表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第三話【破片】

「白昼夢?」


私の話を聴いた谷川泉は、カフェ中に響きわたるような大声を上げた。


「そうよ、そういうの、見てない?」


私は小声で囁いたが、泉はあいかわらず大声で聞き返す。


「いきなり呼び出すから何かと思ったら、心理テストなんてどういうつもり?」


「あの日、事故にあってから、見てない?」


今度の質問に、泉はギョッとした表情になった。


「やっぱり、あるのね?そういうのが。」


「なんで知ってるのよ!」


泉が口調を荒げて私をにらむ。


谷川泉は、私が花屋を始める前からの知り合いで、OL時代には、二人でよく旅行に行った仲である。


事故の日も、私たちは宮崎県の高千穂という所に行き、神楽を見るツアーに参加していたのだ。


幸い、泉も私も軽症で、事故の後遺症は、バス嫌いになったことぐらい。


泉が、パンパンのサイフから小銭を出して、ラテを頼んだ。


最新のファッションに身を包み、ブランドのバッグを持ち歩く彼女だが、キャッシュ・カードは持っていても使えない。



「私も見るの。それに、他にも同じような体験をしている人がいるんだって。」


「うそよ・・・。」


「誰かが自分を奈緒と呼ぶの。」


泉があんぐりと口を開け、大きく息を吸った。

暫くして、眉間に大きなシワを寄せて私を見つめきいてくる。


「一体、私たちに何が起こっているのかしら?」


「私たちは皆、あの事故で、亡くなった奈緒という少女の記憶をもらった・・・。」


「私たち?」


「そう、あの時観光バスに乗っていた彼女を除いた14人。」


「どうしてそんな・・・?」


「わからない。」


「わからないーっ?」


私は、再び大声になった泉をなだめ、コーヒーを飲むよう即した。

彼女は大人しく従い、カップに手をつけたが、匂いを嗅いだけだった。


バックの中をかき回し、タバコを取り出すと火をつける。


そして、私が武田ゆうりのことを話すと、泉の眉間のシワはさらに深くなっていく。


「絶対、ウソだわ。」


「そう思いたいわね。」


はっとした泉が無表情になったが、すでに刻まれたシワは残ってしまった。



「あなたの記憶を知りたいの。」


「何のために?その男と親密になりたいの?」


「そうだといったら?」


「それならいいわ」


艶やかに泉が笑う。


自分のカードは使えなくとも、バックなんて他人が買ってくれるものだと泉はいう。


充分その価値がある唇だ。



「正直あまり思い出したくもないんだけど。」


泉は身震いして話し始めた。


「私にみえる女は、奈緒って子の母親みたい。」


「あいつ、しょっちゅう私を殴った。」


激しい嫌悪感が、泉の表情をくもらせた。


「いつも酔ってて、機嫌が悪くて、たまに何か言うと口論になる。」


「父親や、お兄さんは出てこない?」


「いいえ、そんな人はでてこないけど。」


父親も兄もいないなら、泉の記憶は、両親が離婚後の奈緒の記憶だ。


私はちらりと、武田ゆうりの顔を思い浮かべ、あわててコーヒーに口をつけた。


顔が火照ったように赤くなった。


「たまに酔っている人を見ると怖くなるのよ。」


「記憶のせいかもしれないわね。」


「もしかしてあの子は、父親から逃げていたんじゃないかしら?」


泉の言葉に私は驚き、コーヒーをむせそうになってしまった。



「ほら、覚えてない?あの子一人でバスに乗ってきたでしょ?」


「そうだったかしら」


「高校生ぐらいの女子が、たった一人で神楽なんて見に行かないでしょ。若い子にしてはシブイ趣味だと思ったのよね。」


流石は噂好きな泉。自分以上に人の動向が気になるらしい。


「そうか、お兄さんがいたのよね。」


「彼は別れた妹の事を心配してた。だから、彼女が自分と別れて、らどうしていたかを知りたいといってたわ・・・。」


泉はか空を眺め、何か考えているようだったが、やがて口を開いた。



「私ならいわないな」


「そうでしょうね。」


「そして、りみは全部いう。」


私は見透かされても驚かない。


私たちの性格は、まるでコインの裏表。


だから相手がよくわかる。



「彼に会うには理由がいるの」


泉は鼻をならし、短くなったタバコを消して、席を立った。


「傷は最小限になるように。」


「わかってる。」


背筋を伸ばし歩き去る、泉の後ろ姿を見ながら、私は想像していた。


この話しを聞いたら、武田ゆうりは、どんな顔をするだろう?


私は残酷な人間かもしれない。


どんな表情でもいい、見てみたい気がする。


そのために、彼が、砕け散った記憶の欠片を拾い集める手伝いをしたい。



カフェを出て歩き始めたとき、携帯の着メロがなった。


話題の人本人だった。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ