表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

その少年は女王の傍らに座す 4話

「あの門から入るわ」

「我の助けは中に入ってから、という事になるかな」

「そうとも限らないわ。基本的に夜は門を開かないし、外からの人間も入れないことになってるから」

「待つのか?」

「こんな雨の中?冗談でしょ」

 メリーは馬の速度を落として、ゆっくりと門に近づいていく。近づけば近づくほどその門の巨大さに圧倒され、初めて訪れたものは一度はその門の偉容を見上げるに違いない。だがメリーは緊張した様子も見せず、背筋を伸ばし堂々とした足取りで馬を進める。

「だが夜には入れないんだろ?どうするんだ」

「私が王女であることを認識させて、無理やり開けさせるのよ」

「なるほど。それはうまくいくのか?」

「うまくいかなかったら、その時はその時よ」

 メリーは間近に近づいてきた門の脇にある小さな扉の方に馬を進めると、慣れた動作で馬から降りる。そして扉の前に立つと、拳でその扉を叩いた。だが分厚い扉がメリーの力を吸っているのか、ほとんど音が出ない。

「面倒ね」

 メリーは苛立ちの声と共に足を後ろに引き思いっきり足の底で扉を蹴り飛ばした。それを何回か繰り返すと、扉の上の方についている覗き戸が小さく開き、そこから顔が覗いた。

「王都は朝にならんと開かぬ。日が昇ってから出直してこい」

 それだけ言うと、覗き戸は閉まった。メリーの顔に浮かぶ苛立ちが深さを増す。先程よりも強い力で扉を蹴り飛ばした。

「なんだ」

「私は、誇り高き平和を戴く王国マールの第一息女にして次代王位継承者である、メリーデゥル・フォン・マールです。父の容体が悪化したと聞いて尼僧院から帰って来ました。火急です。今すぐ門を開けなさい」

 覗き戸から見える眠そうな兵士の瞳を、怒りすら伺える顔で睨み付けて一息にそう言い放った。

「王女であられる証明はございますか」

「誇り高き王国マールの兵士ともあろうものが、この顔を見忘れたか」

「あいにく、王女の顔見せの折に見えるそのお姿は、遠すぎて草のタネほどの大きさしかないもんで」

 それだけ言うと、覗き戸はまた閉められる。奥からは大きな欠伸をする音が聞こえてきた。

 ヨルはメリーのこめかみに太い血管が浮かんだのを見た。

「ヨル」

「門を吹き飛ばすんだな。よし来た任せろ」

「ンなわけないでしょ」

 メリーは馬から飛び降りたヨルに、言い返した。

「じゃあ壁か?そっちでも行けるぞ」

「この扉よ」

「指先一つで十分だ」

「なんでそう乱暴なのよ。私の力になるっていうならもっと落ち着いて頂戴。扉を前にしてすることと言ったら、その扉を壊す事じゃなくて、礼儀正しいノックでしょ」

 相変わらずこめかみには青筋が浮かんでいるが、その顔には感情の高ぶりからくる笑みが浮かんでいた。

「足で扉を蹴りつける女には言われたくない」

「ヨル。あの兵士に、礼儀正しいノックを聞かせてあげて頂戴」

 メリーは歯を剥き、褐色の目には強い光がともっていた。

「この扉が壊れない程度の力で、でも最大限強く」

「契約だからな。仕方ない」

 ヨルはわざとらしいお辞儀をすると、拳を固めて扉の前に立つ。その拳と腕全体に闇色の鱗がうっすらと浮かび上がると、それを叩きつけるように腕を振るった。

 ヨルの拳が扉に触れた瞬間、周囲に降りしきる雨が衝撃によって吹き飛ばされる。低い轟きと共に扉に十字の亀裂が走り、木枠が震え、詰め所の中で爆発があったかのような強烈な爆砕音が響き渡った。

「む。もろいな」

 ヨルは頭を掻きながらメリーの方に戻る。

「な、なんだ!?」

 兵士が数人、剣だけを持って詰所の外に飛び出してきた。その兵士達の眼の前にメリーが仁王立ちになって立つ。そして、右の中指に嵌る猛禽の姿が象られた指輪を兵士全員に見えるように高く上げた。

「愚か者ども、この誇り高き王国マールの王族のみが身につける事の許された王鷲の家紋を見よ!これを見てなお私の前を遮ると言うのなら、しかるべき後にお前たちが望むような処遇を与える事になるぞ!」

 メリーはわざと古めかした言葉を、雨の性で濡れ鼠になっているとは思えないほど堂々とした声で言い放った。兵士達はその指輪の家紋を見ると、一瞬で顔から血の気が引き、雨にぬれた石の地面に平伏した。

「た、大変申し訳ありません!知らぬこととはいえ、メリーデゥル王女殿下の前を遮るという無礼、お許しください!」

 額を地面に擦りながら必死に許しを請う兵士達の姿を見て、メリーが冷たい言葉をかけた。

「私は急いでいると言ったでしょう。さっさと私を城壁の中に入れなさい」

 その恐ろしい声色に兵士達が足を滑らせながら立ち上がり、巨大な門の脇にある小さな扉の鍵を取りに走った。

「あと代えの馬を用意しなさい。私はすぐにでも王城に行かないといけないのです」

 背筋を伸ばした威厳のある雰囲気を漂わせながらすぐに次の指示を出す。

「王城の方に伝令を―――」

「必要ありません。伝令に使う早馬がいるのなら私に渡しなさい」

 言葉の端に苛立ちを匂わせながら、兵士達を従わせる。

「殿下。扉が開きました」

「そう」

 メリーは腰を低くしながら近づく兵士に顎をしゃくって扉の方に案内させる。

「あと、そこの子供は私の従者よ。もし無礼があるなら、その無礼は私への無礼になると心得なさい」

「こ、心得ました。」

 兵士達のヨルに向けられる目が、殆ど恐怖の様なものに染まる。ヨルはまるで気の弱い少年のように肩を竦めながらメリーのほうに走り寄ると、怯えたようにメリーの後ろに隠れた。

「鞍と鐙は載せてあるわね」

「は、はい。もちろんです」

「ご苦労」

 メリーとヨルは扉を抜けると、門のすぐ内側はそこまで家屋もなく、石で舗装された広い道路が幾筋かだけまっすぐ伸びていた。道のわきには街路樹が植えられており、それがはるか遠くまで伸びているのが、兵士の詰所から漏れるわずかな光の中で見えた。

 メリーは特に何か感慨を覚える様子もなく用意された影の馬に近寄ると、慣れた様子で鐙に足をかける。

「道は雨で滑りやすくなっております。お気をつけて」

 見送りの兵士の言葉を鼻であしらうと馬の上から手を伸ばしヨルを自分の鞍の前に引き上げ、兵士たちに一瞥をくれることなく、馬の腹に蹴りを入れ夜の道を駆け出して行った。

「俺たち、どうなるんでしょ……」

 その後ろ姿を見ながら、ひとりの若い兵士が呟いた。

「王族に無礼を働いたとなったら……」

「な、なーに。心配すんな。王女様が帰ってきたってことは、跡目争いが始まるってこった。こんな一介の兵士にかまってる余裕なんかないほど忙しくなるって」

 年嵩の兵士がひきつった笑顔を浮かべながら若い兵士の肩をたたく。

「隊長。この扉どうしましょ」

「ん?どれだ?」

「これです」

 詰所の中から呼ばれた年嵩の兵士が行ってみると、そこにはヨルがノックした扉がほとんど扉の機能を失った状態で蝶番にぶら下がっていた。

「…………これ、何をどうしたらこんな風になるんだ」

「王女殿下がやったんでしょうか」

「………深入りしたらまずい気がする。王女が我々の無礼を思い出してもつまらん」

 年嵩の兵士が腕を振って周囲に指示を出す。

「とりあえず、夜が明けるまでこのままだ。朝になったら、口の堅い大工を誰か呼んで直してもらえ。それでこの件はおしまいだ」

 彼は一瞬だけ王女たちが走り去った方向を見ると、すぐに目をそむけ口の中で魔除けの言葉を呟きながら暖かい詰所の中に戻って行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ