始まり
この話の主人公となる少年は混乱の中に居た。
気が付くと自分が寝室で寝た格好のまま、かび臭く埃っぽい、古い遺跡のような部屋の祭壇らしき物の上に居たのもそうであったし、そして悪いことはそれだけではなかったのだ。
目が覚めて祭壇の上で身体を起こした少年が混乱しながらもしばらくして気付いた事は、まるで縮まったように自身の視界が低くなっているという事で、その次に服が大きくなったようにブカブカになっている事に…
そして最後に部屋に置かれていた大きな姿見を見つけて、絶句と共に顔を青くした。
少年はもうすぐ16の誕生日を迎える高校生であったのが、姿見に映るのは、どこぞのコナン君よろしくすっかり縮まってしまって小学生ほどに見える少年の姿だったのだ。
――ここはどこで自分は何故こうなったのか。
混乱が頂点を越えて逆に少し冷静になった少年は、そこで、驚いた猫のように目をまん丸にして、口をパクパクさせながら少年を見て固まった様子である幼い少女に気が付いた。
最初から少年が目を覚ました時から居たのであるが、混乱と祭壇の淵で隠れてしまっていたのもあって今まで気づかなかったのだ。
状況が掴めない少年にとっては何であっても救いの神だった。
早速声を掛けようとし…そのまま悩みこんだ。
少女の容姿は金のお下げに白い肌、碧色の眼とまさに外国人といった出で立ちで、日本語が通じるか怪しかったのである。
そこで考えた末、少年は英語で話しかけることにしたのだが、
「あ、アーユースピークイングリッシュ?」
…少年は英語が不得意であった。
一拍の間、目をぱちくりとさせた後で少女の表情は怪訝なものとなり、少年の額には一筋の汗が伝い落ちた。
ーーこの静寂はいつまで続くのであろうか
「!?」「!」
下から突き上げるような強い揺れが遺跡を襲ったのは、少年がそう思いかけたその時であった。
…ひとしきり二人を揺さぶった後にこの地震のような揺れは収まったが、また再び小さなゆれが徐々に大きくなっていくのを少年と少女は感じていた。
そしてその揺れと共に埃や小さな欠片などがパラパラと降ってきて、このままこの遺跡の中に居ては拙そうな様相だった。
…その時、
「ガーディアン!」
少年にもはっきりと聞き取ることの出来るその言葉が少女によって唱えられたその瞬間、眩い閃光と共に、ムキムキの小さなオッサンとしか形容できないそれが二体現れた。
そして一体が少女を、もう一体が驚きで呆然としている少年をがっしりと抱え込むと、
「ゴー!」
少女のその号令で出口へと走り出したのである。
部屋を出た一団は、下へと一本に続く石積みの階段を駆け下りていく。
横に抱えられたせいで苦しい体勢になってしまっている少年だったが、階段を下り切った所で横目でちらりと見た遺跡は、昔テレビで見た南米のピラミッドを連想させる石造りの美しい外観だった。
そして、岩の天井を背景に仰ぎ見たピラミッドの頂点、そこにある部屋に自分達が居たことを少年は知った。
…揺れが続く中、どうも地下にあるらしい遺跡からの退避行はしばらく続いた。
モニュメントのようなものを通り過ぎ、かなりの速度で林立する遺跡の間を通り抜けていき…
その間少年は風にはためくこいのぼりのように振り回され、すっかり目を回していたのだった。
そして遺跡に掘り当たった跡らしい、小さ目の穴を通り抜けた…その先。
そこに広がっていたのは、色取り取りで大小様々な大きさのーーげんこつ程位から人間の身長を超える大きさまでのーー結晶の様な物が地面や壁と天井に突き出ている、大きな坑道のような空間であった。
そしてそこに出た頃にはすっかり揺れも収まっていたので、一息ついたらしい少女は停止の号令を掛けたのだ。
ーーそこで酔いから醒めた少年は戦慄していた。
どうも下半身がスースーすると思ったら、少年が縮まったことで緩々になっていたパジャマのズボンが、先ほど振り回された時であろうか。その下のパンツごとすっぽ抜けていたのである。
全てを切り抜け、気持ち自慢げに少年のほうへと振り向いた少女が、それを凝視し固まること数秒。
「…い、いやあぁぁぁぁぁっ!?」
後の祭りであった。
* * *
少年達が居るところから歩みを少し進めると、ゆっくりと異世界の光景が見えてくる。
点呼を取る戦士らしき一団、様々な特徴を持った獣人達…
そして地面に突き出した比較的小さな結晶を掘り出す鉱夫達と、大きな結晶をたけのこ掘りの様に器用に採取していく巨大なロボット。
この話の主人公となる少年は、そのどれもにきっと目を輝かせながら、驚きと圧倒を覚えるだろう。
最後に出口が見えてきた。
異世界“アルスフィール”の大地である。
* * *