ロシュフォール家の静かなる怒り
卒業パーティーから数日。
公爵邸の朝食会。その優雅な日常はは、王室からの書状によって切り裂かれた。
内容は、見るに堪えないものだった。
正式な婚約破棄の通達。加えて、被害者を自称する聖女エルシャへの公式な謝罪要求。さらに、「謝罪を拒否し、反省の色が見られない場合は、三ヶ月の謹慎(社交禁止)を命ずる」という、事実上の公的な断罪だ。
「……ふん、三ヶ月? 短すぎるわね」
セレスティーヌは、書状を一瞥して鼻で笑った。
隣では、父である公爵の手の中でフォークが飴細工のように曲がっている。母は表情一つ変えず、ただ、瞳の奥で冷徹な炎を揺らめかせながら紅茶を啜っていた。
「セレスティーヌ。お前が合図を送ったからあの日は引いたが……この屈辱、我がロシュフォール家は一生忘れんぞ」
「お父様、フォークが可哀想だわ。……でも、いいじゃない。三ヶ月の謹慎なんて、むしろ願ってもない休暇よ」
母もまた、静かに紅茶を啜りながら、その瞳には冷徹な炎を宿していた。
「そうね。その期間、私たちがあなたの『お遊び』の邪魔をさせないよう、社交界の口は塞いでおきますわ」
両親は気づいている。愛娘が「お淑やか」という着ぐるみを脱ぎ捨て、本来の性格を取り戻したことに。そして、それを全面的に肯定していた。
そこへ、廊下を渡る落ち着いた足音が響く。
妹のために一時的に軍務から戻った長兄、アルフォンスだ。彼は乱れのない軍礼服のまま食堂へ現れると、セレスティーヌの傍らに立ち、その頭にそっと手を置いた。
「……セレスティーヌ。剣聖閣下もお心を痛めておられる」
「まあ。あの『道楽者』で有名な閣下が、私のような地味な女のために?」
セレスティーヌの含みのある笑みに、アルフォンスは苦笑を漏らした。
世間では剣聖でありながら遊び人として知られる王弟の息子だが、その本性が王太子とは比べ物にならない実力者であることを、セレスティーヌは既に見抜いている。
「ああ。閣下は誰よりも、従兄弟の愚行に激怒されているよ。『公爵家に非はない。三ヶ月、妹君をゆっくり休ませて差し上げろ。後のことは私がどうにかする』とな。私にできることがあれば何でも言ってくれ。お前の味方であることは、閣下も、私も変わらない」
「お兄様、ありがとう。閣下にも、お心遣い感謝しますとお伝えして。……あんなバカの尻拭いをさせられる人たちが、一番の被害者だわ」
セレスティーヌが微笑むのと同時に、食堂の空気が弾けた。
「絶対に許さない! あんな、お姉様の足元にも及ばない女の味方をするなんて!」
リリィが椅子を蹴る勢いで立ち上がり、瞳に涙を溜めて叫んだ。
「お姉様があんなに努力して、お淑やかに、完璧に振る舞ってきたのを知っているのに! あの馬鹿王子、目腐ってるんじゃないの!?」
「……落ち着いて、リリィ。声が枯れるよ」
テオが冷淡に言い放つが、その手元の皿は、ナイフの強すぎる力で嫌な音を立てていた。
「でも、リリィの言う通りだ。僕たちの自慢で、世界で一番立派なお姉様を謹慎させるなんて……あの人たち、生きてて恥ずかしくないのかな。あんな女に鼻の下を伸ばして、お姉様を侮辱するなんて万死に値するよ」
二人はセレスティーヌに駆け寄り、その左右の手を握りしめる。
「お姉様、大丈夫。僕たちがずっとそばにいるから!」
「そうだよ、三ヶ月なんてあっという間さ。その間、僕たちが全力でお姉様を楽しませてあげる」
純粋に、盲目的なまでに自分を慕い、自分を貶めた相手に激昂する双子の弟妹たち。
セレスティーヌは、その温かな(そして少々重すぎる)愛に、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、二人ともありがとう。でも、心配いらないわ。謝罪なんて、死んでもしてあげないもの」
セレスティーヌは立ち上がり、窓の外を――時計塔のある方向を見据えた。
「三ヶ月の謹慎……。せいぜい、あの方たちには『束の間の平和』を楽しんでもらいましょう。その間に、この国の夜が誰に支配されるのか、身をもって教えてあげるから」
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