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消しゴム少年その2

今日の授業はすべて終わり、午後のHRになった。

児童たちは、かばんの中に教科書などを詰め込み始めた。

先生が教卓の前に立ち、いつもの通り、連絡事項を児童に伝えた。

「先生からの連絡は、これで終わりだが、クラスのみんなはさっさと帰るように。消しゴム当てなどは家でやれよ」

先生は不機嫌そうに答えた。

「じゃ、さようなら」


陸と孝明は一緒に帰宅している途中だ。

「なあ、どうも先生。このところ、ふきげんじゃないか」

話を切り出したのは陸だった。

「確かにそうだね」

うなずきながら言う孝明。

「やっぱりお前もそう思うか。でも、なんで不機嫌なんだろう。俺達なんかしたかな」

孝明はしばし考え、

「たぶん、消しゴム当てのことだろ。きっと」

「消しゴム当て?そんなわけないだろ。だって、俺達、授業中やってないだろ」

「でも、今日もそうだけど、授業の始まるぎりぎりまでやっているやつが多いからじゃないのか。あの光景を見た先生の顔は明らかに不快そうだったぞ」

「そうなのか。俺、全然気付かなかった」

観察力の不足している陸は人間の感情の変化に鈍かった。

「でも、先生も気が短いよな。ちょっとぐらい消しゴムを片付けるのが遅れたからって」

「そりゃー、僕らの立場から見ると、そう思うけど、先生にして見れば、『教師のわしをないがしろにしよって』といった心境なんだろ。きっと」

「これだから、教師ってのは、いやなんだよ。全く・・・」

陸の前方に砂井が見える。

どうやら、一人で帰っているようだ。

「やあ」

陸は思い切って、声をかけた。

「あ、陸君。一緒に帰ろうか」

陸はそれを聞いた瞬間、顔が真っ赤になった。

「う、うん」

陸のその感情の変化にいち早く気付いた孝明。

「あ、俺ちょっと用事があるから。先、帰るわ」

孝明は、そう言って、駆け足で帰ってしまった。

もちろん、本当に用事があるわけではない。

二人の邪魔をしないように気を利かせて帰ったのだ。

鈍い陸は、そのことに気付かなかった。

言葉どおり、用事があるのだろうと、理解していた。

孝明がいなくなったせいで、陸と砂井の二人きりになってしまった。

陸の顔はますます赤くなった。

心臓の鼓動が早くなる。心拍数も通常の2倍くらいにはなっているだろう。

「ねえ、なんで、そんなに強いの?」

「消しゴム当てのこと?」

「うん、私、強くなりたいの」

「そりゃー。毎日、練習しかないよ。俺も最初は弱かったけど、練習を続けるうちに強くなったんだ」

「へえ、意外。昔は弱かったんだ」

「うん。だから、砂井も頑張れば大丈夫だよ」

「ありがとう。で、どんな練習をすればいいの」

「目標となる消しゴムを机の上に置く。そして、それに向かって何度も何度も消しゴムをぶつけるんだ。最初は全然当たらないけど、そのうち、命中率が上がってくるんだ。家に帰って練習するといいよ」

「一日何分がぐらいやるの?」

「1日1時間は必要だよ。それくらいやらないと強くなれないよ」

「それなら、無理だわ」

「どうして?」

「習い事が忙しいのよ。月曜は習字、火曜はそろばん、水曜はピアノ、木曜は水泳、金曜はバレー、土曜、日曜は塾」

「つまり、一週間中、忙しいのか。砂井の家って教育熱心なんだね」

「そうなのよね。お母さんがこういうのをやれって、うるさいのよ。これからの女は主婦はやらずに会社で働くだろうから、若いうちから教養を身につけておけって」

「それにしてもえらい数だね。俺なら耐えられないね」

「陸は何も習い事とかしてないの」

「俺は習字と水泳ぐらいかな」

「少ないのね。私も陸君の家に生まれればよかったな」

それは、困ると陸は思った。

もし、そうなれば、二人は兄弟になってしまい、恋愛する事ができなくなる。

「僕の家もそんなにいいもんじゃないと思うけどね。毎日、母親の小言がうるさいしね。

でも、消しゴム当てをしてても文句をいわれないのが唯一の救いかな。」

「自由な時間があるだけいいわよ。でも、困ったわ。どうやれば、消しゴム当てで強くなれるか。短時間の特訓じゃー強くなれないし・・・」

砂井は、強くなる方法を頭の中で、必死で考えた。

でも、答えは見つからない。

「うーん」

「だったら、大きい消しゴムを買うといいよ。大きければ、どんな攻撃も跳ね返してしまうから便利だよ」

と、陸が提案した。

「けど、大きい消しゴムって卑怯じゃない」

「ああ、そんなこと気にしないでいいよ。みんなの消しゴムを見てみろよ。みんな大きさばらばらだろ」

消しゴムの大きさ・形は本当に様々だ。

新品の消しゴムから消しすぎて磨り減っているものまである。

「確かにばらばらね」

「そうだろ。だから、気にすることないんだよ。砂井は素人だし、それくらいのハンデがあってもみんな気にしないよ」

「なら、その大きい消しゴムでやることにするわ」

「確か、商店街の文房具店に500円で売っていたよ」

「分かったわ。じゃ、早速、習字の帰りに買ってくるわ」

ちなみに、今日は月曜日だ。

「その消しゴムで散々、今日、バカにしてくれた連中をやっつけてやるわ」

巨大消しゴムのことを知った砂井は、もう勝った気でいた。

「がんばってね。俺も応援してるから」

二人は立ち止まった。

目の前に二つの道がある。

一つは陸の家に帰る道。もう一つは砂井の家に帰る道。

「ここでお別れだね。今日はいろいろ教えてありがとう」

「うん」

「陸君って、やさしいのね」

女子から誉められたのは、初めてではないとはいえ、かなり珍しい体験だった。しかも、砂井から誉められたのは初めてだった。

「じゃ、また、明日」

手を振りながら別れの言葉をいう砂井

「うん」

砂井は自分の帰る道に進んでいった。

徐々に彼女の姿が小さくなっていく。

それを立ち止まって眺める陸。

二人は途中まで同じ道なのに、今まで一緒に帰ったことはなかった。

一緒に帰ったのは今日が初めてだ。

初めてのことだったので、未だに信じられないようだ。

「うおしゃー」

と、思わず歓喜の声を挙げた。


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