消しゴム少年その1
ここは小学校の教室。
昼休みだから、子供達は外で遊んでいると思いきや、クラスメートの大半は教室に残っていた。
幾つかのグループに分かれて、それぞれ一つの机を囲んでいる。
彼らは「消しゴム当て」と言う遊びに熱中しているのだ。別名「消しピン」とも言う。
やり方は簡単だ。
まず、机の上に消しゴムを置く。一人つき1個。それが持ち駒になる。消しゴムの大きさや形はどんなものでもかまいません。
プレーヤー同士で、じゃんけんをして順番を決めます。
そして、決まられた順に、消しゴムを指ではじき、敵の消しゴムにぶつけます。それによって、机の上から落ちた消しゴムは失格となります。
最終的に残った消しゴムの人が勝ちになります。
単純なルールだが、それが人気の秘密だった。
「おーし、俺の番だ」
少年が元気のいい声をだした。
少年の名は寺田陸。小学校4年生だ。消しゴム当てをやらすとクラス1の人物だ。そのため、最近、少々調子に乗っている。
陸は自分の消しゴムのそばに指を置き、周囲の消しゴムの様子を確認した。
残る消しゴムは2つ。
二つのうち、一つは離れた場所にあり、もう一つは近くあった。
「よし、」
陸は近いほうの消しゴムに狙いを定めた。近くの消しゴムを狙うのは、このゲームの基本テクニックの一つだ。遠い方を狙ってもいいが、当たらない可能性は高い。最悪の場合、 自分の消しゴムが机から落ちてしまう可能性があった。
陸は勢いよく消しゴムを指ではじいた。
はじかれた消しゴムは、みごと相手の消しゴムに命中した。
相手の消しゴムは吹っ飛ばされて机の下に落ちた。
「ああ、負けちゃった」
慎治は自分のくやしがった。
「へっ、どんなもんだい」
陸は自慢げに言う。
「おい、孝明。俺の敵を取ってくれよ」
慎治は言った。
「おう、わかったぜ」
残った最後の消しゴムの持ち主、孝明は答えた。
「これでお前も負けだ」
孝明はそう言いながら、消しゴムをはじいた。
孝明の消しゴムに当たったが、消しゴムは机の下までは落ちなかった。
「しまった」
孝明は自分のミスを後悔していた。
今のは、チャンスだったのだ。それなのに、勢いよく消しゴムを弾かなかったばかりに相手を倒せなかった。
「おし、助かった」
続いて陸の番だ。
消しゴムを弾き、孝明の消しゴムを机の下に落とした。
机の上に残っているのは陸の消しゴムのみだ。
「おっしゃー」
陸は歓喜の声をあげた。
「また、お前の勝ちかよ」
孝明は悔しがった。
「まあ、俺に勝てるやつなんか、そうそういないさ」
「調子に乗りやがってー」
と、孝明はいやみを言った。
「悔しかったら、勝ってみなよ」
見下した態度で言う。
連戦連勝をしているせいか、少々調子に乗りすぎている。だが、本人はそのことにあまり気付いていない。
「よーし、もう一回勝負だ」
他の三人も再び消しゴムを机の上に置いた。
「ねえ、私もいれてよ」
後からいきなり声がした。
振り返ってみると、砂井だった。同じクラスの女子だ。
消しゴム当ては男子のみが夢中になっている遊び。砂井も消しゴム当てをしない人間だったはずだ。それなのに、なぜ?
「お前、本当にやるのか」
と、孝明が聞いた。
「うん」
「おまえやったことあるのか。これを」
「ないけど、ルールは知っているわよ」
「やっぱり素人だろ。俺達はハイレベルな戦いをやっているんだよ。他のグループに入れてもらえよ」
孝明はいやそうに答えた。
「やめろよ。そんな言い方」
と、これは陸。
「こいつの言うことなんか気にしてなくていいから。参加しなよ」
「ありがとう」
砂井は消しゴムを机の上に置いた。
じゃんけんをする。勝ったのは砂井だった。
「私の番か。じゃ、行くよー」
威勢のいい声をあげた。
自分の消しゴムを弾いた。
しかし、目標の消しゴムのあるところからはかなり離れた場所に消しゴムは向かった。
彼女は所詮、素人だった。
コントロールなんて皆無だった。
消しゴムは机から今にも落ちそうな位置にいる。
「あれ、おっかしいなー」
「へっ、だから言ったろ。素人なんて所詮、その程度だよ」
「始めはそんなもんだよ」
と、陸はフォローする。
陸の日頃とは違う態度に疑問を持った孝明。他の人間がミスショットをしても黙っているに違いない。
瞬時に、陸が砂井のことを好きなのがわかった。
次は孝明の番だった。
一番倒しやすい砂井の消しゴムを狙った。
見事命中し、砂井の消しゴムは落ちた。
しかし、勢いよく弾きすぎたため、孝明の消しゴムも机から落ちてしまった。
「孝明―。素人相手に相打ちかよ。情けね」
慎治が馬鹿にした。
「うるさいなー」
反論のしようがなかったので、お決まりのせりふを孝明は言った。
次は陸の番。
近くにあった消しゴムをあっさりやっつける。
その後もゲームは進んだが、次々と陸の消しゴムに弾かれて、敗れ去った。
今度も陸が勝利だ。
「うおしゃー」
陸は歓喜の声を上げた。
「負けたまんまでは終れないわ。もう一度、勝負よ」
負けん気の強い砂井は言った。
「また、同じ結果になるだけだと思うけどね。俺は」
慎治が言った。
「次こそは必ず勝わ」
元気よく答えた。
砂井は次のゲームにも参加することになった。
しかし、さっきと同じように一番最初にやっつけられた。
「くそー。もう一度」
しかし、また負ける。
「もう一度」
しかし、また負ける。
これが、20回ぐらい続いた。
消しゴム当ての場合、才能だけでなく、経験をつまなければならない。
何度も何度も負けることによって、そのうち、こつをつかみ、勝って行くようになる。
もちろん、中には初めてやったのに、ものすごく強い人間も中にはいるが、そんなものは少数派だ。多くの人間にとって、始めの戦いは負けるためにある。
「何度やっても同じだよ。急に強くなるもんじゃないさ」
「もう・・」
一度勝負と言いかけたところで、チャイムがなった。
40分もあった昼休みも終った。
「おい、もう5時間目が始まるぜ」
孝明が言った。
「ちぇ、もうそんな時間かよ。仕方ない、今日のところはこれで、お開きだ」
残念そうに陸が言った。
みんな自分の消しゴムを片付けた。
砂井は、もう少し続けたかったのだが、仕方なく消しゴムを片付けた。
すぐさま、自分の席に座り、国語の教科書とノートを机の上に出した。
扉が勢いよく開かれた。
担任の山田先生が教室に入ってきた。
入ってくるなり、教室の様子を見回した。
まだ、消しゴム当てをやっている児童が何人かいる。
「あ、やべえ」
先生の出現に気付き、あわてて消しゴムを片付け始めた。
「まだ、遊んでいるのか!おまえらは!」
山田先生は大声で怒鳴った。
その怒鳴り声にせかされるかのように全員が席についた。
「全く、くだらん遊びばかりしよって」
山田先生は消しゴム当てがすごく嫌いなのだ。
休み時間、児童たちが遊んでいるのを見るだけでもものすごく不快な感情になる。その上、授業が始まろうとしている時に、まだやっているのは、もっと気に入らない出来事だった。
「やっとやめたかー。それでは授業を始める」