第四話【携帯とストラップ】
「家出?」
母親が妹を虐待していたと聞いても、ゆうりの表情が変わる事はなかったが、最後に見た状況を聞くとほんの少し驚いた。
「なぜ高千穂なのかしら?」
「そこに身寄りは無いよ。」
「神話が好きとか。」
思いがけずゆうりが笑う。
「神を信じてないのね。」
「いや、信じるよ。今はね。」
信じざるを得ない、というのが正しいのかもしれない。
今日は先日と違い、大きなガラスの花瓶には、仕事の為の生花が生けられ、ゆうりは興味深げにそれを見ている。
「あんたが、泉さんの話を訊いて来てくれて助かったよ。」
「私、助手になれそうでしょ?」
「どっちかというと探偵のほうだな。」
今日は、ミネラルウォーターのボトルを彼に差し出す。
彼は、考え深げにボトルを見ながらキャップをひねった。
「それで、あなたは?」
「家に引きこもっている学生に会った。」
「作田圭。」
「男の子ね。」
私は、事故の後、病院の廊下で頭をかかえる少年の姿を思い出していた。
ゆうりがボトルに口をつけて顔をしかめる。
「正確には、ドアの前で一方的に話しかけただけなんだけど。」
「彼は何かいった?」
「何も。」
いつも皆おしゃべりとは限らない。
「彼はあの日、あの子の隣に座っていたの。」
ゆうりは、一瞬私を見て言葉を待った、
「彼が奈緒さんの最後を看取った。」
私の一言が、彼にもたらした痛みを見て取り、私の中で警鐘が鳴りひびく。
痛手は最小限に、という泉の言葉が聞こえたが、私は無視した。
「あっという間だったのよ。ホントに。」
「ああ。」
こめかみを押さえた彼の指が少し震えてみえた。
「あなたの心の支えは何?」
私は、生きている人間が心配になった。
「仕事。」
目を閉じて彼は言い切る。
「あんたは?」
「右に同じ。」
まだ目を閉じたままくすくす笑う。
「大丈夫。それほどやわじゃない。」
「母親の行方はわかりそう?」
「いや。」
ゆうりは、手をさすって暖をとろうとしていたが、諦めてチョコレート色の薄手のジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「そういえば、今日、遺品を返してもらったんだが。」
そういって、ポケットから、ビニール袋に入ったピンクの携帯を取り出した。
「奈緒さんのね。動く?」
「残念ながら水に濡れてこわれちゃってる。」
「しっかし女の子ってのは、なんだってこうゴチャゴチャと、色んなストラップをくっけたがるんだろうな?」
ゆうりは、携帯よりも重いトラップの束にあきれながらいう。
「くれた人と一緒にいるような気になるからかも。」
「ふぅん?」
ちらりとデスクの上の私の携帯を見て、納得したようにビニールをしまった。
すると、いきなり彼の携帯が鳴り、ゆうりはあわてて自分の携帯を取り出した。
「もしもし」
相手のくぐもった声がもれ聞こえる。
「ああ、作田圭くん・・・。」
ゆうりが少し緊張してみえた。
「わかった。明日七時にそのネットカフェにいけばいいんだね?」
暫くして電話を切ったゆうりは、ほっと息を洩らした。
「何か話してくれるって?」
「ああ。」
「よかったわね。」
私の言葉に、彼は頷いて笑みをうかべたが、すぐにまた真顔に戻って何かを考えているようだった。
「あんた休みはいつ?」
「なぜ?」
「実はもう一人、会わなくちゃならない人がいるんだけど、彼女はどうも男性が苦手らしくて、いつ訪ねても、一言も話しを聞くことができないんだ。」
「女性なら話すと?」
「たぶん。」
ゆうりは、自信なさげにいった。
「あさって、月曜の午後なら。」
「ありがとう。」
ほっとしたように笑った。
そして、私は月曜日、小さな女王様と出会うことになった。
作田圭と女王様のもたらした情報が、その後の私たちに思いがけない旅行をさせるとは、まだそのときは知る由も無かった。