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街カフェ バージニア  作者: 畑々 端子
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バージニア


その季節季節において好きな歌がある。6月は愛おしい人にまだ一緒にいて欲しいと思う気持ちを歌ったこの歌が好きだ。





 鳴神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ




 そして、 この歌には、たとえ雨が降らずとも、あなたが留まるなら私も留まります。と言う意味の返歌がある。


 


 鳴る神の 少し響みて 降らずとも 我は留まらむ 妹し留めば



 そして、この返歌をしてくれたのは、後にも先にも隣の腰かけていた彼女だけだった。








 経済学部のくせに、考古学や古典が好きだった私は、経済学の参考書など読みもせず、日本書紀や古事記、万葉集を読んでいた。





 とかく万葉集には心惹かれるものがあった。千年もの昔に読まれた歌だと言うのに、どうして、現代に生きる自分の心を打つのだろうと不思議で仕方がなく、男女と問わず誰かを愛おしいと想う気持ちや悲しいと思う気持ちに今も昔も変わりはないのだと、人の本質は千年の悠久を超えてなお何一つとして変わっていないのだと。そう思うと、嬉しくなってしまったのもある。





 大学から20分ほど歩いたと閑静な住宅街の中に、そのカフェはあった。その名はバージニア。常緑樹に囲まれた庭に控えめなイングリッシュガーデン。庭を望むテラスに置かれた長椅子に腰かけると、そこは箱庭。





 吹き抜けのように見上げた空がとても高かった。






 雨の日は何もしなくてもいいよ。と言われているようで好きだし。晴れの日は何かと急かされているようで苦手だった。





 だから、雨の日は講義をサボってバージニアのテラスで過ごすことが多かった。





 彼女は私がバージニアを見つけたとき、すでに、テラスの長椅子に腰かけてソフトカバーの小説を読んでいた。


 セミロングの黒髪に涼しげなブラウス、鼻筋の通った顔が妙に細身の体躯に合っていた。今から思えば、雰囲気のある麗人と表すに相応しいそんな彼女の事を、私は一目見るなり魔女だと思った。





テラスの長椅子に荷物を置いてから、店内に行って、アイスコーヒーを注文する。砂糖はなしでミルクだけ。特製ハニートーストも何度か進められたけど、私はアイスコーヒーしか頼まなかった。


 彼女はいつも足を組んだまま、文章に憂鬱そうな視線を落としていて、私の存在なんてまるで気にもしていない様子だった。


 テーブルの上、彼女の手元にもアイスコーヒー。ミルクとカラのシロップ容器が2つおいてあった。


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