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街カフェ バージニア  作者: 畑々 端子
12/25

ダイヤローグ

 結局、我慢ができず、彼女のマンションの近くでちょっとした言い合いになってしまった。


 ひとしきり後悔をして、翌日、彼女に挨拶をすると挨拶をしてくれたからほっとした。


「最終日に行く?花火あがるらしいよ」


「冬の花火か……」


「私は好きだよ。もともと、花火は鎮魂の意味込めてお盆頃に打ち上げてたから、夏の風物詩だけど、綺麗だから冬にも打ち上げればいいと思うよ」


「俺はひねくれてるから、むしろ冬に打ち上げればいいと思う」


「また変なこと言う」そう言って彼女は笑った。


 言い合いの翌日、バージニアに行くときも到着してからも、帰るときも、彼女は饒舌だった。

 

「帰り、お米買うから付いて来て欲しいんだけど、いい?」今日最後の講義前に彼女はそう言った。私は「いいよ」と即答をした。


 頼られることは嬉しい。普段、なんでも自分で片付けてしまおうとする彼女だから余計に嬉しかった。

 ピロティの自動販売機でジュースを買って飲んでいると「教室の外で待っててくれればいいのに、先に帰ったと思った」と少し不機嫌な彼女が速足でやって来た。


「ごめん。てっきり、いつもの場所でいいと思って」


「別にいいけど、メールくらいしてもいいでしょ。行き違いとかになったら面倒くさいし」


 今日の彼女は我儘だ。


 スーパーに行って食料品を買って、その足で、ドラッグストアにコンタクトと生活用品を買いに行った。もちろん、私も米を持って付いて行った。彼女の希望でさらに、本屋に行って、たこ焼きを買って、大きく遠回りをして彼女のマンションへ向かった。


 エントランスで少し迷ったが、彼女が何も言わなかったので、彼女の部屋に米を運びこんだ。


「ご飯食べていく?」と彼女は帰ろうとする私に言い「肉じゃが作ったんだけど」と続けて言った。


 無碍に断るのも悪い気がしたし、遠回りのおかげで時刻的にも丁度夕飯時だったので、


「じゃあ、ごちそうになります」と踵を返して、テーブルの前に腰を下ろした。


 しばらくすると、無臭に近かった部屋に肉じゃがの匂いが加わって、少し濃いみそ汁の匂いも加わって……キッチンで盛り付けやらを自然とこなす彼女の姿を見て、本当に自炊しているのだと思った。とても失礼な私だ。


「沢山作ったから、最低1回はおかわりしてね」


「どんなルールだよそれ」


 おいしそうな一汁一菜を目前にして私は、彼女にそう言いながら、笑った。


 それから2人で「いただきます」をした。


 2人分には狭いテーブルと割り箸。「ごめん、そこまで頭が回らなかった」と露骨に落ち込む彼女は意外だったし「言ってくれれば、マイ箸と茶碗持ってきたのに」と言う私に「なんかそれは貧乏くさい」と妙な完璧主義者のようなことを言った。


 彼女の得意料理の肉じゃがは少し、濃い目の味付けだったが、素直に美味しかった。味噌汁は実家で作っている自家製の味噌を使っているらしく、食べたことのない味だったが、美味しかった。


 ノルマを忘れて、2回ほどおかわりをすると「今日よく食べるね。いつもは食べないか小食なのに」と驚いたように言うので、「皿が小さいんだと思う」と頭を掻きながら言った。不思議と、いくらでも食べられると思ったし、食べられた。


 2人で「ごちそうさま」をした後、洗い物の手伝いをして、狭いキッチンではむしろ邪魔だったと後悔をした。


 先にテーブルに前に戻った私は、まだキッチンに居る彼女の姿を見て、料理の感想を言っていないことに気が付いて、さらに後悔をした。


 だが、おかわり が感想の代わりになったはずと、自分をごまかした。


 彼女と話しているととてももどかしい気持ちになることがある。厳密には、話し終わった後。


 用意していた話題は話せない、そのくせ、話はとぎれることがなくて楽しくて。

 

 はじめて、彼女を見たときの第一印象が 「 魔女 」だったと告げた。すると彼女は「うわ、酷い」と眉間に皺を寄せて「いきなり和歌を詠みだす人よりはましだけど」と言った。


「返してくる方もよっぽどだと思うけどなあ」


「だって、折角、知ってるんだし、言いたくなるじゃない。返歌なんて返歌として口に出すことなんて人生においては天文学的確率よ」


「光年の尺度ですか。人知及ぶところではありませんなあ」


 こんな風に、噛みあっているのかいないのか際どい会話ばかり。


 用意していた話題を話せないまま、楽しいと思いつつももどかしくて、それでも時間は残酷で、時計を見るたびに一喜一憂を繰り返した。

 終電の時刻が迫ると、彼女も口数が少なくなった。まるで、その時を悟っているように。また明日、大学で会う。それをわかっているはずなのに、今日のサヨナラを言い出すのがとても辛くて、結局、今夜も終電ギリギリまで言い出せなかった。


 エントランスまで見送りに降りてくれた彼女が、別れ際。


「肉じゃがどうだった?ほら、関西って薄味って言うから」と言った。


「美味しかった。本当に、ずっごく美味しかったよ」と私はやや大げさに言った。

 

 本当に美味しかった。だから、そう率直に伝えたのだが、それだけではどうしても嘘っぽく感じて、でも、それしか言えなかった。


「ありがと。素直に喜んどくね」少し照れを隠して視線をはずした彼女は可愛かった。


「また明日」


「うん。おやすみ」


 小さく手を振る彼女に大きく手を振り返して、駅へ向かった。


 帰路の道すがらも家に帰って、眠りにつくまで、明日のことよりも、ずっと彼女と共に過ごした日々を回想していた。彼女と話したこと、彼女が不機嫌になった話題、私の失言。楚々とした彼女の仕草。




 その日の夜はとても心地よい眠りに落ちることができた。


 

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