その少年は女王の傍らに座す 2話
「とりあえず、今私の父が危篤状態なの父が死ぬまでに王都に到着して、従兄が動き出す前にこちらの地盤を固めないといけないわ」
「その都はどこにある」
「この道をまっすぐ行ったら着くわ。馬をとばして夜明けまでにはつきたいの」
「うま、か」
少年は血の匂いに当てられ動けない状態になっている獣の方を見る。
「私に乗った方が速かろうて」
少年はそういうと、腕を膨張させ闇色の鱗の浸食を体中に進めていく。両の指先から始まり、腕、肩、そして体をうろこの浸食がすすむにつれ少年の体は異形の姿へと変貌していく。
「……ん?」
だがその浸食はある一定の地点まで進むと急速に勢いが衰え、鱗が頬にかかるところまで進んだところでぴたりと静止した。
「んむ……」
ヨルは両脇を龍の肢体にしたまま目を閉じ、しばらく呼吸を整える。
そして闇色の瞳をカッと見開くと、渾身の力を振り絞り、体中からぞっとする様な迫力と気迫をほとばしらせながら気合の声を上げる。
「かぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
周囲の木々が揺れ、夜闇が恐怖に戦く。少年の黒い髪が逆立ち、その圧倒的な迫力に、メリーの肌に恐怖の鳥肌が立つ。だがそれほどの力をもってしても、両の腕と首元のほんの一部以外は弱い少年の姿のままだった。
じきにヨルは少し息を荒げながら、声を上げるのをやめる。
「どうしたの?」
「ぬぅ………我の体も、翼も、力も、この体の中にあるというのに。忌々しいこの子供の体が邪魔をしてこれ以上外に出せんでないか」
人の体ほどもある前脚の爪を見つめると、急速にその足が元の少年の姿に収束していく。そして、再度目を閉じ、眉間に皺を寄せながら集中を高めていく。
今度の変化は腕ではなく体から始まるものだった。
首元から乱立する針山のような鱗が生え、ヨルの着る服の下にもぐり肩口から鱗の侵攻が垣間見える。特に顕著なのは背中の変化だ。背中の盛り上がりがゆったりと服を飲み込み肩から足の付け根を覆うと、人の肩甲骨のあたりから骨が軋んで砕けるような音とともに巨大な翼が生える。その翼は幅の広い街道を横断してなお森に影を作るほどの巨大さだった。強靭な筋肉と小さな鱗が密集しているその翼は一度羽ばたけば周囲の木々をなぎ倒ずほどの風を捕まえられそうだった。
だが、鱗の侵攻はそれ以上進まず、特に顔への浸食は首のあたりでせき止められているようだった。
「ぬぅ………忌々しい」
少年の体に似合わない巨大な翼を揺らしながらヨルが不満そうにつぶやく。
「だが、これで飛べるな。あの獣より速く動けるぞ」
ヨルが嬉しそうに巨大な翼をピコピコさせる。
「いや、それじゃあだめよ。私は普通に王都に入らなければいけないわ」
メリーはその翼の迫力におびえながらも気丈に龍の提案を退けた。
「あなたに乗って行ったら、きっと地獄から来た悪霊として市民から石を投げられてしまうわ」
「む……そうか」
ヨルは少し残念そうに自身の体に侵食する鱗を体の内に引き戻す。翼は明らかに体積の違う少年の肩のあたりに吸い込まれ、少年の服ごと元に戻った。
「だが、我はこの獣の乗り方を知らぬぞ」
「私の前に乗って。あなたは小さいから大丈夫よ」
王女は恐怖で固まっている兵士の馬にさっと乗ると、ヨルの方に手を伸ばした。
「掴まって」
少年は素直にその手を取ると、王女の力に抵抗せずに鞍の上に引き上げられる。
「よし。さぁ行くわよ」
メリーはヨルを自身の足の間に座らせると、鐙に足をかけ馬の腹を蹴った。途端に馬は意識を取り戻したように歯をむき、その馬の最大限の速度で駆け出して行った。
ヨルはメリーの前に座りながら、しみ一つない自分の手のひらを見つめて難しい表情をしていた。