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その少年は女王の傍らに座す 6話

書き溜めていた分が終わる

「アレンナ、あまり抱き着いたら濡れてしまうわよ」

 メリーが優しく笑いながらそアレンナの黒髪を撫でる。

「ひどい目にあっていませんでしたか?お体は大事ないですか?」

 アレンナはうるんだ目で見上げながら涙声でメリーに話しかける。

「大丈夫よ。心配ないわ」

 メリーはまるで慈母のように優しく、それを見たアレンナはさらに瞳を潤ませた。

「無理はなさらないでください。私がいながらあんな野蛮な男たちに連れて行かれるのを許すなんて、私はメリー様が連れて行かれてから夜も眠れずに過ごしていました」

「あなたはそういったことをする役目を負っているわけではないでしょ。何でもかんでも自分のせいにするのはあなたの悪い癖よ」

 メリーはアレンナの目から涙がこぼれはじめるのを見て、その眼もとに指を触れる。涙を拭われたアレンナはその触れた指をはっとした表情で握った。

「メリー様!お体が冷えておられます!」

「全身びしょぬれよ。嫌になっちゃう」

「まさか、この雨の中来られたのですか?」

「えぇ。そうでもしないと抜け出せそうになかったから」

「大変!すぐにお湯を沸かします。お風邪を召したら大変です」

 アレンナはすくっと立ち上がると、メリーの手を引きながら彼女の来た道を走るように引き返した。

「アレンナ、ちょっと待って」

 メリーはアレンナに声をかけながらヨルの方を振り向く。ヨルはアレンナの方を興味なさそうに見ていたが、メリーのそばをぴったりとついて離れてはいない。

「こいつは誰だ」

 ヨルがメリーの横を走りながら小声で尋ねる。

「私の乳姉妹のアレンナ。私の身の回りの世話をしてくれてる侍女よ」

「ずいぶんと細いな」

「スタイルがいいでしょ。割と胸もあるわよ」

「鱗がなければ性愛の対象外だ」

 ヨルは一心不乱に走るアレンナの方を再度見る。

「こいつ、我のことが見えてないのか?」

「何かあると周りが見えなくなる子だから」

 メリーは引っ張られながらアレンナの方をみる。

「それは、侍女としてどうなんだ」

「別にいいのよ。そっちの方が都合いいし」

「ずいぶんだな」

「いいのよ」

 アレンナは城の廊下にある扉の一つを勢いよく開け放つ。

「メリー様のお部屋にある湯船は時間がかかりますので、とりあえず私の部屋のものをお使いください」

 アレンナが開けた部屋は広く、王城の中の部屋にふさわしい豪華さがあったが、どことなく生活感に掛けた部屋だった。余りこの部屋に人が入らないのだろう。

「アレンナ。もしかして、ずっと私の部屋にいた?」

「はい。メリー様がおられない間、誰かが荒らしに来ないとも限りませんので」

 アレンナは手早くその部屋の奥につながる扉を開けるとその中に入り、何かをした後すぐに飛び出してきた。

「メリー様の服を取ってまいります。少々お待ちください」

「アレンナちょっと待って」

「はい?」

 アレンナはスカートをまくって飛び出そうとしている所を止められて首をかしげる。

「体を温めたら、父に会いに行くわ。それに応じた服を取ってきてね」

「はい、かしこまりました」

「あと、この子の服もどこからか取ってきてもらえないかしら」

「この子?……あ、いつの間に」

 アレンナはメリーの傍に立っているヨルの姿に初めて気づいたとでもいう様に目を開く。

「ずっと私と一緒にいたわよ。ここに来る途中、途方に暮れているのを見つけて保護したの」

「メリー様、ですがそれはずいぶん不用心な」

「夜の闇に怯えているようだったの。聞けば孤児だというし、放っては置けないわ」

 メリーがヨルの頭を優しくなでる。それを見たアレンナの目には涙が溜まり始めた。

「なんとお優しい……。メリー様。メリー様は優しすぎます」

「市民の幸せは王族の義務。せめて私の手の中にある人くらい助けたいと思うのは当然よ。アレンナ。この子の服も頼むわね」

「はい。はい。もちろんです」

 アレンナは感動の涙をぬぐうと、早朝の城を駆けて行った。

「…………闇に怯えるだと?よくもまぁ、適当な事を」

「じゃあなんていったらよかったの?兵士を惨殺した犯人と手を組んで王位を奪取しに行く、って言うの?冗談でしょ」

「フン。まぁ、良い」

 ヨルはアレンナの部屋の奥に一人で歩いていくと、先程アレンナが入った部屋の扉を開ける。

「ほう、すぐに湯が出るのだな」

「常に一定以上の量の湯を蓄えてあるの。城の者はお湯につかるのが好きだから」

「それはまた。ずいぶんと豊かな国だな」

「そうね。豊かな資源と土地に恵まれた土地であることは確かよ。それだけいろいろ問題はあるわけなんだけど。それより、ヨルもお風呂に入る?」

「そうだな。人間の姿である以上、入らざるを得んだろう。鱗で覆われておれば必要ないが、そうもいくまい」

「そう」

 メリーはそういうと濡れた服をうっとおしげに脱ぎ去ると、体の水気を軽く拭う。メリーのすべらかな胸元に埋め込まれたヨルの鱗が朝の光を吸収して黒く沈む様に見えた。

「ヨル、これ何とかならない?目立ってしょうがないわ」

「もっと奥に埋めても構わんが、心臓に近くなると面倒だ」

「なにそれ。そんな危ないの、これ」

 メリーが一瞬慌てた様に胸元の鱗に触る。

「安心しろ。今の位置にあればお前の心臓が数倍膨れ上がっても触れる事はない。そもそも触れる位心臓が大きくなったらその前に死んでいる」

「他の所には影響はないんでしょうね」

「ない。今までも何回か埋めているが、それが原因で死んだ奴はない」

「それならいいんだけど………他の人に肌が晒せないわね」

「傷の痣だとでも言っておけ。存外気にはするまい」

 ヨルはそう言いながら自らもシャツを脱ぐ。

「あんたの体は、普通の子供の体ね」

「忌々しい事にな。体の内側には我がいるのに、一部しか出せん。全身鱗で覆う事くらいならできそうだが」

「やめてよ。私がトカゲの化け物を近くに匿ってるって思われるじゃない」

「トカゲだと?ひどい侮辱だ」

 ヨルは不機嫌そうに顔をゆがめるとさっさと服を脱いで風呂場の方に歩いて行った。

「なんか服を脱ぐの慣れてるわね。良く着るの?そういうの」

「服なんぞ着る訳ないだろ………ん?そう言えばそうだな。なんで我は服を脱ぐのに手慣れておるんだ?」

 風呂場で自分の手を見上げながら、ヨルが茫然とつぶやく。

「なんか色々面倒臭そうね」

 メリーがそのヨルを尻目に湯船に体を沈める。湯の嵩が上がり、メリーの全身が透明な湯に包まれる。

「ほら、ヨルも入って。アレンナが戻ってきたらすぐに父の所に行って、それからいろんな人の所に声をかけに行かないと」

「忙しい事だ。書物庫の件忘れるなよ」

「もちろんよ」

 ヨルは一瞬湯の温度を確かめると、メリーと向かい合うように湯船に入った。

「どう?気持ち良い?」

「まぁまぁだ」

 ヨルは目を閉じゆっくりと息を吐きながら深くまで体を浸けた。

「そうしてると、本当にただの子供みたいね」

 メリーは無意識にヨルの頬に手を伸ばし、キメの細かい肌に触れる。

「ん?あれ?あなたの体、よく見たから傷だらけね」

 ヨルはそう言われて自分の体を見た。確かに顔には目立った傷はないが、湯の揺らめきの中、腹や腰、足に見過ごすことが出来ない量の傷が散在していた。

「古い傷だな。火傷の跡もある」

 ヨルは無感動に傷を撫でて行く。

「痛くないの?」

「痛くない」

 ヨルは脇腹に付いたひと際大きい火傷跡に指を這わせる。

「追々調べて行く必要があるな」

「痛くないんなら良いんだけど」

 メリーは手近のブラシを手に取ると湯船から出て体をこすり始める。

「急いでるんじゃなかったのか」

 ヨルは縁に手をかけてメリーの方を見た。

「惨めな格好で行く必要はないもの。それにアレンナはまだよ」

 上機嫌に体を清めるメリーを鼻で笑うと、ヨルは頭ごと体を湯の中に入れた。ぼんやりと目を開け、妙に薄暗い光を水面越しに眺める。体をリラックスさせながら湯船の底で体を広げていると、ヨルの視界にぼやけたメリーの顔が入ってきた。

「大丈夫?」

 反響した声がヨルの耳に入る。ヨルは勢い良く身体を起こし、空気の中に顔を上げた。

「何がだ?」

「だって、水の底に沈んでるんだもん」

「別に何もない」

「てか器用よね。普通あんだけ体くつろいでたら水に体が浮くと思うんだけど」

 メリーがそう言うと、ヨルは黙って水面を見た。

「どうしたの?」

「ふむ。分からん」

 頭を振って水気を飛ばす。

「理解できないことを理解しようと思案するのはあまり得意ではない」

 ヨルはそう言いながら、か弱い少年の手を鉤爪のように曲げた。


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