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エレメント・フォース〜笑顔と幸せの〜



 十月十日から二週間に渡って開催された『祈竜祭』。

 祈竜舞踏演最終演目『祈竜戦』決勝では一波乱あったモノの、総合的には例年以上の盛り上がりを見せ、今年の『祈竜祭』は幕を閉じた。

 それから早一週間。

 とある理由──表向きには不慮の事故で入院していた少年は退院し、自宅で静かな時間を過ごしていた。


「十月も終わりか……」


 木葉詠真はマグカップに満たされたブラックコーヒーを一口含み、安い昼ドラを見ながら呟いた。

 ……心が癒えた訳ではない。コーヒーすら傷に染みてくる。

 彼と彼女、そして一人の少年によって守られたこの時間。そこにある真実を知る者は少ない。

 だが、いつか親友が目を覚めした時……彼には「お前が島を守ったんだよ」と言ってやりたい。

 

「墓は作らねぇからな、輝」


 詠真は少しぶっきらぼうに言うと、誤魔化すようにテレビのチャンネルを切り替えた。

 天宮島のテレビ番組は、全て天宮島内にあるテレビ局が作成している。俳優やタレント、歌手など、芸能人も全て天宮島の住民なのだ。

 『外』の人間がゲストで呼ばれてくる事も無ければ、『外』の番組が放送されることもない。

 だから、だろうか。

 詠真の知る限り『外』の世界では、十月三十一日は『ハロウィン』と言う一年に一度のイベント日らしい。

 しかし天宮島では『ハロウィン』なんてお祭りは無いし、十月三十一日は至って普通の変哲も無い日である。

 ゆえにテレビでは『ハロウィン』が取り上げられる事はない。

 毎年思う事なのだが、幽霊の仮装をした人間が『お菓子をくれ!』と突然家に押しかけてくるイベントを、なぜ楽しいと感じられるのか。

 不法侵入合法デーか何かか。


「……あ、そうだ」


 詠真は思い出したように机に置かれたPDA端末を手に取る。


「鈴奈に聞けば早い話じゃん」


 彼女は『外』に住む魔法使い。

 『ハロウィン』くらい知っているだろうと詠真は思い、電話をかける。

 数コールして、通話が繋がる。


「もしもし、ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」


「……あー、ただいまお取り込み中の為、電話に出る事が出来ません」


 明らかに鈴奈本人が言って、電話は一方的に切られてしまった。

 今はお昼。あと数日は学校を休む予定の詠真はともかく、学校に行っている鈴奈は現在昼休みのはずだ。

 ……まぁ、いいか。

 彼女なりに今は忙しいのだろう。

 適当に諦めた詠真はチャンネルを切り替え、安い昼ドラに戻す。


「……ドロドロしてんなぁ、昼間のドラマは」



☆★☆★☆



「ふわぁ〜」


 時刻は午後四時。なんだかんだとテレビを見続けていた詠真は、疲れた目を揉みながら欠伸をもらす。

 ……そろそろ鈴奈なサフィールも帰ってくる時間だし、寝るのもなぁ。

 仕方ないと呟き、立ち上がる。

 鈴奈が居候を始めて以来、詠真は彼女から料理を教わっている。

 その成果を今晩の食卓で披露しようと考えたのだ。

 さてさて、何を作ろうか。

 とは言ってもレパートリーは三つか四つくらい。


「ベタにハンバーグにすっか。鈴奈ほど美味いのは出来ねぇけど……ま、いっか。舞川だけに」


 そんな寒いギャグを放ちつつ、冷蔵庫を覗くと材料は揃っている。


「よっし!」


 袖を捲って作業に取り掛かろうとした時、来客を知らせるインターフォンが鳴り響く。

 居候達なら普通に入ってくるし、別の人か。

 幸いまだ手も汚れていないので、詠真はそのまま玄関へ向かった。


「はいはい、誰っすか──」


 扉を開ける。

 その瞬間。

 せーの……と言う小声が聞こえ、



「トリックオアトリート!」



 珍妙な格好をした者達が、一斉に声を合わせた。

 ……え?

 突然の事に呆気に取られる詠真。


「なーに驚いてるのよ、詠真」


 尖った黒い帽子と黒いマントを羽織る舞川鈴奈がドヤ顔で言う。

 他にも、サフィール、美沙音、花織、ウィルも彼女と同じような格好をしており、詠真はますます状況の理解に苦しんだ。


「何やってんの……?」


「何って、ハロウィンよ。ハッピーハロウィン」


「……ハロウィンって、幽霊の仮装して家に問答無用で押しかけてくるってアレだよな?」


 は? と鈴奈は顎を落とす。


「……いやまぁ、美沙音達の反応からして大体予想はしてたけど、えらく偏った認識ね」


「違うのか?」


「違わないけど違いますー。ハロウィンってのはね、お化けの仮装をした子供達が、トリックオアトリート! のセリフと一緒に近所の家を訪ねたりするのよ」


「同じじゃん」


 げしっと鈴奈は詠真の足を蹴る。


「全く……これじゃ失敗ね」


 肩を落とす鈴奈に、他の者らは苦笑を浮かべる。

 その中、一人柔らかい微笑を浮かべた花織が詠真の前に出た。


「実はね、ここに来る前に私の家にも来てくれたんだ、鈴奈ちゃん達」


「花織も休んでたのか……」


「……うん。でもね、そんな私に元気になってもらいたいって……鈴奈ちゃんが発案したサプライズだったの」


 少し照れるように頬を掻く鈴奈。

 花織は自分が被っていたトンガリハットを詠真の頭にそっと被せる。


「私もハロウィンをあんまり知らなかったけど、きっと未剣君だったら喜んで参加したイベントだったのかなって。そう思ったら、悲しむばかりじゃなくて……今は未剣君──ううん、輝君の分も笑っていようって」


 ──そう、思ったんだよ。

 花織の言葉に皆も笑顔で頷き、詠真は悟った。

 鈴奈は、花織達は、"目の前で大切な親友を救えなかった詠真が一番辛い筈なのに、彼はそれを一人抱えている"事を知っていたから、だから……。

 ……あぁ、最悪に空気読めねぇことしちゃったな。

 自嘲気味に頭を掻く。


『もうすぐ長いお別れなのよ。そんな辛気臭いままじゃ……皆、余計に辛いじゃない』


 思考に語りかけてくる鈴奈の魔法。

 ……そうだな、そうだよな。

 詠真は吹き出すように、ほんの少し笑ってから、こう言った。


「今のは無かった事にして、もう一回やり直そうぜ」


 扉を閉め、詠真はリビングへ戻る。

 ……なぁ輝、このハロウィンっての、割とお前が好きそうなイベントだったぜ。

 『外』の風習ってのがちょっとアレだけど、まぁ……来年はさ、やり返すってな感じで俺らがあいつらを驚かしてやろうな。

 インターフォンが鳴り響く。

 詠真は素知らぬ顔をして、玄関の扉を開け放った。



「トリックオアトリート!」



 おもてなすか、いたずらされるか。

 どっちかを選びなさい。

 そんなの、決まってるだろ。

 詠真は力こぶを作るように右腕を曲げ、左手で二の腕を叩いた。


「っしゃ! 今日は俺が晩飯を馳走してやるよ! ほらあがれあがれ!」


 俺はもうすぐ"(ここ)"を出るけど、絶対に戻ってくる。

 鈴奈も、英奈も、きっと目覚めてる輝も加えて、その時はみんなで今日以上の最高のパーティ開こうぜ。

 でもまず今日を、笑顔で、幸せに。


「ハッピーハロウィン! さぁ召し上がれ!」


 



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