おあいそ
その居酒屋に入るのがぎりぎりになった。
「いい?」と、皆伐が言うと、「へぇ」と男が言ったが、すぐ手前にいた女が、不躾に嫌な顔をした。
黒澤と花と皆伐は、席に座りメニューを見た。
「お飲み物は?」と、店員がおしぼりを渡して来た。
黒澤が、「ハイボール」と言い、皆伐も同じものを頼んだ。
花が、「カシスオレンジ」と言うと、皆伐が、「花、めずらしいね」と言った。
焼き鳥を頼むと、先ほどの女に男が、「帰っていいよ」と言っているのが聞こえた。
花が時計を見ると、時刻は十二時十五分、店はおそらく、深夜一時までだろう。
小さく、「乾杯」と言うと、男がお通しの枝豆を持ってきた。
皆伐が、「借金の見通しはたったじゃけ」と言った。
花は、焼き鳥を焼き始めた男を見ていた。すっかり炭を落としたあとだが、男はまた丁寧に火を起こしていた。
「お先に失礼します」と、女が帰った。
黒澤が、「舞妓の整理じゃが・・・その前に、静香のつけはどうするじゃけ?」と言った。
皆伐が、「それは、おいおい」と言うと、焼き鳥の前に、お茶漬けがテーブルに並んだ。
花はお茶漬けを一口口に入れた。カシスオレンジは、かなり甘い。
「うちも、お座敷に出た方が・・・」
花は、思い切って言った。
河原町ではまだ幼かったのだが、蛍は同い年で立派にお座敷を務めていた。
「ポスシステムからプログラミング、完全なる信頼は花じゃけ。今後の綿密さを考えれば、花しかいない」
皆伐がハイボールを飲み干し、「おかわりじゃけ!」と、男に言った。
おかわりより先に、焼き鳥が並んだ。
それから店員が、ハイボールを三つ、「お待ち」と言って持ってきた。
「花、全然酔うてないじゃけ。一気飲みじゃけ」と、皆伐が言うから、花はそのハイボールを少し飲んだ。
実のところ、けっこう酔いが回っていた。
「クラクラするじゃけ」と花は言った。
皆伐が、「花、今日は三・・・」と言いかけると、黒澤が、「花には三Pはまだ早いじゃけ。ろくに俺ともやれてない」と言った。
皆伐が、「いやいや、黒澤さん、それはないじゃけ」と言うと、黒澤がハイボールを飲み干し、「お勘定」と、レシートを皆伐に渡した。
「クレジットじゃないの?」
皆伐が言うと、黒澤が、「忘れたじゃけ」と立ち上がった。
「ええ?!」と、皆伐が言い、ジャンバーを手に取ろうとしている間に、黒澤が花の手を引いて、店の外に出て行った。
「ちょっと待ってくれよ」と、皆伐は財布を開き、万札を二枚テーブルに置いた。
「おあいそ!」と、カウンターの中の男に声をかけると、男が、「おおきに。また、おこしやす」と、愛想よく言った。
居酒屋の隣のマッサージ屋の電光が、赤々と付いていた。
花が、興味深げにマッサージ屋の明かりを見ているので、皆伐が、「花、ここは、男のマッサージ屋じゃけ」と言った。
「男のじゃけ?」
花が首をかしげると、皆伐が、花の手を引こうとした。
黒澤が、「男同士じゃねぇじゃけ」と、花の手を先に取った。
「布団はどうするじゃけ?」
花が聞くと、「皆伐には、花のを貸すじゃけ」と、黒澤が言った。
「ええ?!それじゃあ、やっぱり三・・・」と、皆伐が言いかけると、振り返った花が、「シーツは新しいじゃけ」と、邪気のない表情だった。




