第三話【破片】
「白昼夢?」
私の話を聴いた谷川泉は、カフェ中に響きわたるような大声を上げた。
「そうよ、そういうの、見てない?」
私は小声で囁いたが、泉はあいかわらず大声で聞き返す。
「いきなり呼び出すから何かと思ったら、心理テストなんてどういうつもり?」
「あの日、事故にあってから、見てない?」
今度の質問に、泉はギョッとした表情になった。
「やっぱり、あるのね?そういうのが。」
「なんで知ってるのよ!」
泉が口調を荒げて私をにらむ。
谷川泉は、私が花屋を始める前からの知り合いで、OL時代には、二人でよく旅行に行った仲である。
事故の日も、私たちは宮崎県の高千穂という所に行き、神楽を見るツアーに参加していたのだ。
幸い、泉も私も軽症で、事故の後遺症は、バス嫌いになったことぐらい。
泉が、パンパンのサイフから小銭を出して、ラテを頼んだ。
最新のファッションに身を包み、ブランドのバッグを持ち歩く彼女だが、キャッシュ・カードは持っていても使えない。
「私も見るの。それに、他にも同じような体験をしている人がいるんだって。」
「うそよ・・・。」
「誰かが自分を奈緒と呼ぶの。」
泉があんぐりと口を開け、大きく息を吸った。
暫くして、眉間に大きなシワを寄せて私を見つめきいてくる。
「一体、私たちに何が起こっているのかしら?」
「私たちは皆、あの事故で、亡くなった奈緒という少女の記憶をもらった・・・。」
「私たち?」
「そう、あの時観光バスに乗っていた彼女を除いた14人。」
「どうしてそんな・・・?」
「わからない。」
「わからないーっ?」
私は、再び大声になった泉をなだめ、コーヒーを飲むよう即した。
彼女は大人しく従い、カップに手をつけたが、匂いを嗅いだけだった。
バックの中をかき回し、タバコを取り出すと火をつける。
そして、私が武田ゆうりのことを話すと、泉の眉間のシワはさらに深くなっていく。
「絶対、ウソだわ。」
「そう思いたいわね。」
はっとした泉が無表情になったが、すでに刻まれたシワは残ってしまった。
「あなたの記憶を知りたいの。」
「何のために?その男と親密になりたいの?」
「そうだといったら?」
「それならいいわ」
艶やかに泉が笑う。
自分のカードは使えなくとも、バックなんて他人が買ってくれるものだと泉はいう。
充分その価値がある唇だ。
「正直あまり思い出したくもないんだけど。」
泉は身震いして話し始めた。
「私にみえる女は、奈緒って子の母親みたい。」
「あいつ、しょっちゅう私を殴った。」
激しい嫌悪感が、泉の表情をくもらせた。
「いつも酔ってて、機嫌が悪くて、たまに何か言うと口論になる。」
「父親や、お兄さんは出てこない?」
「いいえ、そんな人はでてこないけど。」
父親も兄もいないなら、泉の記憶は、両親が離婚後の奈緒の記憶だ。
私はちらりと、武田ゆうりの顔を思い浮かべ、あわててコーヒーに口をつけた。
顔が火照ったように赤くなった。
「たまに酔っている人を見ると怖くなるのよ。」
「記憶のせいかもしれないわね。」
「もしかしてあの子は、父親から逃げていたんじゃないかしら?」
泉の言葉に私は驚き、コーヒーをむせそうになってしまった。
「ほら、覚えてない?あの子一人でバスに乗ってきたでしょ?」
「そうだったかしら」
「高校生ぐらいの女子が、たった一人で神楽なんて見に行かないでしょ。若い子にしてはシブイ趣味だと思ったのよね。」
流石は噂好きな泉。自分以上に人の動向が気になるらしい。
「そうか、お兄さんがいたのよね。」
「彼は別れた妹の事を心配してた。だから、彼女が自分と別れて、らどうしていたかを知りたいといってたわ・・・。」
泉はか空を眺め、何か考えているようだったが、やがて口を開いた。
「私ならいわないな」
「そうでしょうね。」
「そして、りみは全部いう。」
私は見透かされても驚かない。
私たちの性格は、まるでコインの裏表。
だから相手がよくわかる。
「彼に会うには理由がいるの」
泉は鼻をならし、短くなったタバコを消して、席を立った。
「傷は最小限になるように。」
「わかってる。」
背筋を伸ばし歩き去る、泉の後ろ姿を見ながら、私は想像していた。
この話しを聞いたら、武田ゆうりは、どんな顔をするだろう?
私は残酷な人間かもしれない。
どんな表情でもいい、見てみたい気がする。
そのために、彼が、砕け散った記憶の欠片を拾い集める手伝いをしたい。
カフェを出て歩き始めたとき、携帯の着メロがなった。
話題の人本人だった。