第一話【黒猫の瞳】
あまり怖いホラーではありません。
ミステリー仕立てです。
白昼夢。
はじめはそう思った。
ふとしたことで、会ったこともない少年の事を思い出してしまう。
自分と話す彼の横顔がとてもせつない。
まるで、誰かの代わりにしゃべっているみたいな、不思議な感覚だった。
それがリアルすぎて怖くなったのは、いつも行く楽器店での出来事がきっかけ。
ピアノコーナーで、なぜか足が止まった。
何気なく手を伸ばすと、鍵盤をはじく。
「あれ、ピアノなんて弾けたんだ?」
となりで親友の千秋がいう。
「そうみたい。」
内心、鳥肌立ちそうなのに無理して笑い、私は足早に楽器店出て、友人に別れを告げた。
ピアノなんて弾いたこともない!
なのに自分の手が勝手にピアノを弾いてしまう!
長年生きてきて、こんなに怖い思いをしたのは始めてだった。
なにが原因?
よくある話で、幽霊にでも取り憑かれちゃった?
お祓いでもしてもらわなきゃあとか考えながら歩いていると、うしろから声がした。
「御手洗りみ。」
ハスキーな声に驚いてふり向くと、一人の男が立っている。
「違う?」
黒ネコみたいな感じ。
品定めするような目線がこっちをまっすぐ見ている。
その瞳に見覚えがあった。
「御手洗になんか用?」
「バス事故のことで訊きたいことがあるんだ。」
鳥肌が立つ。
ああ、こんなことじゃないかと思ったんだ。
「俺は、ゆうり。」
「苗字は?」
「あんたは知ってるよ。」
ドクンと心臓が高鳴った。
私の記憶にある彼と、目の前の男が重なって、一人の人間になった。
「武田裕里。」
同時に、ある事件が私の頭の中で再生される。
「高千穂・・・バス転落事故。」
男は口元を引き締めて私を見ていた。
逃げ出したい。
でも、私は逃げ出せなかった。
「私の記憶とあなたは関係あるのね?」
「そう。」
「どこで話す?」
「私の事務所で。」
「事務所?」
彼が目を丸くして驚いたのを見て、私は思わず笑ってしまった。
そのとき初めて彼は、目の前の女が、自分のまったく知らない女性だと気付きでもしたかのようで、なんだか可笑しかったのだ。
私は、わたしの中でうごめくあの記憶が、何なのか解る気がした。
──誰かの記憶──
そしてそれは、私だけに起きた現象でないことを、私は後に知る事になったのである。