がそれだった。


「断るも断らないもまず話してよ。この前も私が聞かないと感想言ってくれなかったじゃない」


「ちょっ待って、感想って何?何のこと?」


「料理のこと。感想言うでしょ普通……」


 彼女が顔を上げた。そこには以前言い争った時のような憤怒の色は見当たらなかった。


「それは……美味しくなかったら2回もおかわりしないよ。それで伝わると思った……言うタイミングを逃したのもあるけど……」


「それじゃわからない。伝わらない……」


「それはこっちも同じことだろ。はっきり言ってくれなきゃわからない」



 思えば私も彼女も、譲らないところがあった。何度か同じような平行線をたどったことがあったが、お互いに争いたくない気持ちが作用したのか、無意識に落としどころを探って回避してきた。


 居心地の悪い空気が漂う中、後夜祭がはじまった。  


 

「番号あった?」


「全然ない」


 後夜祭がはじめってすぐに、ビンゴ大会が催された。


 2人とも一様番号を聞いてみたが、手元にあるカードに並ぶ数字はほとんど読み上げられなかった。


 私は彼女と言い争う気はない。


 彼女も私と言い争う気はないはずだ。


 そうでなければ、もう何度も言い争いになっていたと思う。そして、2人で文化祭に来ることもなかった。

 何度も、幾度も、お互いに相手を試すように言葉を投げかけ合い、許し合ってきた。


「料理のことはごめん。食べ終わる頃に言ってないことに気が付いたけど、今更感があって言えなかった。でも、誘わなかったわけじゃなくて、やっぱり、先約があるように言われると、誘えないから……」


 何時もみたいに、うやむやにしても良かった。だが、もう一歩踏み込もうと思った。ここでまた言い争いになったら、私は彼女とは性格的に合わないと判断しようと思った。私は私と彼女との仲を試したのだ……


「多分そうだと思ってた。けど、言ってほしいもんだよ。感想」


「だから、それはごめん。言うべきだったって反省してるし後悔してるから」


「それから、前から言おうと思ってたんだけど、そう言う優しいこと言うのずるい」


「何を?どういうのが?」拍子抜けだった。


「喧嘩になりそうになったら、急に私の欲しい言葉をくれるから……そういうの」


「別に喧嘩してもいいけど、したい?」


「そうじゃなくて……」


 彼女はそれ以上言わなかったのか、言葉を用意していなかったのか、視線を足元に落とした。


 やがて花火がはじまった。


「やっぱりここじゃ花火あんまり綺麗に見えないな、下、行こ」


 付属図書館が邪魔になって花火の半分が隠れてしまった。


「うん」


 ただ、ごった返す中庭の方には行かず、駐輪場の方へ向かった。側面からになるが、見晴らしはよかった。

 

 冬の花火は夏と違って空気が澄んでいる分、色彩が鮮やかに見えた。


 20分間の花火。だから、駐輪場に移動してほどなくして、スターマインを迎えた。フィナーレ前の速射連発花火は有終の美を飾るにふさわしいものだった。


 私としては物足りない感を少し残しつつ、花火は微かな余韻を残して終わった。


 刹那に沸き上がる拍手と歓声。お互いを讃えあう拍手と歓声なのだろう。一様、私も拍手をしたが、最後の文化祭だと思うとどこか寂しかった。


 祭りの後の寂しさ。


 22時頃まで後夜祭は引き続き行われるようだった。だが、私達はどちらが言うでもなく大学を後にすると、佐保川沿いを少し歩いて、桜並木の途切れた開けたところにある備え付けのベンチに腰を落ち着けた。

 

 終始無言だった。


 彼女はどうかわからなかったが、私は花火の余韻にそして、もう、来ることもないであろう大学の文化祭に一抹の寂しさのようなものを感じていた。


「約束した時はずっと先だと思ってたのに、終わるとあっと言う間だったって感じがするね」


「うん……喧嘩するとさ、喋らなくなるタイプだろ」


「多分…」


「俺もそう。もういいやってそれで切れるならそれまでの関係だったんだって」


「うん。それで、本当に切れた人もいたから……意地なのか何なのかわからないんだけど、考え直して。慌てて私から連絡しても手遅れで、すごく後悔したの」


「どこからが友達なのか。とか考えてさ、もっと単純でいいと思うんだけど。不器用なんだ、こういう人間関係って言うかなんて言うか」


「ね、もっと単純に考えればいいだけなのに……」


 空を見上げれば、オリオン座だけがはっきりとわかった。


 お互いが何かを怖がるように、探り合うように明言を避けて、それに近い言葉を選んでは並べて、その場所に踏み込まないようにしていた。


「なんで泣きそうなの?酷いこと言ったのならごめん」


 私は頭を掻いた。


「違う。やっぱり花火ってずるいよね」


「祭りの後の寂しさ…かあ。なら、最後の文化祭、楽しんだってことだから、善きかな善きかな。誘ったかいがあったよ。俺も楽しかったし」


「善きかなって何よ、もう」


 そう言ってから、彼女は少し泣いた。


 川の潺に彼女の嗚咽が混じって。彼女の何もせず、何も言えなかった私は自己嫌悪を抱いて、夜空へ現実逃避をしていた。


 こんな局面は何度もあった。


 涙は初めてだったが、彼女がとても機嫌が良かった時、彼女の感性が高まっている時、何かを打てば響いたと確信がもてたタイミングが……でも、それを感じ取っていながら私は、その瞬間に臆病者だった。


 文化祭も終わった。そして残されたタイミングはもう数えるほどもない。


 それでも尚、私は彼女に聞こうとしているのだ「冬休みはいつ実家に帰る?」と。


 一歩踏み込んだ。この半時で私は、彼女との距離が縮まったと感じていた。


 だから、


「12月24日。どこかに行こう」



 そう伝えた。

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