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その少年は女王の傍らに座す 7話

 寝室はかなり広く、そして豪華だ。天井ははるか上にあり壁には巨大な鷹がはばたく巨大なタペストリーがかかる。鷲が見下ろす床には毛足が長い絨毯、その中央に天蓋付きのベッドがあり、この国の王が苦しそうな呼吸音とともに寝ている。それを見下ろすように立つ背の高い女がいた。

「確かに先程の絵よりは貧相だな」

 そう感想を述べたのは、背の高い女の横に立つ黒い髪の少年だ。身なりを整えられたその少年はまだ男性的な体つきはしておらず、中世的な顔立ちと相まって少女のようにも見えた。だが、その表情には外見の年齢にそぐわない落ち着きと、冷徹さが見られる。

「まぁ、ね。よく私と似ていないと言われたわ。私はこの人とは違って外に出て遊ぶ方が好きな性質だから」

 女は無感情にそういった。色の濃い金髪に褐色の瞳、背筋をぴんと伸ばし堂々としている。服は先程までの濡れたものではない。質の良い絹の上掛けに足元を覆うドレス、装飾はそこまで華美ではないがその女の雰囲気に負けない程度にはしっかりとした設えだ。

「この男、このままならあと二日、一度も目を覚ますことなく死ぬぞ」

 少年が横たわる男を見下ろしながら言った。

「そういうの分かるの?」

「生き物の死期はわかる。わかったからと言って何かするわけではないがな」

「ふーん」

 女は実の父親を見ているとは思えないほど冷たい目をしていた。

「なら早く準備しないと。王城に私の味方を増やしておかないとね」

「そんなにお前には味方が少ないのか?」

「まぁね。一応第一継承者だけど、従兄殿が騎士団を牛耳ってるからいざって時に私が抵抗できないってみんな知ってるのよ。でもこのタイミングで私が戻ってくれば私が次の王位につく可能性が高まる。どちらにつくか、考えてもらう必要があるわ」

 女がドレスの裾をなびかせて踵を返す。

「行くわよ、ヨル。しばらく忙しくなるわよ」

「書物庫の件忘れるなよ、メリー」

「もちろんよ」

 メリーは死に瀕している父に対して最後の一瞥もせず出口の扉を開いた。

「あぁ、メリー」

 扉の外には、白衣を着た年配の男と数人のメイドが待機していた。彼らは扉をあけて出てきたメリーに気付いて顔を上げる。

「先生、席をはずしてもらって申し訳ありません」

 メリーは先程の残酷なほど無感情な表情を一変、気丈に振る舞う芯の強い女性の様な表情へと変わっていた。

「いやいや、娘が父と会いたいと思う気持ちは当然のものだ。そう言った権利は王と王女であろうと、市民であろうと、奴隷であろうと守られるべきだと、私は考えている」

 年配の男は沈んだ声ではあるものの深い知性を湛える落ち着いた声でメリーに話しかけた。メリーは俯きながら、無言で軽く礼をする

「正直に言ってください、先生。父が意識を取り返してまた健康に戻ってくれる可能性はあるのですか?」

 メリーは沈痛の面持ちを作り白衣の男に声をかける。そのつらそうな顔を見た男は視線をそらし、メガネをはずしながら目頭を押さえる。

「…………すまない」

 メリーが拳を握って無言でその言葉を噛み締める。その様子を見たメイドたちはこらえきれずに嗚咽をこぼした。

「私にはどうにもできん。薬を投与しようにも、陛下の体は弱りすぎている。死期を早めるだけだろう。すまない、メリー」

 男は震える声でそういった。

「いいえ。先生にどうにもできないのなら、もうどうしようもないのでしょう」

 メリーは気丈にも背筋を伸ばし、声の震えを隠している、そんな声を出す。

 ヨルはその様子を誰にも見えない位置から白けた様子で見ていた。

「先生、私はこれから父が残してくれた時間を使って精一杯やれることをいたします」

「そうか………確かに陛下はおそらくそれを望んでいる」

「私には先生の助けが必要です。お力を、お貸し願えないでしょうか」

 メリーは細い指で置いた老人のような皺のある手を握る。その時、さりげなくまだ馬からこけた時に出きた生々しい傷を見せた。

「メリー、この傷はどうしたんだい?」

「これは……」

「いや、聞く必要はなかったね。君がこの城に戻るために無茶をしたのは私の耳にも入っている。きっと、噂以上の頑張りと幸運があったのだろう。アィシカもひどい事をする……」

 年輩の男は怒りが感じられる言葉使いで一言、軽い呪詛の言葉を吐く。

「分かった。私もできる事はしよう。知り合いに多く声をかけておくよ」

「ありがとうございます!」

「忘れないでくれ。私たちは、陛下とメリーの味方だ」

「本当に、いつもありがとうございます」

 メリーは涙を潤ませて男の手を強く握り、そして小さくその涙を拭う。

「では、先生」

「あぁ、メリー、君に王鷲の爪が宿らんことを」

「願わくばそれで得物を掴むことを」

 そう言ってメリーたちは足早に王の寝室から離れて行った。



「なんだ、さっきの茶番は」

 ヨルが呆れたような口調でメリーに問いかける。

「ああいう感動してくださいっていうありきたりな設定が、年食った素直な善人には効くのよ。彼は私の大事な支持者だからね。大切にしないと」

 メリーが先程のしおらしい表情など無かったかのようなけろっとした顔で肩を竦める。

「誰なんだ、さっきのは」

「宮廷医師長よ。この国の医療従事者組合にもかなり顔が利くし、無害な性格だから広く慕われているの」

「ほう」

「あとかなりの穏健派、私の支持基盤の要ね。ついでに言うと私の昔の家庭教師」

「それで先生か」

「えぇ。私はこれから穏健派の支持基盤固めと、利に敏い中立派の勧誘、私が王位を取った時に真っ先に潰されそうな事をしている過激な連中への裏切りを唆しに行くわ」

「次は、その中のどこに行くんだ」

「まずは中立派よ。次のは変な演技しなくていいから楽だわ」

「ほう。どうするんだ?」

「ヨル、重さが釣り合っている天秤があるとするじゃない?」

「あぁ」

「それを片方に傾けたいなっていうときはどうする?」

 ヨルがにやりと笑いながら、握った拳に僅かに鱗を浮かせて続けた。

「傾けたい方の天秤の皿を殴れば良い。上から思いっきりな」

「ね?私の手は小さいから、殴りつけたりはしないけど」

「どうする?」

「踏みつけるのよ」

 メリーはこの上なく生き生きとした表情で言った。

「思いっきりね」

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