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 6話

「やっぱり話はそこへ行くんだね」

「ごめん」

 謝ったものの瑛はこの話を引っ込める気はないようだった。眞幌も覚悟していた。瑛をこの部屋に入れた時点から、この件を無視できないのは分かっている。

「どうしても嫌だって言う訳じゃないんだ」

「ほんと?」

 瑛は驚いていた。

「うん、でも必要ないからさ。ほんと興味ないし。ただそう言うことなんだ」

「どうしてもだめなのかな。うちの社長と話だけでも……」

「わかったよ」

「え?」

「会社の人も熱心に連絡くれてるし、気にはしていたんだ。あのままじゃ失礼かと思って」

「ほんと?」

「まだイエスって訳じゃないよ。でも話だけでも聞きに行くよ」

「やった!」

 子供のような笑顔になった瑛をみて、眞幌は微笑んでいた。二人の気持ちが少しだけ近づいた、初めての夜だった。   



 後日――――――――――――

 眞幌はA・Eカンパニーの社長室で桜井と向かい合っていた。

「瑛が……悪かったね、迷惑を掛けて」

「いえ」

 芸能界に疎い眞幌でも、A・Eカンパニーが業界でも一、二を争う大手芸能プロだと言うことは知っている。

「ただ……」

「なんだね」

 社長の桜井は落ち着いた雰囲気のいかにもやり手そうな人間だが、その人柄に強引そうな所はないそれに安心して眞幌は呟く。

「なんで僕なんかにそんなに拘るのか……それが不思議で」

 桜井は座り心地のいいソファーに深くもたれたまま、なんでもない雑談のように眞幌に話しかけた。

「なかなか……複雑な境遇をしているようだね」

 はっとして見上げた眞幌は、ここまで話が進んでいたなら自分の身上調査など当たり前かと、あきらめの溜息をつく。別に隠したかったわけでもない。ただ尋ねられたとき、応えるのは面倒だった。その複雑さが、ではなく。気持ちの重さが億劫にさせるのだ。なんでもないことのように桜井に尋ねられて、眞幌は少し気分が軽くなった。

「えぇ……人よりは面倒な生まれをしていると思います」

 悪びれるでもなく、卑屈になるわけでもなく、なんでもないように応える眞幌の態度に桜井は好感を持った。

「少し前に、悲しいこともあったようだ」

 眞幌はそこまで……と思い、それも当たり前かと思う。表面的な調べでは分からないかもしれないが、探偵などを使って眞幌の生きてきた道を辿れば簡単に知れることだろう。

 だが、それさえも表面的なことだと思う。眞幌の本当の意味での'疵'は誰にも分からない。

「君の才能は私も太鼓判を押すよ。すばらしいと思う。瑛が惚れ込んだのも分かるような気もする。まぁ、あれは猪突猛進な所があって相手の迷惑を考えないのは困った所だが、いいものを見抜く眼力は持っていると思うよ」

「本当に僕なんか……」

「君の才能は太鼓判を押すが、この世界なかなか煩いところでね。相当な覚悟がないとやっていけない」

「それなんですが、僕はやはり目立つことは……」

「そうだろうね」

 桜井はふーっと息を吐いて頷いた。桜井は思っていたよりも理解があって、信頼できる人間のようだった。眞幌は安心して息を付く。

「高柳さんが僕の作品が欲しいというのなら、差し上げてもいいんです」

 眞幌は本当にそう思っていた。自分の作った物をそんなに気に入ってくれるのなら、惜しくはない。もともと大層にしまい込んでおくような物でもない。

 瑛とは最初の出会いで躓いてしまったが、眞幌は自分をそっとして置いて欲しかっただけで、自分の作品を出し惜しみしたわけではないのだ。

「きみは? 自分で歌う気はないのか」

「そんな才能はありませんよ」

「いや、そんなことはないと思うが……」

「たとえ幸運でそんな機会に恵まれたとしても、騒がれるのはまっぴらです」

「そう……か」

 桜井は天井を眺めるように上を向き、しばらく考えるように沈黙した。


「なぁ……なんでだよ」

 瑛は案外しつこかった。桜井と初めて会った一ヶ月後、高柳瑛のレコーディングスタジオに眞幌は居た。スタジオなど見るのも入るのも初めてで、正直いってあちこち見回したい衝動を必死に堪えていた。

 今日はアレンジの終わった眞幌の曲に、テストをかねて瑛が歌入れを行っていた。トラックダウンの終わったオケはまるで自分の曲とは思えないほどの出来映えだった。そこへ瑛の重量があってハイトーンの不思議な声が被ると、立派な楽曲になった。

 今回はこれでテスト版を作り、関係者のお偉方が聞くらしい。デモテープではなく、完成品に近いテスト版を作ってしまう所など、そのまま正規品になるとスタッフが自信を持っているからに他ならない。

 まったくの素人の眞幌の曲をそこまでするなど、異例中の異例だろう。もっともそこには瑛の強引な押しと、桜井のバックアップあってのことだったが。眞幌にとっては空恐ろしいことでしかない。本当に大丈夫なんだろうかと不安になる。

「なぁ、なんで歌わないんだよ」

 さっきから瑛はしつこい。もっとも今日だけではなかったが。

「俺は嫌なんだよ、注目されるのが」

 あのとき桜井に眞幌はひとつだけ確認を取った。

「彼はこのことを……」

 眞幌自身の複雑な背景のことを瑛は知っているのかと尋ねた。

「いや、ビジネスに関わることだから調べさせてもらったが、個人的なこういう情報を誰にでも言っていいわけではないからね。当分は私ひとりが知っていればいいことだ」

桜井の信頼できる目を見て眞幌は頷いた。

「だがこの先、トラブルがないとは言い切れないからね、そのときはなるべくうちが窓口で対処したいんだが」

「ご迷惑を掛けるんじゃ……僕はそのことが一番心配です」

「さっきも言ったとおりこの世界はなかなか煩いことになってる。なんでもほじくり出すのが好きな連中が居てね。マスコミに限らずだ」

 桜井は何かを思い出すように言った。

「だが、私も君の作品には興味がある。なるべくガードをするから任せて欲しい」

「わかりました。僕が表に出ないことが条件でお引き受けします」

「ありがとう。ただ……絶対になにもないとはいいきれんよ」

「はい……わかりました」

 そのあと桜井は素人の眞幌にも分かるように丁寧にこの世界の常識と、契約を説明してくれた。後で負うかも知れないリスクの説明と、そのときは事務所が全面的にバックアップする事を約束してくれた。

 マネージメントの説明も受けて、眞幌も理解した。眞幌はそれらの説明を聞いて一歩を踏み出そうと決心した。瑛と出会ったのも何かの縁かも知れない。誰とも関わらずに生きていこうと決めていたが、やはりそれは無理だったのだろう。

 いずれ表沙汰になるいくつかのことを考えると気が重かったが、それすらも乗り越えなければいけないのだと自分に言い聞かせた。その瞬間から眞幌の世界は一変した。


 眞幌のソングライターとしての日々が始まった。もともと数十曲のストックを持っていた眞幌にとって創作の苦労はまだあまりなかったが、瑛にしょっちゅうスタジオに呼び出されてレコーディングに付き合わされる。

 確かに作ったのは眞幌だが、眞幌はこの世界ではまったくの素人でその場にいてもなんの役にもたたないのに。専門家が機材の前に並んでいる場所で、眞幌は所在がなくて居心地が悪かった。スタッフは皆いい人達で、なにも知らない眞幌に親切にしてくれる。

 桜井の心遣いも行き届いていたし、瑛のマネージャーの梶が桜井の居ない現場では代わりにあれこれ世話を焼いてくれた。瑛のマネージャーなのに申し訳ないと眞幌が遠慮すると、

「いいんですよ、正直言って眞幌さんの所に通い詰めていた頃を思えば、全然楽です」

 眞幌は申し訳なく思うと同時に顔から火を噴く思いだった。考えてみれば、女の所に通い詰めるならともかく、なぜあんな思いまでして瑛が来なければならなかったのか眞幌にはさっぱり分からない。

 だが願いが叶ったいまでも瑛は眞幌を側から手放そうとはしなかった。こうやって自分の側に置きたがる。眞幌は契約金も充分すぎるほど貰って生活の心配もなくなった。曲が売れれば来年は印税で大金持ちなのだそうだ。

 それは瑛が言ったのだが。絶対にミリオン出してやると瑛は息巻いていた。それで眞幌にいくら入るのか、眞幌には想像もできなかったしどうでもいいことではあったが、おかげで生活の心配がなくなって、それがこの仕事のおかげなのだから、曲を作る時間以外に瑛が側に居ろと言うのなら眞幌はそうするつもりだった。

 それが眞幌の仕事のような気がしたからだ。だが梶は言う。

「眞幌さん、いつまでも瑛さんの我が儘に付き合う必要はないんですよ。あなたにはあなたの時間があるんですから、瑛さんが誘っても断って下さいね」

 だが、瑛からの呼び出しは毎日のように続いた。今のところは眞幌もする事はなかったし、この世界のことも少しは知らなくてはと言う思いも働いて、とりあえず瑛の言うがままに眞幌は過ごしていた。

 一ヶ月後。はじめて眞幌の曲が形になり発売された。異例の早さである。アルバムはさらに一ヶ月後だが、待ちきれなかった瑛が一曲を、先行シングルで出すと言い張ったのだ。

 宣伝にもなると踏んだスタッフはそれを了承した。眞幌のプロデビューの一歩であった。いままでの瑛の曲とは雰囲気が変わり、情緒的な部分を押し出したその歌が、初プレス分五十万枚を初回で売り切り、欠品にクレームが続いたレコード会社がさらに百万枚の追加生産を決めたのは発売わずか三日後だった。




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