コウヤの黄昏
その日の放課後。やって来た部室で、窓越しの西日を見ながらコウヤは黄昏ていた。
と言うのも、果てしない空の向こうに故郷の風景を思っていたからであって…
「…」
家庭の、母親の料理の味がそろそろ恋しくなってきた。自棄の様に料理をむさぼり食っても肝心なそれが満たされる事が無い。
飽きた筈のゲームも無性にやりたくなってきたし、二週間前にヨドバシで買って積んだままのプラモも気がかりだ。
「……」
指折り、友達や親しい人、腐れ縁の連中の顔を一つづつ思い出していく。
隣家の幼馴染から始まって、ネタが尽きて幼稚園時代のマドンナだった保母さんまで思い出しきった頃…ーー、
「……、」
…虚しくなって、やめた。
「…はあ」
一体この世界はなんだと言うのだろう。
何のために自分はここにいて、何のために自分はこうなったのか。
そう思いながら、コウヤはすっかり小さくなってしまって…愛用のニッパーを握るにも苦労しそうな、今の己の手を見つめる。
「………」
色白でぷにぷにとしている、紅葉のような手。両手を前に突き出して広げて見てから、片手だけを握っては開いたり…
「…何してんのさ」
部屋の奥で山積みの段ボール箱相手に格闘していた筈のその少女から、怪訝の声が上がったのがそんな時だった。
「お兄さんの秘密ですよーっと」
少年は面白半分そんな風に返してみたのだが、
「む〜っ、同い年なんだよっ?」
少女の返事はその様な物であって、
「…」
…そう、今のコウヤの外見は八歳児。
目の先の少女…小学二年生のアリシアとお似合いの、そんな見た目。
元は十五歳の男子高校生だったと言っても、誰も信じてくれないそんな外見。
「…………」
友人曰く元々子供っぽい所が自分にはあるそうなので、まあ、相応の身体になったのか、なんて黒い笑いが漏れたりして、
「……」
…友人、友人と言えば、
「……………」
そう思ってアリシアを見てみる。
再び発掘作業を開始した所、たった今発見した段ボールの一つから何かをごそごそと取り出しているらしい。本人は半ばその段ボール箱に突っ込む様になりながら、二つの金色のお下げが時々ふりふりと顔を出す。
「…」
アリシア・コートベルグ。…晴れて友達である。
外人の女の友達と言えば知人達にも自慢できるかも知れないが、しかしてその実体は小学二年生の女の子。
特技は召喚術、勉強はまあまあ。好きな物はエビフライとハンバーグ…その様な少女。
「……はぁ」
思わず、ため息ともつかないそんな声が気が抜けるように漏れ出た。
現状ではこの地点からやり直し、小学二年生からリセットだ。
この世界から帰れないとなると、それが現実の物となる。
だからこそ、そうならない為に多少なりでも足掻いてみている訳だが。
「………」
折角彼女は友達と思ってくれているのに、自分はこうしてとらばーゆしよう…と言うのに後ろめたさが無い訳ではない。
ーー大丈夫、しっかり思い出は作るつもりさ。いや作らせる。
兎にも角もアリシアには友達が必要なのである。
この部室に来るまでの道中も、道行くクラスメイトに無差別に声を掛けまくったりして、それを顔を真っ赤にしたアリシアに止められたりで…
「………?」
そんな時、妙な考えがコウヤに吹き込んだ。
ーー何の為に此処に、
もしや、この少女と友達になるために自分はこの世界に現れたのだとしたら…
「…それもまた素敵、かな?」
まあそれも無事に元の世界に帰れる保証があれば、の話だが。
目線の向こうの西日にも夕日の気配が漂ってきた。
時計を探して、コウヤの目が部室の中を探し掛けた時…
「終わったよ、コウヤ!」
「…ああっ!」
ーー顔を向けたその先に、アリシアの笑顔があった。
「それでねえ、はい!」
「ん?」
そして手渡されたのは、
「…なんだこれ」
「なにって、洞窟ネコの置物だよ。私のお気に入りなのっ!」
「あ、あは…」
苦笑するコウヤ。
ーー体よく不要物を押しつけられた、とも言う。
「友達になったからね? これが友情の証、最初のプレゼント!」
「…ああっ」
……そう聞けば満更ではない。
そしてコウヤの返事を聞いたアリシアはにへりと笑って、
「それじゃあ、帰ろっ?」
「おうっ!」
…コウヤの部屋に、奇妙な家具が一つ増えたのだ。