情報屋と勇者
この世界は理不尽だ。
四足のケモノと二足のケモノがいた。
神は、四足には野山を走る力を、二足には物を考える力を与えた。
そのうち、二足は自分たちのことを「ヒト」と呼ぶようになり、自分が持つ力を《アビリティ》と呼ぶようになった。話が通じる四足を「ケモノビト」と、話が通じない四足を「ケモノ」と呼ぶようになった。
四足が二足から「ケモノビト」「ケモノ」と呼ばれるようになった頃、四足の古いものは二足の古いものにこう言った。我々はすべて四足であり、その中に優劣はない。四足をそう分けるのなら、二足もそうするべきではないか。
それから、二足は四足を見かけるとどんな形の四足でも連れ去るようになった。話の通じる通じない関わらずだ。
とある雪が降る時に、子供を生む四足だけが連れ去られたこともあった。その雪が止んだころ、連れ去られた数と同じ四足の皮が、二足の住処の外に吊るされた。
四足は怒った。二足と戦うことを決めた。
たくさんの血が流れた。
たくさんの四足がいなくなった。
だから、四足は二足を嫌う。
二足の力を嫌う。《アビリティ》を忌み嫌う。
四足なのに二足の力を持って生まれた四足は、四足ではなく、二足なのだと言う。
この世界は理不尽だ。
★★★
二足は……ヒトは、時折「ユウシャ」というヒトを他の世界から連れ去ってくることがある。
その「ユウシャ」なるヒトは、ヒトの古いものから四足を滅ぼすように言われるそうだ。
だが、今度の「ユウシャ」は違うらしい。
二足の古いものの言葉を疑い、自らの目で真実を確かめるのだと。
とは、本人談。
……そう、なぜかそいつが目の前にいる。
「……という訳で、情報を売ってほしい」
それは──その少年、ユウシャは、無精ひげが生えた、どちらかと言えば怪しいと分類されるであろう黒髪の男に向かって深々と頭を下げた。
男は目を細め、唸り声のような何かをあげる。
「と言われても困るんだが」
「どういうことだ?」
「もっと具体的じゃないと提供出来ないんだが」
「具体的って言われてもなあ……俺もそこまで……」
「大体お前、どこで俺のことを知ったんだ?」
「聞いたんだが?」
「……はァ、どいつに」
「パン屋のおばさんと、革職人のオヤジさんだろ……あと……」
男は眉を寄せる。ここ何十年と王都に住んでいるが、そのものは姿を見せた覚えはないはずなのだから。
男に名はない。
そもそも名などつけられたこともない。
ただ、生まれ落ちた時に不都合があったために、一族から──四足から、追い出された不甲斐ないイキモノだと、四足のなれの果てだと、男は自らのことを考えている。今は二足の姿をしているから二足から迫害されることはないが、恐らくそれが彼らに判明したときはひどい目に遭うだろうことは想像にかたくなかった。
追い出された時に命を落とさなかったことが不味かったらしく、一族から追われる立場になったとき、男は情報を集めることにした。
捕まりたくなかったからだ。
その過程で、二足にまつわる様々なことに出くわした。帝国だの、王家だの、戦争だの。そしてその影には必ずといっていいほど彼の一族が関係していた。それに捕まらないよう、男は必死に奔走した。結果として、その全てにうまく渡りがつけられ、おまけとして、何故か二足に感謝されることになっただけだ。
だから、男には《ハヤミミ》という通称がつけられ、影で有名人扱いされている。
曰く、どんな情報でも《ハヤミミ》の所でなら得られる。曰く、逃げた嫁から税率のアレコレ、気になるあの子の好きなもの、それから明日の天気まで。
その実と言えば半分……いや八割ほどが彼の名を語った別人の手によるものだが、男はそれを気にしたことはなかった。むしろ名乗ってくれてありがたいとさえ感じていた。
そういうこともあり、二足の間では、《ハヤミミ》というのは情報屋の通称のようなものになりつつあった。
──だから、男には目の前の少年が恐ろしかった。
あっさりと自分のもとに辿り着いたことが。
それなりに罠や嘘も仕込み、遠回りするようにしておいたはずなのに。
「お前さんの《アビリティ》は?」
「アビリティ? ああ、能力のことね」
昼時の、割と混雑した定食屋兼酒場では、会話は全て雑音となって溶けていく。だからこそこういった会話は埋もれやすく、また聞かれやすい。
「確かこんな紙貰ったぜ」
ほいよ、と手軽に「ユウシャ」と名乗る少年は一枚の折りたたまれた高級な紙を渡してきた。材質からして、確かにこの紙はヒトの王族が使うものだ。ということは、こいつが「ユウシャ」であることは事実らしい。
紙を開く。
そこには「ユウシャ」固有のスキルであるそれと、他にこの事態の原因となっただろうもの、それと【雷光】という文字が書かれていた。
男はその紙をさり気なく折って、「ユウシャ」に返した。
なるほど、納得はしたくないが理解はした。つまりはそういうことらしい。
「これは大事に持ってろ。アンタの身分証明みたいなもんだ」
「お、おう?」
「その紙は、王家しか使わない」
見せびらかすな、という言葉を暗にちらつかせると、「ユウシャ」は納得したように軽く頷いた。
「他に見せたりは」
「してねえ。そもそもこれがそんなに重要だって今知った」
「そうか」
情報屋は深く息を吐く。
瞳の奥に覗いていた不真面目さは息を潜め、仕事用へと感情を切り替えていた。
「それで、何が知りたいんだ」
「この国を転覆させるにはどうしたらいいんだ?」
「俺はお前さんの質問にどう答えたらいいんだ?」
★★★
聞けばユウシャ、召喚直後の会話で、国王と少々の嗜好の──それも食べ物の、である──食い違いで仲違いし、この国の崩壊を宣言して飛び出してきたのだとかなんとか。
二足が取り仕切っているため、この国の国民ではないが長年住んでいたために僅かではあるが心地よさを感じていたため、それだけで滅ぼすと言われてしまうことに悲しみを覚えざるを得ない男である。
「だって国王さん、目玉焼きには塩だっていうんだぜ!? 目玉焼きにはソースだろ! 塩とかほんっと有り得ないだろ、だからこんな国──」
「……そもそも、お前の好む味付けが、お前の住んでいたところとは異なるらしいこの世界に、そしてこの国にあると思っているのか……?」
「はっ」
「…………あのな、俺らからすれば【そーす】とは何だ、って話なんだよ」
「そういうことかー!」
どうやらユウシャは文明による食文化の違いにやっと気付いたらしい。
「すまん、おっさん……明日国王さんに謝ってくるわ」
「是非そうしてくれ」
「迷惑かけてごめんな、これ報酬だから」
ちゃり、と頼んだ定食分よりも明らかに過剰と思われる量の金貨が机に置かれる。その多さに、男は眉をひそめた。
「…………俺は何もしていないんだが」
「話聞いてくれたろ? それで充分だって。あとおっさんの飯代──」
「それにしたって多すぎるんだが」
「そーなの?」
ユウシャの反応に溜め息を吐く男。
彼の金銭感覚もこの世界に適したものでないと男の情報屋として養った直感は告げている。
どうやらまだまだ付き合いは続くようである。