はじめてのこうざんたんけん
鉱山の町、ベルデの朝は早い。
トリエステ北部に位置するこの街の人口は一万人弱。そのおよそ半分がこの地で産出される魔力の籠った鉱石・マギダイトの採掘に携わる者とその家族で、そうではない一割程が鉱山内の護衛や警備、モンスターの討伐を任とする、いわゆる冒険者であった。
朝日に照らし出される町並み。群青色の影の中、〈猫の足跡亭〉のその一室で小田桐コウヤは目を覚ました。
「…、寝れたんだか寝れなかったんだかはっきりしねえや。さてとっ」
日は明けて、翌日。この異世界で始めての目覚めである。
窓を開け、んんっと大きく背伸びをする。
時刻は六時。
雲一つ無い青空の下、東から登る日によって街のトレードマークとも言える赤い屋根たちが朱色に輝いていた。
「――まあ、良い朝だ」
元は住み込みさんが寝泊りしていたらしい屋根裏部屋から姿を出し、二階の廊下の突き当たりにある手洗い場で顔を洗った後、一階へ降りていくとベーコンの焼ける良い匂いが漂ってきた。
「おっはようございますレイチェルさん」
「おはようコウヤ君」
ニコッと微笑まれメロメロのコウヤである。
「あっそうそう、アリシアちゃんに聞いてお弁当作っておいたわよ」
「! ありがとうございます!!」
気をつけて! とグッとガッツポーズをするレイチェル。
今日は週始めの休日である為、アリシアの学校も前日に続き休みである。そこでコウヤ入部後、初めての部活が行われることになったのだ。
そして弁当であるが…このレイチェルの作る食事が美味なのは昨日の晩餐で体験済みであった。
「なんだ? 初めて見る坊主だが、どっかいくのかい」
カウンターに居た馴染みの客らしい壮年の男性が尋ねる。
「この子はうちのコウヤ君! 今日は部活でね…」
「――自分、鉱山に行ってきます!」
* * *
支度を終えたアリシアと合流し、〈猫の足跡亭〉から歩いて五分ほどの、ベルデの街の目抜き通りにある馬車鉄道の駅から更に七分。
街外れにある、採掘したマギダイトを運び出す為の運河と平行して走る専用軌道を抜けたその先にベルデの鉱山はあった。
* * *
「さあやってまいりましたよベルデ鉱山、気合入ってますかーっ!」
ますかーっ、ますかーっ…とその奥の奥まで残響が響き渡り、それさっきもやっただろ、となんだか気恥ずかしくなりつつ苦笑いするコウヤ。
鉱山の坑道には幾つか入り口があり、ここは遺跡に最も近く、アリシアもよく利用する第六サイトである。
あの日アリシアが遺跡にたどり着いたのもここからであったという。
その入り口からしばらく進んだところに二人の姿はあった。
「えへへ、これしないとここにきたって気がしなくて」
「お前なあ…」
湿気と土の匂いが漂う坑道の中はある目的から大きく掘られていて、かなり広い。天井付近に吊られた照明によって見通しも良く、
「――それに」
そして自分達でも人間でも無いそれの気配をアリシアは敏感に感じ取っていた。
「ふーむ、そろそろ来る頃合だと思ってたけど早かったね。…というわけで」
「? なんだこれ」
はいと手渡されたのはやや太めの、硬い木の棒だった。
「ひのきのぼうだよ。マギダイトはモンスターを引き寄せる性質があるからね?」
坑道の中にも現れるんだー、とアリシア。
――モンスター、モンスターって何だ。
そうこうしているうちにその気配はコウヤにも分かるほどに近づきつつあった。
「今日は良い戦闘日和だよっ 気をつけていこう!」
愛用のツルハシを構え、ガーディアンを呼び出す呪文の詠唱準備に入ったアリシアは言った。
(鉱山じゃなくてダンジョンじゃねーか?!)
コウヤ、この世界で始めてのエンカウントである。
「あっ、…おなべのふた渡すの忘れてた」